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人が生きていくために水源は欠かすことの出来ないものだ。農業や生活用水はもちろん、水車小屋は運動エネルギーの供給源として、小麦を砕き小麦粉にしたり、製糸機械として布の生産のエンジンとして使われる。鍛冶にも冷たい水があることは必要な条件だ。
ファンタジー世界においてもそれは変わらない。魔法薬には希釈用の水であり、魔獣たちもそのほとんどは水が無くては生きていけない。
だから人や人以外の種族も都市は河川に沿って発達するのだ。
その河川を船に乗って移動し、各都市で品物を交易する河川交易は莫大な利益を上げていた。
そうなればその交易商船を狙って、盗賊が現れるのも必然だ。護衛をいくらでも雇える陸路と違い、交易用の船と戦闘用の船では戦って勝ち目はない。かといって、それで河川交易が途絶えてしまうのは河の盗賊……河賊にとっても不本意だ。
妥協案として、商人たちは河賊に交易品の半分を渡し、河賊は自分たち以外の盗賊が河にやってこないように見張る。そういう形になっていた。
この関係は商人にとっては非常に都合がいい。河賊たちが河を占拠することにより、自分たちのギルド以外の商人が、河川交易できないようになっているのだ。いくら各地の領主が認めても、河賊が認めなければ交易はできない。河族の存在は、河川交易の独占にも必要だった。
ただ一点だけ、この関係には欠点がある。
それは……。
「盛り上がってるじゃねぇか」
灰色の鱗をした蜥蜴人はぺろりと先の割れた舌をだした。
「観光として来られたのなら諍いを起こさぬようご自由に」
レオンが扇を持ったまま、毅然とした態度で蜥蜴人……ジューシャと名乗ったその男を睨みつけた。人間より膂力があり、執念深い気性で知られる蜥蜴人を見た人々は、そそくさとその場から離れていく。
「そんなじゃねえよ、俺は領主と話しに来たんだ」
その横暴な態度は使者のそれではない。河賊にとって、人の領主は頭を垂れるに値しないものだということが、ジューシャの態度にありありと現れていた。
「盗賊と話すことなど、このアナトリアにはありませんわ。お帰り下さいまし」
「てめえには聞いてねえんだよ猿女、とっと領主だせや」
「鱗付きカエルもどきが偉そうに。泥臭いので離れてくださいまし」
パチンと扇を鳴らしながら、レオンは一歩も引かずに頭ひとつでかいジューシャに言い放った。ジューシャはギロリと金色の瞳で睨みつける。
「はは……」
彼を連れてきた河川交易路の商人は、ただ卑屈な笑みを浮かべていた。
商人と河賊との関係の問題点。それは、河賊の命令に商人たちは歯向かうことができない、その力関係にあった。
「いいから領主だせっつってんだろ!」
焦れたジューシャは怒鳴って、腰に差した短めの曲刀であるカットラスに手をかけた。
「ひっ」
レオンの周りの貴族が悲鳴を漏らすが、それでもレオンは一歩も引かない。
「それを抜いたら覚悟なさい。遠慮なく捕らえて首を刎ねますわよ」
「れ、レオンさま!」
隣にいた貴族が恐怖で叫んだがレオンは引かない。なぜ盗賊などに頭を下げなくてはいけないのか。このような無法の力で道理を通すなど、そのような野蛮に屈することなどあってたまるか。ジューシャのカトラスがかちりと音を立てた。
「待て!」
ついにジューシャの剣が抜かれる寸前。走ってきたダンフォースが叫んでその動きを止めた。
「閣下!」
周りの貴族は安堵のため息を漏らした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「客人ならもてなすが、暴れるのなら帰ってもらおう」
「へ、俺はこの猿女に礼儀というものを教えてやろうとしただけだ」
「レディに剣を抜いて恫喝するのが蜥蜴人の礼儀なのだろうが、この街ではそんな礼儀はない、謹んでもらおう」
