4-24
雪解け水によって川の流れが速く、そして力強くなった日に、俺たちは十隻の帆船で港を後にした。
四角い帆のメインマストに春風を受け、俺たちの船は川を下っていく。新型船はこれまで一般的だった一本マストとは違い、船尾に二本目の補助マストがあり、そこには人間の船で使われる三角帆が張られている。
「面舵一杯!」
川の巨人の首領であるバンカニルはウキウキとした様子で船員に指示をだしている。人間用の船なので、バンカニルは甲板にしか居場所がないのだが、気にした様子はない。
そもそもバンカニルは今回の戦いに参加する必要はなかったのだ。航海士として川の巨人を二~三人派遣するように頼んだのではあるが、そしたらバンカニルがやってきたのだ。
「あの河賊を俺らの船がやっつけるところを見れないなんてとんでもない!」
バンカニルと一緒に来た十人もの川の巨人たちはそう言って、何があっても船に乗せろと要求してきたのだった。
「本格的に川の巨人たちの集落に造船所を作るのもいいかもな」
粗暴な側面もある彼らだが、職人的な性質も強い。それに好奇心旺盛だ。この性質を活かせば、きっとこれからのアナトリアにとって重要な勢力となるだろう。今後の課題にしよう。
「でも今は河賊との戦いに集中しないとな」
アナトリアの興亡を決める一戦。負けるわけにはいかない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
カンカンと鐘がなっている。
「フシュルル」
河賊の王である、蜥蜴王シゲン・ロンジョウはこの状況を不快に思って唸った。
弱い人間どもが、高等種族である蜥蜴人に貢物を差し出すことで生きることを許されている人間どもが、愚かにも我ら蜥蜴人に歯向かった。
分からせてやらなくてはいけない、叩き潰し、殲滅し、老若男女問わずに皆殺しにし、その血で、その傲慢な罪を洗い流してやらなくてはいけない。その首を晒し、大地にうごめく人間どもに、我らに歯向かうことの愚かさを啓蒙しなくてはいけない。
「ロンジョウ、あまり熱くなるな。相手は荒野の巨人を破った男だ。油断してはいけない」
そうロンジョウに注意するのは、彼の参謀であり、アンダーランドのダークエルフだ。普通は青白いかラズベリー色の肌を持つダークエルフではあるが、彼の肌は濃い紫色で、より黒に近かった。
「ふん、巨人は力はあっても愚かな種族だ。戦士として不完全だ」
「要らぬ心配だったかね?」
「ああ、水の上で蜥蜴人が人間の負けることはありえない。そんな道理はこの世界にはない」
「ふむ、君がそう言うのならそうなのだろう。では君の活躍を私は見物させてもらおう」
「ふしゅるるる、すぐに傲慢な人の領主を捕らえ、ここで腸を食いちぎられて踊り死ぬところを見物させてやろう」
ロンジョウは王座から立ち上がると、大股で外へと歩いて行った。
「さて、英雄の再来と噂される男の力、見せてもらおうか」
ダークエルフはロンジョウの後ろ姿を見ながら、一人呟いた。
「野郎ども! 戦の支度をしろ!」
ロンジョウの怒鳴り声を聞き、河賊たちは雄叫びを上げながら、彼らの武器である特徴的なリザードアクスを手にとった。
リザードアクスは片手持ちの斧で、先端にはスパイク、斧の刃の反対側にはハンマーがついている。
狭く、また密集した船上戦においてこの片手持ちの武器は効率よく敵を殺傷し、また硬い鎧はハンマーで撃つことができた。斧で敵の盾を引っ掛ければ体勢が崩れ、隣にいる仲間がその敵を殺せた。
水中に潜れば、先端のスパイクは容赦なく敵を貫いた。船が壊れれば、この斧とハンマーは代用工具となって船を直した。
リザードアクスは水上の民である蜥蜴人の象徴の一つだ。
そしてもう一つの象徴が、彼らが操る船。
「オールを持て!」
ドン! ドン! ドン! 太鼓の音が鳴る。その太鼓の音に合わせて蜥蜴人たちはオールを漕いだ。
彼らの漕船……二段ガレー船は軍鼓隊の叩く太鼓の音に合わせ、一糸乱れぬ動きでオールを動かしている。それぞれのオールには二人の河賊がつき、それらが五列並んでいる。これが上下二段に左右二列。計四十人。
これだけの人数であるのに、彼らの動きに乱れも、そして怠け心もない。全員が一丸となってこの船を操舵していた。
船首には船長の像が置かれるのが彼らの伝統であり、尖らせた木材である突撃船首に跨るように、ロンジョウの像が前方を睨みつけていた。
なんとも下品な姿だが、蜥蜴人にとって船とは父性の象徴であり、雄々しく反り立つ突撃船首は、その性質の最たるものだと、蜥蜴人は考えていた。
雪解け水で氾濫寸前まで増水した河を、河賊のガレー船は物ともせずに進んだ。
彼らがこの河で無敵で在り続けられたのは、このガレー船のおかげだ。
練度の高い蜥蜴人の水夫たちは、河がどの季節であっても自在に船を操り、人間が使う三角帆の交易船では到底及ばない機動を見せた。
風に任せる帆船ではその機動についていくことはできず。蜥蜴人の船を模倣したガレー船も、彼らほどの水夫には恵まれない。人の船はあっというまに囲まれてしまう。
三十隻のガレー船の威容は、この河の支配者が誰かを否応なく人に知らしめるのだった。
アナトリア側、新型帆船十隻。旗艦「ディーヴァエリザベス号」
河賊側、二段ガレー船三十隻。旗艦「リザードキングロンジョウ号」
アナトリア側は川上に、河賊側は川下に陣取っていた。
「あれを見ろ」
呆れたようにロンジョウは笑った。
