4-23
カン、カンと木槌の音がする。ここはアナトリア領外、南東に位置する漁村。しかし今は漁村の小さな造船所を緑の肌をした巨人たちが占拠し、毎日遅くまで作業の音を響かせている。
「あ、アナトリア子爵様……」
「なんだいリヴァーハート卿」
騎士リヴァーハートはこの村の領主だ。アナトリアではなくボーダーランド男爵の封臣だった。
「そ、その、いつまでご滞在するので?」
「ははは、気にすることはないよリヴァーハート卿。同胞の苦境は我が苦境、いつまたグリフォンが襲ってくるとも限らない。このアナトリア、君たちの安全が確保できるまで、この村を防衛し続けるつもりだ」
鷲の頭と翼、そして獅子の身体を持つ魔獣グリフォンは、動物より高い知性と人間を恐れない気性によって集落が襲われることがあった。
「そ、それは……」
「はははっ」
笑いながら去っていく俺の背中を、リヴァーハート卿は泣きそうな顔で眺めていた。
最後に必要だったのは、蜥蜴人の本拠地に攻めるために必要なこちらの拠点だ。
張り巡らしたモーン流砲術学校ネットワークを駆使し、この領地がグリフォンに襲われながらボーダーランド男爵は見殺しにしているという情報を手に入れた。
アナトリアとの交易ができなくなり、ボーダーランド男爵も鋼鉄や大砲が不足しているのだ。魔獣討伐に二の足を踏むのも仕方がない。
「さて、準備は整ったぜ川蜥蜴」
空を見上げると、はらはらと雪が降りだした。冬が来たのだ。
「勝負は雪解けの時」
俺は誰に聞かせるわけでもなく、そう呟いた。
ボーダーランド男爵の抗議も、河賊の襲撃も大砲の力で黙らせた。村へとやってきたボーダーランド男爵の手勢は、並べられた大砲を前にして何もできずに帰り、襲撃してきた河賊も沿岸から雨あられと降り注ぐ大砲によって撃退された。
どうせそのうち干上がるさ。
交易路を絶たれているアナトリアの未来は無い。河賊もボーダーランド男爵もそう考えている。だから無理して今アナトリアと戦うのは無駄な血を流すだけ。
「相手に主導権があると思わせる」
俺は昔、父親から教えてもらった交渉の極意を思い出していた。
寒く、苦しい冬が来た。
強い風と共に雪が辺りに舞い、秋の間に溜め込んだ薪と穀物で耐え忍んでいる。養えない家畜は潰して肉にした。今年の豊作のお陰で餓死者はでないが、それでも冬の寒さと辛さに耐え切れずに倒れる領民は少なからずいた。
パチンと暖炉の薪がはぜた。俺はテーブルに広げたボードとコマを睨みながら考えこむ。
「むふふ」
カミラはそんな俺をニヤニヤと笑いながら眺めている。ぐぬぬ、たしかに良い一手だ。
俺たちが遊んでいるのはチェスに近いルールの、この世界のボードゲームだ。学校では向かうところ敵なしの俺なのだが、カミラはそれ以上の打ち手で、俺はこれまで十連敗を喫している。
「こ、これで……」
「それならこっち」
俺がなんとかひねり出した一手を、カミラは簡単に粉砕した。
「ぐあああ」
「投了ですかアホ主人?」
「……何手前に詰んだと分かった?」
「十四手前です」
「マジかよ……」
本当に、カミラはでたらめに強かった。
「くそぉ……」
俺はがっくりとうなだれた。
「戦いの年季が違いますよアホ主人。私は魔人王にすら勝ってたんですから」
「帝国時代にもこのゲームあったのか?」
「ちょっとだけルールが違いますけどね。まあ似たようなものです」
「魔人王ドゥラスか」
人間との混血、ハーフエルフの身でありながら魔人王ドゥラスは不老の肉体を得て、俺たちが住む人間王の地、北のエーシュリオン大陸、西のドラゴンキングダム島、東のローズデザートまで支配した帝王。
「どんな奴だったんだ?」
「ふむ、どんな奴かと聞かれたら、一口では説明しづらいですが、あえて言うならアホ主人ですね」
「は?」
「言い出したら聞かないんですよ。一度決めた目標に対して、何があっても諦めずに頑固に向かっていくアホ主人。そんな人でしたね」
「イメージ違うなぁ」
「伝説なんてそんなものですよ、言っておきますけど、あのアホ主人、成功した事より失敗した事の方が多いですからね。戦争だって何度も負けてるし」
「そうなの?」
「アホ主人は少数で戦うのは得意なんですが、大軍指揮はからっきしで、人数差五割くらいは気合で何とかなるから突撃だーとか平気で言うんですよ」
「だけど、いい主人だったらしいな」
「……そうですね、私の村を滅ぼした吸血鬼から私を救ってくれた恩人です」
カミラはそう言って目を細めた。
「苛烈で、敵対者にも容赦せず、奴隷交易や種族差別だって平気でしてましたし、滅ぼした村や国は両手じゃ到底数えきれない暴君ではありましたが……人間最大の版図を築いた偉大な帝王……それがアホ主人です」
ゲームでは魔人王ドゥラスは北のエーシュリオンのダンジョンにて、知性を失った怪物として存在する。
魔人王の成れの果てを、できればカミラには見せたくないなと、俺は思っていた。
冬の寒さが和らぎ、春の訪れが近づいてきた。春風と共に雪が溶け初め、そして河の流れが激しくなる。
決戦の時が来た。




