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4-17

 ゴブリンを雇うことになるとは思わなかったが、まあ給料は安いしいいだろう。グラデビルは裏方に回し、イーヴィーと協力してダンジョンの拡張や鉱石の管理などをやらせる。冒険者の相手をするのもゴブリン達の仕事だ。


 過酷な仕事にゴブリンたちの数も激減……しなかった。

 いや俺が悪いのだ。それは分かっている。

 だけどゴブリンたちの子育てがどうしても見過ごせなかったのだ。


「さすが我様、恐るべき力でございます」


 ゴブリンたちは子供の生存率の上昇に感心している。

 いや違うのだ、俺は何も特別なことはしていない。

 ゴブリンの子育てを簡単に説明すると。


1・生まれた子供を集めて檻に入れる

2・余った食い物を投げ込む

3・自分で檻をよじ登って脱出できるくらいに育ったら一人前


 そりゃ死ぬさ! いくら頑丈なゴブリンだからってそんな育て方をしたら死ぬさ!

 というわけで、ダンジョン内に保育所エリアということで普通の寝室と普通の食料小屋を設置し、食べ物は加熱して潰すように指示した。すると乳児の死亡率が激減したわけだ。

 俺は未来の人口爆発に頭を抱えながら、日々の政務に追われていた。



 季節は変わり、夏の収穫が終わった。肥料による土壌の改善は大きな成果を上げることができた。今年の収穫高は例年の五倍にもなったのだ。カボチャを籠いっぱいに抱え、今年は飢えることがないと領民たちは喜びながら収穫の労働に勤しんでいた。

 今年の収穫祭は豪勢だ。色とりどりの野菜やソーセージ、白パンが振る舞われ、上質な蒸留酒ウィスキーをがコップに注がれた。


「よう、ダン」


 他の貴族や商人たちとの会談を終え、その後、冒険者仲間と食事を楽しんだ俺は、祭りに湧く街をのんびり歩いていた所をシシドとカミラに呼び止められた。二人共今日はいつもの男物のローブやメイド服ではなく、祭りで町娘がよく着ている、羊毛のドレスを身につけていた。


