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その夜の宿は、少し高めの宿に泊まった。町の住人の半分ほどが冒険者のこの街では、そのことが逆に治安を良くする要因となっていた。効率的に整備されたわけではなく、盗むな殺すなの慣習法だが、法を犯せば生死を問わず、犯人を街から除外し、奪った身ぐるみは捕らえたやつのものになるのだ。
それでも、夜の道をふらふら歩く傷だらけの冒険者たちは、アルコールで呆けてなお、知識の都アナトリアでは見ることのできない、鋭く、そして濁った目をしていた。
夜が明ける。
現代日本と違い、この世界は朝日と共に起き、日没とともに一日が終わる。俺たちは宿のホールで朝食の大根とブタ肉のスープ、マッシュポテトを食べた。味付けは塩だけだ。山岳地帯のこの街では、岩塩以外の調味料は常に不足していた。
食事をしていると、周囲の冒険者からの視線を感じた。新顔である俺達の事を観察しているのだろう。街の中で争い事はご法度なはずだが、街の外ではそうはいかない。だが、俺たちのレベルを把握できた冒険者たちは、途中で興味をなくしたように視線を外した。
ちなみに変身の魔法を使っている三賢者は、俺たちとおなじレベルに見えるように調整されている。
冒険者ギルド、冒険者に情報や必須の消耗品を提供する組合。
BOACでは大雑把な設定だったこの組織は、世界中にそれなりの規模の街にはどこにでもあるというのに、ただの町ごとの集まりでしかなかった。それぞれの街でギルド同士につながりがあるわけでもなく、流れ者の冒険者をせめて統制し、利便を図るというものだった。
冒険者向けに格安で宿を提供しているのも、流れ者の冒険者が騒動を起こさないように、一箇所にまとめて町の人から隔離するというのが意図のようだ。
俺たちは朝日を背に、冒険者ギルドの扉をくぐった。東向きに建物が建っているのは、朝日を取り込むためか。町の人と違ってダラダラと昼頃に起きてくる冒険者たちへのせめてもの抵抗というわけだろうか?
「いらっしゃい」
ギルドはゲームと同じように、木張りの床に木製の椅子とテーブルが並んでいる。奥のカウンターには、うっすらと青ひげを生やした、中年の太った男が皿を拭いていた。
「……?」
いや、別におかしいところがあるわけじゃない。ただ、ゲーム中では土地ごとの民族衣装を着たお姉さんが受付をしていたから、ちょっと意外だと思っただけだ。がっかりしたわけじゃない。
「おはよう」
我に返った俺は、一言挨拶すると、カウンターへと歩み寄った。
ホールには他の冒険者たちが気だるそうに朝食後のエール酒を飲んでいる。というか朝から酒か。
「それで、何の用だ」
カウンターの男が声をかけた。
「ああ、ダンジョンの情報が欲しいんだけど」
「そりゃここは百万迷宮だ。ダンジョンならいくらでもある」
「できれば弱いやつ、ゴブリンがキーパーをやっているダンジョンがいい。場所はここから離れた所、東のはずれ当たりで無いか?」
男の顔が軽蔑で歪んだ。
「フン、レベル四十にもなって雑魚狩りか。お前さんも日銭稼ぎの略奪者というわけか」
ずいぶんな言われようだが、ここで実はダンジョンキーパーをやりに来ましたなんて言えない。
俺は黙って肩をすくめた。
「ダンジョン探しの仕事の方がまだやりがいがあらァな。まあいい、ほらよ、これなんてどうだ」
男はカウンターに地図を広げる。地図といってもおおよその距離と方角、目印となるような特徴的な地形が描いてあるだけの簡素なものだった。
「ここだ」
地図にびっしりと書き込まれたダンジョンの中、東の外れにあるダンジョンを指す。
「階層は三層。キーパーは折れ牙ポポンガ。ゴブリンシャーマン……僧侶
だ」
「ずいぶん詳しいんだな」
「ダンジョンコアまで進んでも引き返すやつが多くてな」
「なるほど、盗賊の上前を冒険者が持っていくのか」
「お前さんもその一人に加わるんだろうが」
まあそういうことになるが……俺はその上前の上前を狙うことになる。
俺たちは街で保存食を買い、ロバに荷物を乗せてダンジョンへと向かった。