「んだよ、てめえも礼儀をしらねえのか?」
「使者殿は縛り首になりたくてアナトリアに来たのか?」
俺の表情に冗談など無いことに気がついたのか、ジューシャはシュルルと唸ると、ようやく本題に入った。
「大砲より石鹸とタルを多く作れ、鋼鉄は加工せずインゴットにして売れ。今後の交易品は俺らの言う数を作ってこの商人に売れ」
「……話にならないな。あなたも承知の上なのか?」
俺はジューシャの影で愛想笑いを浮かべ続けている商人に視線を向ける。
「へえ、その通りでございます」
「断ると言ったら?」
「今後、アナトリアとは一切取引しねぇ」
商人の代わりにジューシャがにやりと、耳まで裂けた蜥蜴の口を歪めて言った。
「ボーダーランド男爵も承知のことか?」
「はっ、ボーダーランド男爵は俺らに逆らえねえ。河川交易が絶たれれば、どの領地も干上がっちまう。そうだろ?」
「…………」
「河川交易だけじゃねえ、ここら一帯の交易路はすべて使えなくなる。ここらの街で河川交易の利益を間接的にでも受けていないやつはいないからな」
「なるほど」
「もう一つ命令がある。近隣領主に大砲の製造法を伝えろ」
「は?」
レオンが声を上げた。
「ふざけないでください、なぜそんなことを」
「なぜ? そりゃ、俺たちがてめえらから奪う鋼鉄の価値を高めるためだよ。領主たちも大砲の製法が手に入るとあれば、嫌とは言わねえ。てめえらの交易路封鎖に協力してくれるって寸法よ」
長年河川交易路を支配していた盗賊だけはある。飴と鞭を上手に使って、各地の諸侯を言いなりにしているようだ。同時に人間勢力の脆弱さの象徴のようなものでもあるな。
レオンが悔しそうに歯を噛み締めている。手にした扇を持つ手がぶるぶると震えていた。周りの貴族たちも同じだ。この横暴な使者の言いなりになるしかないなんてあまりに屈辱的だった。
「断る」
しかし俺はそう言った。
「は? 聞こえなかったのか? てめえらに選択権なんかねえんだよ」
「それはこちらのセリフだよ蜥蜴人。俺は断ると言ったんだ」
「……へ、へへへ」
蜥蜴人はさぞ愉快という風に笑った。
「たまにいるな、てめえみたいに道理も分からねえ馬鹿野郎が。そしてそういう馬鹿野郎が、そのうちに俺たちに媚びへつらって許しを乞うんだ」
「話は終わりだな、使者殿を外までお送りしろ」
「気が変わったらてめえが俺たちのところまで来い。俺たちの靴を舐めながら謝るなら、てめえのその無礼な態度も許してやるぜ」
「衛兵!」
「は、はい閣下!」
俺が怒鳴ると、衛兵は蜥蜴人と商人を連れだした。遠ざかりながらも、蜥蜴人は、愉快そうな気味の悪い笑い声をあげていた。
「だ、大丈夫ですの!?」
ジューシャがいなくなったあと、開口一番にレオンはそう言った。
「ん……実はまだ大丈夫か確定していない」
「ちょっと!」
俺は思わず頭を掻いた。ふぅと息を吐いたことで、冷静さが戻ってくる。
「熱くなってた」
「はあ?」
「あいつ、レオンさんに剣を向けようとしてたでしょ? それを見たらカーっとなっちゃって。いやあもし剣を抜いた後だったら、あの場で蜥蜴野郎を俺が叩きのめしていたな」
「も、もう! そんなこと言っている場合じゃありませんわ!」
あははと笑う俺に対して、レオンは怒っていた。
「交易路が封鎖されたら、アナトリアは自給自足になるのですわよ! 大砲も鋼鉄も樽も石鹸も、せっかくモーンさんが苦労して作った工房が……」
「大丈夫、確定はしていないけど、手はあるんだ」
「え?」
「なあに、ドラゴンキングダムを相手にすることに比べたら、河蜥蜴の盗賊なんて危機のうちにはいらないですよ」
やつらの拠点は領外のため、これまでは静観していたが、向こうから喧嘩を売ってきたのなら仕方がない。
お望み通り、叩き潰してやることにした。