「へえ、珍しいな」

「今日はオフですからね。自由にやらせてもらいますよ」


 カミラはドレスの裾を持ってくるりと回った。


「ずいぶん機嫌がいいな」

「あはは、久しぶりのお祭りなんでテンション上がってるんですよ」

「楽しんでくれて何より」

「ダン、これから祭りを回るんだ、一緒に行こうぜ」


 シシドに手を取られ、俺は祭りの中へと歩いて行った。カミラはその後ろからのんびりと付いてきていた。


 バグパイクやヴァイオリンを持った楽士達が陽気な音楽を奏でている。酔っ払った町の人がやいのやいのと騒ぎながら、大声で歌を歌っていた。


「誰も知らない霧の中、偶然と必然がサイコロをふった♪ 勝ったのはどっち? おいらはどっちのモノになった? 世界が歌うよ、よーれいれい♪」


 あまりの喧騒に思わず苦笑してしまう。いつもはすました顔の士爵の娘たちが雰囲気に酔って、大きな口を開けて大騒ぎしている。


「おい、ダン、じっとしている場合じゃないぜ」


 ぐっとシシドが俺の手を引いた。そして、後ろで結んだ赤い髪を解いた。


「同じアホなら踊らにゃ損って言うだろ?」

「そうだな」


 俺たちは手を取り合って広場へと進む、俺たちに気がついた一人の楽士が叫んだ。


「アナトリア閣下に!」


 曲がアップテンポなものに変わる。俺たちはステップをふみながら踊った。

 周りの人たちも「アナトリア閣下に!」と叫ぶと、同じように踊りだす。上手い下手は関係ない。楽しんでいるか、それがこの踊りの一番重要なところだ。

 その点では今日のこの広場の踊りは、最高評価をつけて良いものだとアナトリア領主として、俺は自画自賛している。


「こうして踊るのも久しぶりだぜ」


 シシドが笑った。小さいころは村の祭りでよく一緒に踊っていたっけ。


「お互いでかくなったな」

「出会って今年で十年になるのか?」

「俺が六歳の時だったからな。そうなる」


 十年……長いようで短く、だが濃厚な十年だった。いつも新しい発見があった。いつも心躍る冒険があった。出会いがあった、別れもあった。


「良い人生だった」

「じじ臭いぜ」


 シシドが笑った。俺も笑う。まだまだ人生これからだ。これからも良いこと、悪いこと、どちらも沢山のことに出会うのだろう。でも……。


「良い人生だ」


 シシドと踊りながら、俺はもう一度そうつぶやいていた。


 踊りが終わると、今度は私と一緒に、と近くの娘たちが踊りに誘ってきた。シシドの方は向こうで、舎弟にしている学校のやつらと一緒に踊るようだ。

 さんざん踊り、もう疲れたかなというところで、ふと視界の中に、隅のほうでこちらを羨ましそうに見つめるカミラの姿が見えた。


「どうした? 踊らないのか?」


 近づいて声をかけると、カミラは珍しくぎこちない笑みを浮かべた。


「踊ったこと無いんですよ」

「そうなのか? 気にするなよ、あそこの酔っぱらいのダンスなんて酷いもんだろ?」


 足をもつれさせながら、くねくねと女の子が踊っている。っていうかあれ、レオンの取り巻きのふくよかな方じゃないか。


「私はいいですよアホ主人」

「別に嫌なら無理にとは言わないけど……」


 でもカミラの目は、広場の喧騒が羨ましいという感情を隠せていなかった。


「ほれ」


 俺は手を差し出した。


「良いか悪いかは、一曲踊ってみてから判断しようぜ。政治だって、やってみなくちゃ分からないことだってあるだろ?」

「それで何回か失敗してるじゃないですか」

「成功はもっとしてるからいいんだよ」


 少し迷った後に、カミラは俺の手を取った。

 それはひんやりとした冷たい手だったが、踊っているうちにすぐに気にならなくなった。


「なんだ、普通に踊れるじゃないか」


 踊り方はこの地方では見ない形のものだ。多分、カミラの時代、数百年前の踊りなのだろう。カミラの踊り方は、周囲の人に新しいものと映ったのか、真似しようと試みるものや、近くで見ようと集まってくる人もいた。


「恥ずかしいですよアホ主人」

「次の流行はカミラ式ダンスかもな」

「や、やめてくださいよ」


 さすがにもうヘトヘト、踊り疲れた俺は水をもらうと、椅子に座って広場の踊りを眺めることにした。今ではカミラもすっかり馴染み、踊りの輪の中で楽しそうに踊っていた。


「おお、上手くいったぜ」


 シシドが嬉しそうに、カミラの様子を見ていた。


「上手くいった? カミラに祭りの楽しさを教えるのが最初から目的だったのか」

「そうなんだぜ。あいつはあれで悲観的だぜ」

「悲観的?」


 そうは見えない。


「カミラは踊りができるのに、踊ったことがない。なんでだと思う?」

「分からないな」

「カミラが人間だった頃に生活していた村はさ、子供が踊りの輪に混ざることを禁止してたんだ。まあ踊った後のテンションで色々やっちまうことが多かったからだろうぜ」

「今の村でもたまにそういう慣習があるな」

「カミラの村が吸血鬼に襲われたのが、ちょうどカミラが成人する年だった。はじめての祭りにむけてカミラも踊りの練習をしていたんだ」

「だが叶わなかった」

「そういうこと。たまたまカミラに政治的センスがあったおかげで、魔人王ドゥラスに見出されて吸血鬼の元から助けだされたようだけど。ドゥラスの死後は各地を転々としていたらしいぜ」

「よく知っているな」

「女同士じゃないと話せないことってのもあるんだぜ」


 俺たちは、楽しそうに踊るカミラの姿を眺めながら、彼女の人生も、これからは良い人生だと言えるようになること願っていた。


 こうした穏やかな時間は、血相を変えてやってきたレオンのもう一人の取り巻きによって破られた。


「河賊が! 河賊の使者の蜥蜴人リザードフォークがやってきました!」


 河川交易路一帯を支配する人外の河賊が、アナトリアへとやってきたのだ。

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