「ゴブリンのダンジョンを奪うのかね?」
「いえ、第二層の側壁を掘って、そこにダンジョンコアを設置しましょう」
仮面の賢者は少し考える素振りをみせた。
「ゴブリンはそのままか」
「ええ。盗賊ゴブリンの弱体化も目的なので、ダンジョンを接続する形で作って、相手が弱体化するまで防衛に徹します。本拠地の戦力が足りなくなれば盗賊たちもこちらに戻ってくるでしょうし、他の部族のゴブリンたちもゴブリンのキーパーすら攻められない新人キーパーのダンジョンと見て、攻めてくるでしょう。そしてここは最弱キーパーのダンジョン。街で聞いた通り、ここを手頃なダンジョンだと思っている冒険者たちがやってきます。そいつらをまず狙ってダンジョン運営初期の色々不足した状況を乗り切ります」
「悪どいぜ」
シシドとカミラが指で二人そろって邪悪除けのおまじないの仕草をしている。
いやシシドは俺と知り合う前、食っていくためゴブリン率いて盗賊やってた時代あるし、カミラはこの間まで悪の吸血鬼の下で働いていたじゃないか。それに比べたら俺はあくまで戦略的な視点でダンジョンを構築しているだけだ。
というわけでダンジョン攻略だ。一層と二層の途中まで。さっさと攻略してしまおう。
「あの、前衛私しかいないような」
今回のパーティーは、不死従者(前衛)、魔法使い2(後衛)、賢者(後衛)、錬金術士(後衛)、攻城魔術師(一応後衛)だ。
「がんばれ」
「おいアホ主人、無茶苦茶言うな」
仕方ない、俺と錬金術士が前にでよう。
「あと罠探しはどうするのです?」
「攻城魔術師に隙はない、任せておけ」
最強厨たる俺が選んだクラスだ。ソロでもパーティーでも、どの役割が欠けても埋めることができるのだ。
ゴロゴロとダンジョンに車輪が転がる音がする。床に仕掛けられたロープが切れ、矢が飛び出すのだが、黒鉄の身体はカキンと金属音を響かせ、無傷で毒を塗られた矢を弾き返した。
「む、無茶苦茶するな」
隣のオーガが引きつった笑顔を浮かべて引いている。
俺は魔法で縮小化していた大砲を本来のサイズに戻し、攻城兵器操作のスキルで俺たちの前から30メートルほど先を先行して進ませていた。
罠が発動し、矢、尖らせた丸太、そして槍が飛び出すが、魔法で強化された鋼鉄の砲身はそれらを弾き返して進む。
これが俺の罠対策、先行した火薬を込めていない大砲が罠をすべて引き受ける。あと鍵のかかった扉も吹き飛ばせる。
修理の魔法もあるし、壁を地面のようにゆっくりとだが歩けるようになる蜥蜴足の魔法もある。落とし穴のような仕掛けも問題ない。恐るべき睡眠や麻痺も物体である大砲には無効だ。
「酷いんだぜ! ここのダンジョンキーパーがどんな思いで罠を設置したのか考えるんだぜ!」
「勘違いしないでほしい。俺は戦うのが好きなんじゃない。考えたビルドが上手く動いて敵の戦略を蹂躙する姿を見るのが好きなんだ」
「うわぁ」
こうして、俺たちは無傷で第一層を攻略していった。
「しかし見張りが三人だけで、他には誰も居ないんだな」
シシドは不思議そうに言っている。
このダンジョンは今のところ一本道だ。入り口から二部屋進んだところに寝室があったが、おそらく外から戻ってきた盗賊組用だろう。ダンジョンの本隊は奥で生活しているはずだ。
一本道なら仕掛た罠をすべて適用できるという戦略か。これじゃあダンジョンというよりタワーディフェンスだね。
部屋には僅かな宝物や壊れかけの武器や鎧が置いてある。なるほど、これらは鍛冶のできないゴブリン達にとっては無価値だが、冒険者にとっては修理して売り払える品物ということか。ときおり血のついたものも混じっていて、どういう手段で入手したのか、想像ができた。
ふむふむ、ここらのダンジョンがどのようなものか調査する意味もあったのだが、大体のことが分かってきたな。ダンジョンを中心として、この界隈には経済の流れができているのだ。
階段を降り、俺たちは同じような造りの二層の東側の壁に、三賢者の魔法で穴を開け、そこにダンジョンコアを設置した。
さあ、ダンジョンクリエイトの時間だ。




