4-26
さて、どうしたものか。
俺は三方向から迫り来るクリーチャーを見ながら思案にくれた。
水中に砲弾は届かない。威力はすぐに減衰してしまうだろう。唯一、榴弾は衝撃を水中に伝えるので効果があるが、甲板の二門と砲の数が少ない上に短砲身の臼砲は命中精度が低い。
「俺の攻城兵器強化のスキルで命中精度を上げるか? 緒戦で結構消耗しているし、魔法力が足りないか」
手持ちの魔法薬は三本。うち一本はすでに使用している。同じ重さの黄金に等しい魔法薬は、数を用意できない希少な品物だ。
「もうすぐ地上からの砲弾も飛んでくるな……」
港ではこちらの砲撃によってすでに半分の大砲が使えなくなっているが、残った十門ほどの大砲は、設置を終えようとしている。やつらの腕がどれほどのものかは分からないが、飛来する砲弾は士気を大きく下げる。その状況で格闘戦を仕掛けられたらまずい。
「あれを使うか」
俺は船倉から秘密兵器を持ってくるように指示をだした。
水夫が持ってきたそれは、大砲の下部に取りついている駐退機の部品に似た筒だった。
試作中……といえば聞こえがいいが、設計した俺ですら失敗作だと思っている。だけど折角作ったので、実戦投入したら想定より使えるんじゃないかとも考え持ってきたのだ。
「俺が指示をしたら水に向かって撃て」
そう、これは砲の一種なのだ。
地上の砲から散発的な砲弾が飛んでくるが、こちらの榴弾砲は容赦なく敵砲の周囲を破壊した、このままいけば壊滅は時間の問題だ。だが、三方向から迫るクリーチャーたちに対して、いまだ何の攻撃も加えていない。
「大丈夫なのか?」
川の巨人バンカニルは俺に言った。
「ああ、攻城兵器は水中にも対応できる、まだ失敗作だがな」
やがて、まずヒドラが射程に入った。
「よし! 撃て!」
ボンという音と共に、先の尖った陶器の弾丸が、放物線を描きながら発射された。
「ずいぶん遅い砲だな」
バンカニルは率直な感想を言った。たしかにそうだ。
この筒、多目的投擲砲は、実はグレネードランチャー……を目指したけどうまく行かなかったものだ。
もともとは駐退機を設計した時に、ふと思いついて、ついでにで図面を引いたもので、多くのパーツは駐退機の部品のうち、規格に合わなかった失敗品を流用している。
原理は単純で、引き金を引くと後方の薬室で火薬を炸裂させる。火薬の力で駐退機に使っているものと同じシリンダーが持ち上げられる。今回は油は入っていないので、空気が押し上げられることになる。すると筒の先には小さな穴が空いており、ここから勢い良く押し上げられた空気が吹き出すのだ。ここに専用の陶器の弾丸の中に入った導火線つきダイナマイトを入れ、勢い良く飛ばす。
要するに火薬式吹き矢だ。
だけどこれは問題点が多くありすぎて、とても使えるようなものにはならなかった。
後装填式銃というのは攻城魔術師の製作スキルの範囲外だ。だから大砲と同じ、ネジ蓋式を採用した。このため前装填式のマスケット銃より装填には時間がかかった。さらにダイナマイトは導火線による時限式なので発射直前に火を着けて撃たなくてはいけない。咄嗟に発射することは不可能だ。撃つたびに火薬の爆発を受けるシリンダーの耐久性にも問題があった。
それでも拠点制圧や、レベルが低くて通常の武器ではまともにダメージが通らない兵士用の援護武器とか、そういった用途で使えはしないかと持ってきたのだが……。
発射されたダイナマイト入りの陶器は水中にぽちゃんと落ちた。黒色火薬を芯にした導火線は水中だって消えずに燃焼する。
ボン!
大きな水柱が上がった。爆発のエネルギーは空中より水中の方が、より強力にエネルギーを伝える。
ボン! ボン! ボン!
続けて、他の船からもダイナマイト弾が発射されている。
大砲の衝撃には耐えられないダイナマイトも、吹き矢式のこの武器なら射出できる。そのための武器だ。
水面がヒドラの血で赤く染まった。ヒドラは首が残っている限り高速で回復するという能力を持っているが、その暇すら与えないほどの容赦の無い爆殺だった。
この惨状を見てもなお、士気を失わずに突撃してくる蜥蜴人という種族はやはり恐ろしいものだと強く感じる。だから容赦はしない。
「再装填完了次第撃ち続けろ!」
次々に打ち込まれるダイナマイトによる水柱と、その後に広がる蜥蜴人たちの血によって、河は地獄絵図と化している。さしもの蜥蜴人の河賊も、ついに恐慌状態になり、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「地上の大砲も、あと少しで壊滅できるな」
残るは、ワニだけだ。
「うわあああ!」
九番艦から悲鳴が上がった。巨大なワニが甲板にしがみつき、その大きな口を開いて、水夫たちを食らっていた。船は大きく傾いていて、水夫たちはまともに戦闘態勢を取ることができていない。
だが。
ズドン!
