4-19
翌日、俺とレオン、カミラとシシド、前領主のウルトで集まり、会議を行うことになった。
「まずい事になったな」
長年領主をやってきたウルトは、河賊の影響力をよく知っていた。交易を絶たれて、果たしてアナトリアは経営できるのか。
「すぐに使者をだして周辺諸侯の立場を確認しましょう」
カミラが言う。アナトリアの味方がどれほどいるか。
「ほぼいないでしょうね」
そう言うレオンの表情は深刻だ。外交は彼女の仕事であり、今置かれている状況がどれほど危険な状況なのかを理解している。
「兵を出して河賊を討伐するってのは? モーン式砲術学校の教育は進んでる。アナトリアの砲兵はこの地では無敵のはずだぜ」
シシドが言った。確かに相手が魔獣の群れが相手でもない限りその通りだ……陸戦ならばという但し書きがつくが。
「河賊は山脈に囲まれた僻地、しかし河川交易の要所に拠点があるようだ。陸からじゃ攻めにくいし、被害を覚悟で進軍しても、川に逃げられたら追えない。陸からじゃどうにもならない」
ウルトは続ける。
「そして相手は水上戦の達人たちだ。優秀な船大工でもある。これまで長い間やつらが河を支配してきたのにはそれだけの理由があるんだ」
「アナトリア単独では勝ち目がない。そう判断するしかないな」
最後に俺がそうまとめた。地の利は相手にある。厳しい状況だ。
「交易を絶たれたあとの資源の調達についても議論しましょう」
カミラが言う。ウルトがそれに答えた。
「食料は今年の豊作で対応できるが、鉄鉱石と石材が足りなくなるな。石鹸の材料となる油も家畜の交易が途絶えれば足りなくなるだろう」
「硝石と硫黄はデズモンドのダンジョンと、マーグマニルの温泉から確保できるな。火薬は問題ない」
「木材の供給が確保できているのは、鋼鉄製の伐採器具のお陰ですよ。鉄鉱石が足りなくなればいずれ木材の供給も滞ります」
「まだ問題はあるぞ。今回の件で街の商人たちが混乱している。最悪領外に出て行くかもしれない」
この世界の商人は、商人であると同時にインフラを担う運送業者でもある。物資を各集落に届け、足りないものを調べて再配布するのはすべて商人の仕事だった。商人の存在は社会の維持に必須なのだ。
直接河川交易と関係のない商人たちも、今後アナトリアが交易を絶たれるとなると、その商売が縮小するのは目に見えている。
彼らがアナトリアを見限る可能性は十分にあった。
「交易路は東と南から南西までは全滅だな。残るは北の荒野と西の百万迷宮か」
「今のアナトリア領主は、アナトリアを守るに相応しくないと思う諸侯もいるかもしれませんわ。周囲の貴族が爵位を強引に簒奪しようと戦争を仕掛けてくる可能性もあります」
「ふむ……」
経済的にも政治的にも追い詰められている。河賊がただ一言、拒否の言葉をつきつけるだけで、人の帝国の残党である諸侯たちは、蜥蜴人の思うがままに動くのだった。
会議の途中だったが、俺はその場を中座することになった。借金をしている金貸し商人たちが、面会に来たのだ。要件は想像がつくので気が重い。
「これはアナトリア閣下、ご機嫌麗しゅうございます」
「あなた達も健康そうでなによりだ」
商人との面会はお決まりの挨拶から始める。だが今日の商人たちにいつもの笑顔はない。
「本日は、借金の全額返済をお願いに参りました」
「返済期限まではまだ間があるはずだが」
「状況が変わりましたので」
無茶苦茶だが契約法が整備されるのは、まだ社会が成熟する必要があった。
「急に言われても払えないものは払えない。悪いな」
「では、今後、閣下とは一切の金貸しを行いません。我々の付き合いもこれまでとなります」
「そうなると借金を返す必要もなくなるが、いいのか?」
「ええ、我々は損をすると分かっている商売には手を出しませんので」
金貸し商人はそう言い切った。
「ただ、もし閣下が河賊と矛を収め、彼らの要求を受け入れるのであれば、我々は今後も閣下と取引をさせていただき、また閣下の心労に報いるため、借金の半分を帳消しにいたします」
「半分とは大きく出たな」
「閣下のことは我々も評価しているのです。このようなところで意地を張って潰れてほしくありません」
商人の表情は厳しい物だったが、そこに打算的なものや誰かの指図があるとは思えなかった。
「……ご好意痛み入るが、少々俺を過小評価しているようだな」
「は?」
「今年の雪が溶けるまでにこの件にケリをつけよう。まあ見ていてくれ」
「閣下、世には道理というものがございます。人間は蜥蜴人には勝てませぬ」
「かつて、人間王や魔人王はあらゆる魔物に勝利したそうだ。蜥蜴人一種なんて、恐れるに足りない」
「たかがアナトリア一領治めた程度で帝王の偉業を再現できると?」
「二人の帝王は、なにもない徒手空拳からスタートしているぞ? それに比べたら、一領の領主である俺ができたとしても、道理に反すると言えんだろ」
「……話になりませぬな」
「そうか、では、また冬に話そう」
話を打ち切ろうとした時、最後に商人はぽつりと言った。
「そうなることを、我々も二人の帝王の御霊に祈っております」
そして商人は一礼して謁見室を後にした。
「意外に良いヤツなんだな、あの金貸し」
彼らの意外な一面を見れた気がして俺は密かに笑った。




