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「よく来たな」
羽飾りを頭に差した、一回り大きな巨人が俺たちを見下ろしながらそう言った。
集落の広さは直径百メートルほどの円形だ。建物は丸太を組み合わせた小屋で動物の皮をところどころに使っている。家屋を結ぶ通路には骨や石が撒かれており、沈みやすい湿地の地面を固めようとしているようだ。
集落の中央、巨大な虎だと思われる骨が地面に並べられ広場となっていた。はっきりいって、骨が大き過ぎて歩きにくいのだが、三メートルを越える巨人の体躯にはちょうどいいのかも知れない。
「まずは我らを迎え入れてくれたことを感謝する」
「前置きはどうでもいい、要件を言え」
周りの巨人たちはみな武装していた。集落にいる巨人の数は五十人は超えないだろう。建物の数に比べたら少なく、戦争や荒野開拓による小競り合いで消耗していることが窺えた。
「私はアナトリア領主、ダンフォース・マク・モーン・オブ・アナトリアだ」
俺が名乗ると、ざわりと巨人たちが震えた。
「なるほど、貴様が俺の兄を殺した矮人か」
巨人のリーダーは歯をむき出してそう言った。
「今日はあなた方に最終通告を持ってきた」
俺はリーダーの表情を見つめる。その表情には怒りの感情と達観の感情が見えた。大丈夫、まだアナトリアが蜥蜴人と戦うことは知られていないはずだ。
「一月以内にこの地を明け渡し、荒野の外れであるバズソー沼まで立ち退いてもらいたい」
「ハッハッハッ……舐めるなよ矮人」
巨人たちは大声で笑い出した。
「我らの土地が欲しいのなら我らの百倍の数の矮人を集めてこい、我らは最後の一人になるまで矮人どもを叩き潰してやろう。この地を我らと矮人の血で清めることなくして、どうして貴様にくれてやることができるのか」
予想通り、巨人たちは見下している人間に戦わずに屈するなんて選択はしない。
「さすがはアナトリアを震撼させた川の巨人ですわね」
パチンと広げていた扇を閉じると、レオンが交渉を引き継いだ。
「私はアナトリアの外交顧問であるイザベラ・ドーラ・レオンですわ」
「矮人の女か。この地に足を踏み入れるのはこれで最後にしておくがいい、次に来るときは貴様のそのか細い身体を我らが引き裂くことになるだろう」
「この土地を得るには、アナトリアも血を流すことは避けられそうにありませんわね」
レオンの言葉に、巨人たちが足を踏み鳴らして同意した。
「アナトリア閣下、私の提案を川の巨人たちにお見せすることをお許し下さいませ」
「ああ、許可する」
レオンが一歩前に踏み出した。すでにそこは巨人の間合い、もし巨人がその気になればレオンにまで手にした棍棒が届く間合いだ。
「川の巨人とアナトリアが争えば、あなた方は滅びます。そしてアナトリアも傷を負って血を流すでしょう」
「よく分かっているではないか」
「それはアナトリアとしても本意ではありません。できれば戦わずに事を収めたい」
「何が言いたい?」
レオンは言葉に間をおいた。巨人たちは静まり返って次の言葉を待つ。レオンの表情は巨人に対する畏敬と、自分の提案に対する自信の入り混じった、この場においては完璧な表情だった。
「この集落のリーダーは貴方ですの?」
「おう、バンゴロルが末子、このバンカニルが川の巨人の首領よ」
「では、緑の肌のバンカニル。あなたをジャイアンツリヴァー騎士に叙任したいと我々は考えています」
「は?」
「もし叙任をお受けくださるのなら、集落及び近隣一帯の正式な所有権を認めると共に、アナトリアは川の巨人たちの土地が他の種族によって脅かされた時、あなた方と協力して外敵と戦うことになります」
「我らが、偉大なる巨人が貴様ら矮人の軍門に降れというのか」
「アナトリアが血を流すことを恐れなければ、あなた方に勝ち目はもうありませんわ。ですがその武勇が脅威であることも事実、私たちはあなた方の強さを認め、あなた方は私たちの強さを認める。そういう契約ですわ」
「……それで、我々の生き方の何が変わるというのだ」
「基本的には何も。これまで通りにこの集落、そしてこの川で生活すればいいのですわ。この土地に関する権利について、アナトリアはこの土地が川の巨人のものであるということ以外には口を出しません」
「それだけではあるまい、代償はなんだ? 食料か? 財宝か? 我らを尖兵として戦地に送るのか?」
「騎士の義務については、定めた人数の人員をアナトリアに派遣すること。これは税を納めることで免除もできます。最初の定めた以上の人員を我々が要求する場合、騎士はそれを交渉、また拒否する権利を持ちます。これはアナトリア騎士各位ともに同じ条件ですわ」
「……ふん、結局は我らを矮人の奴隷兵として使いたいだけのことだろう?」
「それは違いますわ。仮にそうだとすれば、荒野の巨人がオークに対してするように、部族の大人を皆殺しにして、子供をさらって教育しますもの」
「ふむ……」
「私たちが求めているのは優秀な造船職人です」
レオンは集落の中で製作されている船へと向き直った。
「すばらしい船ですわ。これだけは、アナトリアは今もあなた方に及びません」
作られている船は帆船だ。船底にあたる竜骨が板状になっており、現実世界で言う北欧のゴクと呼ばれている船に近い。
それにこの船には後方に舵が取りついている。人間の船大工はまだ舵を完成させておらず、船の行き先は帆の操作と、オールを使って行っていた。
「近々、私たちは河賊の蜥蜴人と戦争をするつもりですの」
「何?」
「それを可能にするには、あなた方川の巨人の造船技術が必要なのですわ」
ここで川の巨人たちは考える。矮人が軍門に降れと言ってきたのは、戦わずして勝利したかったからではなく、俺たちの技術が必要だったからなのだ。
彼らの思考は、屈辱的な従属同盟を受け入れるか否かから、いかに自分たちの技術を高く売りつけるかにシフトした。矮人にとっては造船職人は他では得られない特殊技能、交渉次第によっては失った土地をずいぶんと取り戻せるはず。いや、かつては傲慢な荒野の巨人どもによって支配されていた土地も我らのものとできるかもしれない。
「長い話になりそうだ、俺の家に来るがいい、食い物もだそう」
「ご好意、感謝いたしますわ」
レオンはそう言って笑みを浮かべた。
「では正式な叙任式と領地の線引は春に行おう。それまでの領地は暫定的なものになるが、これらの領地について開拓民が攻撃を加えないように布告を出しておく。これらを破った開拓民に対して、川の巨人が自領の法にもとづいて処罰することを、アナトリア領主として認めるものとする」
「…………」
俺が話しているのに川の巨人はじっと考え込んでいる。重要なことだろうに上の空だ。
川の巨人たちは生まれついての造船職人だった。俺が、対蜥蜴人用に考案した新型の船をどう実現するか、そのことに心を囚われていたのだ。
「頼りにしてるよ、ジャイアンツリヴァー卿」
俺は苦笑しながら、この頼りになる巨大な職人たちがアナトリアの一員となったことを心から喜んでいた。




