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砲撃によって壊滅した河賊の拠点の制圧は簡単なことだった。もはや河賊に抵抗する力は残っておらず、上陸後は僅かな小競り合いがあったくらいで、無事に制圧することができた。
ここに、長きに渡り河とその流れに依存する人間たちを支配してきた蜥蜴人の勢力は潰えたのだ。
「魔法使いはいないな」
天候操作できるような強力な魔法使いがいるはずなのだが、すでに逃げてしまったようだ。捕虜にした蜥蜴人の話によると、ダークエルフの参謀の仕業らしいが、そいつが何者なのかは頭領の蜥蜴王シゲン・ロンジョウしか知らないとのことだそうだ。
僅かな不安を残しつつも、こうして河賊との戦争は終わったのだ。
占領部隊と、破損が激しい九番艦を含む帆船六隻を残し、俺はアナトリアへと帰還した。塩漬けにしたロンジョウの首をタルに収めて。
「さて、周辺領主を全員呼んで会談をセッティングしないとな」
領主たちに蜥蜴王ロンジョウの死を知らせなくてはいけない。
「河賊は無事討伐出来ましたが、これからどうするおつもりですの?」
「そうだな……」
盗賊とはいえ、河賊の存在はすでにこの地の経済システムの一部となっていた。それがごっそり消えてしまったのだから、大きな混乱があるだろう。
「チャンスですわね」
レオンはそう呟いた。
「この状況がチャンス?」
「ええそうですわ。道理を破って、これだけのことを成したのですもの。少々がめつくいきましょう」
「それもそうだな、よし。戦った分だけ大いに儲けるとしよう」
俺の右腕であるレオンは自信に満ちた表情で笑った。手にした扇がパチンと音を立て、上品に笑みを浮かべる口元を隠していた。
王の亡きこの地において、領主たちが一同に会すことは非常に珍しい。アナトリアが荒野の巨人に攻められたときも、このような会合は無かった。よほどの大事件が起こった時くらいだろう。
それが今だ。
アナトリア南東、ウィルスン侯爵領に、男爵以上の領主たちが集まった。
「近隣のボーダーランド男爵、サルマン子爵、レッドランド子爵も来ていますよアホ主人」
「ドレーヌ伯爵、フォンデルブルグ侯爵、モーン伯爵、フレグ伯爵……遠方の大領主も来てくれたようだな」
「ペチュナーグ公爵、上クマ公爵の二公もお越しいただきましたわ」
大領主のうち来ていないのは。レオン大公くらいか。旧帝国領に残る最大勢力である四領主、レオン大公、ペチュナーグ公爵、上クマ公爵、そして位は低いが広大な領地を持つモーン伯爵。三公と一大伯、それらのうち三領主まで揃ったことで満足すべきだろう。
ペチュナーグ公爵は片耳が裂けた背の低い男だ。特徴的なその耳は、近親婚を繰り返し血の濃くなった影響らしい。人間王ノーマンの時代から続く名門の象徴というべきかもしれない。
上クマ公爵はゲーム中でも登場していた、クマの毛皮を着た蛮人の部族長でもある。恐ろしげな風貌で性格も粗暴だが、北東の海からやってくる魚人と戦い続けている。
モーン伯爵は、俺の父親だ。爵位は低いが広大な領地と肥沃な穀倉地帯を支配しており、各領主に対して食料を輸出していた。モーン伯爵は元々帝国時代ノーマン王の公庫を管理していた家令に爵位が与えられたものらしい。
「河川諸国の小王たちも来てらっしゃいますね。他の領主たちと諍いにならないようにしなくてはなりませんわ」
河川諸国は東の黒の森から流れてくる河の周囲にできた小国乱立地域だ。俺たち領主は領地の治める大義名分として、帝国時代の爵位を名乗っているのだが、河川諸国はそれすらしなくなった争乱の地だ。力のあるものたちが、大義名分もなく勝手に王を名乗り、日々抗争を繰り広げていた。
この地の人間の勢力が勢揃いした形だ。俺はこれからやろうとしていることがうまくいくように、密かに気合を入れた。
「今日の歴史的会合を、このウィルスンで迎えられることができ、光栄に思います」
エスカフローネ・ドン・オブ・ウィルスン侯爵はそう言って、円卓に座った領主たちに帽子を脱いで一礼した。俺や他の領主も、それに合わせて帽子を脱いで一礼する。この世界の貴族にとって帽子は礼服に欠かせないものだった。