大砲の音が響いた。ワニの腹のちょうど正面にあった側弦砲が火を噴いたのだ。動物的本能により、この状態なら人は動けないと思っていたサルコスクスは、信じられない思いで自分の腹から吹き出る血潮の熱と痛みを感じているようだった。
「いまだ!」
九番艦に乗っていた川の巨人はサルコスクスに飛びかかると、持っていた銛で、その分厚い頭蓋骨の側面を貫いた。周りの水夫たちもそれに続いて、短い刀剣を振るって容赦なく切りつけた。
反撃で何人もの水夫が、そして最初に飛びかかった川の巨人もサルコスクスの巨大な牙に食らいつかれて倒れたが、ついに古代の大ワニは力尽き、ずるずると甲板から落下していった。物質的な死によって召喚契約は解除され、サルコスクスの身体が河に落下すると同時に光となって消えていった。
「ふぅ……」
俺は額に浮かんだ汗を拭った。攻城兵器操作のスキルで九番艦の大砲を操作し、援護したが、上手くいったようだ。
港からの砲撃も止んだ。逃げまわっているガレー船も順調に沈めている。河を泳いでいた河賊たちも、港ではなく山の方へと泳いで逃げている。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これは、我々の負けだな」
ダークエルフは不快そうにそう呟いた。だが周りには誰もいない。
「私は引き上げるとしよう。また会おうではないか若き英雄よ」
そう言ったダークエルフの姿が崩れ、不快な臭いを発する霧となって消えていった。だがその光景を目にすることができたものは、誰もいなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ばしゃんと水しぶきが上がった。
「なんだ!?」
俺は確認するように指示を出した。場所はこのディーヴァエリザベス号のすぐ近く。
「アナトリア!」
咆哮が聞こえた。船に鋭い物を叩きつけるような音が聞こえ、すぐに大きな黒い影が、甲板へと飛び上がってきた。
それは他の蜥蜴人より一回り大きな蜥蜴人だった。リザードアクスを構えたその姿からは強い威圧を感じ、この蜥蜴人がただ者でないことが直感的に理解できた。
「俺は河賊の王、蜥蜴王ロンジョウだ! 俺が河で負けるはずがねぇ、この船を奪えば、まだ俺は負けてねぇ!」
血走った目で、蜥蜴の王は叫んだ。あらわれた河賊の王……この地方の支配者だった怪物の登場に水夫たちは動揺している。
「俺がダンフォース・マク・モーン・オブ・アナトリアだ」
俺は手にしたハンドキャノンを構えてそう言い放つ。
「いい度胸だ! テメエの首は俺の王座の側に、永遠に飾ってやる!」
「お前の首は、河賊に怯える各地の領主たちに見せてやらなくてはいけないからな。悪いがいただくぞ」
この戦争、最後の戦いが始まった。
ロンジョウの左手はすでにダイナマイトで負傷している。だが、そのハンデを感じさせずに、蜥蜴王は大いに暴れた。
「雑魚はすっこんでろ!」
加勢に入ろうとした水夫たちが、蜥蜴王が振るう斧の一振りで吹き飛んだ。蜥蜴王は水で濡れた甲板の不安定な足場を、まるで硬い大地のように蹴りだし、俺へと力強く突撃した。
「恐慌!」
俺は精神的ダメージを与える魔法で牽制するが。
「クァァァ!」
蜥蜴王は咆哮すると、恐慌の魔法を持ち前の剛毅によってねじ伏せ、俺に向けて斧を叩きつけた。
「くっ!」
俺は持っていたハンドキャノンでその一撃を受けた。ギン! と金属同士がぶつかる鈍い音が響いた。受けたハンドキャノンから伝わる衝撃は、俺の手を容赦なく苛んだ。
俺がハンドキャノンを発射しようと手を伸ばした時、くいっと足が引っ張られた。
「な、なに!?」
俺の身体が宙に浮いた。俺の左足に巻き付いた蜥蜴王の尾が、俺の身体を持ち上げたのだ。
踏ん張れなくなった俺に対して、蜥蜴王はリザードアクスでハンドキャノンを引っ掛けると、ひねるように俺の手からハンドキャノンをもぎ取った。
ゴンと音がしてハンドキャノンが甲板に転がった。
「ダンフォース!」
バンカニルが甲板に転がっていた砲弾を掴むと、蜥蜴王に向けて投げつけた。蜥蜴王は、それをすでに壊れている左手で受けた。骨が砕ける音がした。だがそれでも蜥蜴王は止まらない。
「俺が……負けるはずがねぇ」
実際、河賊の敗北はすでに決している。ここで俺を殺したとしてもこの船を奪うことはできないだろうし、失ったガレー船は戻ってこない。
だが生まれついてからこの河で人を支配してきた蜥蜴王にとって、敗北を認めることは死ぬことよりも、遥かに恐ろしいことだったのだ。
「死ね! アナトリア!」
蜥蜴王が叫んで斧を振り上げた。
「いや、死ぬのはお前だよ河の王」
蜥蜴王の口から血が溢れた。血走った両眼が裂けんばかりに開かれ、自分の胸に開いた風穴を凝視した。
「俺は攻城魔術師、攻城兵器を遠隔操作できる」
地面を転がっていたはずのハンドキャノンが、重力を無視して持ち上がり、煙をあげていた。
「たとえ縛られていたってな。俺の勝ちだ蜥蜴王ロンジョウ」
「こ、こんな馬鹿な……」
蜥蜴王は最後の力を振り絞って、蜥蜴人の象徴であるリザードアクスを振り上げた……振り上げたところで力を失い、リザードアクスは彼の手からこぼれ落ちた。
「負けたのか、こ、この俺が……」
最後にそう認めると、ついに蜥蜴王は膝をついて前のめりに倒れたのだった。