アナトリアの船は何を思ったのか、こちらに対して船の腹……側面を向いている。
「はは、しょせん人間どもの浅知恵ですね」
副船長もそう言って笑った。
おそらく川上に陣取れば、川下のこちらの機動力が鈍りアナトリア自慢の砲撃で倒せると思ったのだろう。だがそれはしょせん陸の猿の浅知恵だ。
「船ってのは甲板に重いものは乗せられねえんだよ」
アナトリア船の甲板にある大砲はたった二門。十隻合わせて二十門。そんなもので俺たちのガレー船三十隻を食い止めるつもりならお笑い草だ。
だが、そうなるのも当たり前だ。水上とは不安定なものなのだ。甲板に重い物を置くと重心が上がり、船は不安定になる。その上に砲撃の反動が加われば、甲板に乗せられる大砲の数は、そのスペースに関係なく限られてしまうのだ。
さらに川上は操舵が難しい。船というのは構造上、前へ進みやすいように設計されている。川下側は前に進む力を調整して今の位置を維持できるが、川上側は後ろから押される力に対して、船を操舵する必要がある。
その上あれは帆船、人間の水夫に風を自由に操るなど、そんな高度な技術はないのだ。その証拠に、やつらはこらえきれずに船の側面を晒して、無様な格好で今の位置を維持している。
「おい野郎ども!」
「へい!」
「目の前で女が股を開いている! お前らならどする!」
「ナニをぶち込んでやりまさ!」
「よく言った! 野郎ども! ぶち込んでやれ!」
蜥蜴人のガレー船は、太鼓の音と共に川の流れに逆らって進みだした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「来たな」
俺は蜥蜴人の強く響く太鼓の音に負けないように、大声で指示を出した。
「各員配置につけ! 砲門を開き、川蜥蜴に目にもの見せてやれ!」
「アイアイサー!」
カコンと音がして、新型帆船の最大の機能があらわになる。
それは、船の側面に空けられた穴。そこから突き出した六門の大砲、すなわち側舷砲が、ガレー船を迎え打つのだ。
船の大砲といったら、このように船の側面、船内から顔をのぞかせているものをイメージするだろう。今ではよく知られるこの形だが、これは船の歴史を変えた偉大な改良だ。
甲板に大砲を設置すると不安定になる。だがこの船内、船の下方に大砲を設置することで、大量の大砲を設置したとしても重心は下にあるまま、安定を保てるのだ。
そこで起きる大砲の反動も、甲板で起きるものに比べ、船に対する影響は少なくなる。
これにより船のバランスを崩さず、大量の大砲を海で扱うことができるようになるのだ。
ただ、喫水が深くなるため河川では座礁が怖いが……雪解け水で増量した今の河では問題ない。
砲弾が次々に降り注ぐ。各船の大砲は、甲板の榴弾臼砲二門。側舷砲左右六門ずつ。一度に発射できるのは八門。それが十隻で八十門もの集中火砲。
「さらにダメ押しだ」
大砲が炸裂すると、その反動で大砲は後方へと強い力がかかる。その力を、大砲の下部につけられたレールと円筒状の機械が受け止める。
この機械は石鹸工房で作られたグリセリンの入った、油圧式の駐退機だ。この装置により、撃ち終わった大砲は元の場所へと自動的に戻っていく。
「開け開け!」
水夫が大砲の後方についたハンドルを回す。鋼鉄鍛冶の技術で作られた大型のネジが開き、水夫は急いで砲内を掃除すると、大砲と火薬を詰めて、再び蓋をする。
ネジの技術は大砲の後装填を可能にしたのだ。
「新型速射砲ウッドペッカー。この弾幕を抜けられるかな?」
砲弾が直撃し、一つのガレー船が動きを止めたのを見て、俺は不敵に笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な!」
大声を上げてリザードキング・ロンジョウは唸った。こんなは馬鹿なことあるか。
「三番艦直撃! 十四番艦被害甚大! こ、こいつはやべえですぜ!」
八十門もの大砲などありえない。それもこれほどの密度で撃ちだされるなど考えられないことだ。
直撃はしなくても、喫水の浅いガレー船は砲弾による横波の影響に弱い。動きが鈍ることで普段ならなんてことのない、雪解け水の流れが船を押し流してしまっていた。
ガレー船の速度は本来のものとは程遠く、そして降り注ぐ砲弾は動きの鈍ったガレー船を容赦なく破壊した。
「お頭ぁ!」
一瞬、ロンジョウの脳裏に人間に背を向ける屈辱がよぎった。だがこの河賊の首領はこのまま戦えば敗北することを認めた。
「退け! 退けぇぇ!」
砂を噛む思いでロンジョウは叫んだ。やつらの船に一隻でもたどり着ければ皆殺しにしてやれるのに。だが、すでに半数近い船が航行不能に陥っている。
反転すれば川の流れに乗って一気に逃げられる。
「魔女たちよ! 霧を出せ!」
蜥蜴人の魔女たちは、古流の魔法を唱える。
「白霧」
蜥蜴の魔女たちの口から真っ白い霧が吹き出し大砲の照準からガレー船を守った。
「くそっ! くそぉぉぉ!!」
ロンジョウの手にした斧がぶるぶると怒りと屈辱で震えた。だが、勝ち目はある。負けるはずがない。今は思いつかないが、拠点に戻りさえすればきっと反撃の一手を思いつく。
そう思いながら、河賊のガレー船はでたらめ撃ちに降り注ぐ砲弾から、尻尾を巻いて逃げ出したのだった。
蜥蜴人たちはあまりに慌てて逃げたものだから……後方から、風を受けて追いかけるデーヴァエリザベス号の姿にすら気が付かなかったのだ。