本当ならアナトリアで会合を開きたかったのだが、アナトリアは子爵位の領地。この大会合のホストとなるには位が足りなかった。
「では、本題に入る前にまずは腹ごしらえと参りましょう」
ウィルスン侯爵が手を叩くと、メイドたちが食事を運んできた。テーブルに並べられた前菜のキャベツと大根のサラダを前にして、領主たちの間で緊張が和らいだのを感じた。
「ほう、これは北のアズライトのキャベツですな。大根はサルマンのものとお見受けしました」
美食家で名を馳せるペチュナーグ公爵は得意げにそう言った。
「さすが公爵閣下、素晴らしき慧眼でございます」
ウィルスン侯爵はにこやかに言う。
次に並べられたのは、スープとパン。
「ほお! このスープはアナトリア北の荒野のブルーハーブと南方の海で手に入る黒胡椒が使われておりますな!」
これまたペチュナーグ公爵が言い当てた。続いてだされた魚料理はボーダーランド男爵領で採れる川魚、肉料理は河川諸国でよく食べられる大鳥のものだと言い当てた。
「そしてデザートは東のローズデザートのオアシスに生えるリンゴの蜜漬けですか。いやはや、これほど各地の美味を集めた料理を、我ら全員に惜しげもなく振る舞われるとは、このペチュナーグ、感服いたしましたぞ」
ペチュナーグ公爵は上機嫌で食後のワインを飲んでいる。ワインはエラドリン地方でとれたブドウを使った赤ワインだ。これも上等なもので、ペチュナーグ公爵は感嘆を漏らした。
「ご満足いただけて恐悦です閣下。しかし、今後はこのような各地の美味を手に入れることは容易いこととなったのです」
「それはどういうことなのですかな?」
モーン伯爵が口を挟んだ。
「それは今回の本当のホストである、ダンフォース・マク・オブ・アナトリア子爵に説明してもらいましょう」
ウィルスン侯爵は、そう言って俺を紹介した。俺は、緊張しながら、話をすべく立ち上がった。
「これまで、各地の美味が手に入りにくかったのは、交易路に問題がありました」
「河賊かね?」
「はい、行きで半分、帰りでまた半分。交易品の大半は河賊の懐に入るのです。食料は腐敗するので、河賊は長期保存できないような食料が大量に手に入るのを好まず、各地の領主に交易品を制限するように働きかけていました」
ボーダーランド男爵やいくつかの領主が気まずそうに目を伏せた。
「ですが、それももうありません。これからは各地の商人たちの判断で自由に交易することができるようになりました」
「それはつまり……アナトリアが河賊を討伐したという噂は本当だということだね」
モーン伯爵が言った。俺はうなずくと、手を叩いた。メイドが蓋をしてある大きな器を持ってくる。
「さらに美味があるのは嬉しいが、もうデザートも食後のワインも飲んでしまったよ」
ペチュナーグ公爵がおどけたように肩をすくめた。
「余はまだまだ食えるがな」
上クマ公爵は歯をむき出しにして笑う。その不躾な姿に眉をひそめるものもいたが、自然体の上クマ公爵の言葉を好む領主も少なくない。
「残念ですが、食事ではありません」
俺はテーブル中央におかれた、その器の蓋をとった。
「な……」
領主たちが絶句した。
「ご堪能いただけましたかな?」
俺はそう言って笑う。そこにあったのは塩漬けにされた蜥蜴王ロンジョウの首だった。恐るべき河賊の王の首を見て、領主たちははっきりと、無敵の河賊が敗れたことを理解した。
「いやはや、すっかり満腹だよアナトリア殿」
ペチュナーグ公爵はそう言うとワインを口に含んだ。
「陸なら負ける気はしないが、河の上では余と余の兵とて河賊は手に余る。見事だアナトリア」
上クマ公爵は素直に賞賛の言葉を贈ってくれた。
「河賊がいなくなったことで、経済の流通も活発になるだろう。今日の豪華なフル・コースも、今後は各領地、どこでも食べられるようになるということか」
モーン伯爵が頷きながらそう言った。
「ええ、その通りです伯爵閣下」
俺も頷いて答えた。
さて、本題はこれからだ。
戦後処理が思ったより長くなってしまいました




