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それから数日後、俺とシシド、カミラ、そして三賢者は夜中にアナトリアの街を抜けだした。目的地は西の山岳、アナトリア領から少し離れたところにある百万迷宮地域だ。
行きは三賢者の用意した体内に異次元空間を持つ翼を持った蛇、モームを使い、空を飛んで数時間で到達する。帰りは頑張って山を降りなくてはいけない。片道一週間と二日。その間レオンとウルトに政務を任せることになり苦労をかけるが、今回の旅はそれだけの価値がある。
アナトリアの治安悪化に伴い、領内に侵入していたゴブリンたち。それらが元々住んでいた場所が、この百万迷宮地域だ。もちろん、アンダーランドの入り口が存在し、この地は他の土地より凶悪なクリーチャーの徘徊する地域となっている。あのゴブリン盗賊たちの本拠地は、この地方にあった。
「新しいダンジョンを作ることで、百万迷宮最弱のゴブリンたちをおびき寄せる」
百万迷宮のダンジョンキーパーたちの中で、ゴブリンは最弱のキーパーだ。
多くは、ダンジョンキーパー同士の争いで疲弊したダンジョンや、外の冒険者によって攻略されたがダンジョンコアを破壊されなかったダンジョンを乗っ取り、キーパーとなる。
他のダンジョンキーパーから狙われていないのは、それだけの旨みがゴブリンたちのダンジョンに無いからに過ぎない。
ゴブリンと同じような立場に、地獄の最下位の更に下、位の無い悪魔であるイービィという存在もいるが、こちらは保守的で、自分のダンジョンから出てくることはない。地獄では砂の一粒すら所有できないこの悪魔は、この世界に築いた自分の帝国を何よりも愛し、哀れむべき執着心をもってダンジョンを守ることを何よりも優先する。
だから彼らが他のダンジョンへと攻め込んだり、地上に出て、略奪を働くことはなかった。
「話がそれてるんだぜ」
相槌を打っていたシシドが言った。それもそうだ、ゴブリンの話に戻る。
百万迷宮最弱のゴブリンたちは、その弱さゆえにダンジョンキーパー同士の戦いにはめったに加わらない。
だがそれには例外がある。新しくできたダンジョンに住む未熟で、まだ準備の整わないダンジョンキーパーを狙うのだ。
「西側を荒らしていたゴブリンたちも、こっちに戻ってくるはずだ」
「まさかこんな近くに居を構えることとなるとは」
仮面を被った賢者が面白そうに言った。
「この距離ならクリスタルタワーの品物はすべてこちらに移せるのだが、構わなかったのかね?」
「ええ構いませんよ。どのみちそれらの品物の正当な対価を支払える商人なんていないでしょ」
「得られる金額は大金ですけど、真の価値からすれば二束三文ですね」
マントを着たカミラがそう言いながら、カラカラ笑う。
「それよりは継続した交易相手を望みます」
俺もそう言って笑った。
大砲、鋼鉄、石鹸。どれも交易品としては一級品だ。であるのに、アナトリアの資金状況はあまり改善しない。
それが、この世界にまだ貨幣制度が根付いていないということにつながる。貨幣を介した交易より、物々交換の方が都合が良いので、商人のうち貨幣ではなく物を持って購入に来るものも多いのだ。
もちろん、貨幣もそれなりに持ち合わせているのだが、大砲や鋼鉄、数箱の石鹸の価値に比べたら、あまりに少ない額だ。
結局、商人たちの持ち運べる貨幣と交換用の品物では、多くの数を売ることができないのだ。今は食料の需要が高いが、春になり収穫を終えると食料不足も解消される。そうなれば大砲を安くで売るしかなくなる。
借金と帳消しにするという手もあるが、それは短期的に見ればタダで大砲を手放しているようなものだ。そんな余裕を見せられるほど、アナトリアは裕福ではない。
「だからといって我らを交易先と見なすとは」
オーガが呆れたように言った。背中のフラスコがぼこりと音をたてた。
「ダンジョン経営は、軌道に乗れば大量の財宝が手に入る。そうでなくても鉱物資源を大量に手に入りますしね。軌道に乗らないと、給料が足りなくて怒ったクリーチャーが、職場放棄したり、ダンジョンキーパーに対して反乱を起こしたりしますが」
悪のクリーチャーたちが、無償でダンジョンキーパーに協力してくれるなんてことはないのだった。
「そうして稼いだ鉱石や貴金属、マジックアイテムと、こちらは鋼鉄や雑貨を取引する。交易相手不足だった現状も解決できる」
ふふん、我ながらいい考えだ。
「しかし、君は善の勢力側だろう? ダンジョンキーパーに与していいのかね?」
「あなた方の目的は研究ですし、まあ多少のことには目をつぶります。アンダーランドや百万迷宮の住人たちは、邪悪な勢力がほとんどですし。それにダンジョンの入口には立入禁止の看板を立てましょう。それを無視してくるのは、多分ろくでもない冒険者ですよ」
なお、それだとBOACのプレイヤーたちは大体ろくでもないということになってしまうが、ここは現実なのだ。不法侵入してくる方が悪い。
「この間、デズモンドのダンジョンを攻略したのはどこのだれですか」
「いやほら、デズモンド伯爵はちょくちょく近くの村にゾンビ送って悪さしてたし」
夜のうちに、目的地の山岳に到着し、夜道を進んで、近隣の村へと向かう。俺たちを運んだ蛇には、この場で待機してもらった。あれは異次元の生物で、食事も睡眠も必要ない。
「久しぶりに来ましたけど、変わりませんねぇここは」
俺たちが向かったのはこの百万迷宮を攻略する冒険者たちが集う、荒くれ者たちの町バンドー。
ダンジョンキーパーの大半が悪党とはいえ、素性も知れないダンジョンキーパーの住処へと遠慮なく押し入り、金銀財宝を強奪する彼らは、他の町の冒険者より荒々しく、ギラギラとした欲望と、血と殺しに慣れきった者達が発する気だるい非日常で満ちていた。
「今日のところは宿をとり、明日ダンジョンを作りに行くとしよう」
ミイラがそう言った。ちなみに魔法で外見は普通のエルフに見えるように変化させている。
「ところで、ダンジョンはどうします? 地上から穴を掘って浅い階層からスタートするか、他人のダンジョンを攻略して、側壁を掘りそこにダンジョンコアを設置するか」
「そうだな」
ミイラは目を細めると、俺へと向き直った。
「ダンジョンアドバイザー殿、どうするのが良いと思うかね?」
「へ? 俺? ダンジョンアドバイザー?」
「細事も運用も我らがやろう、だが君がどのようなダンジョンをつくり上げるのか興味がでた。どうだね? ダンジョン設計、君が指示してみては?」
残り二人も、それはいい考えだと面白そうに笑った。
それは……願ったり叶ったりだ。アナトリアにとっても、もちろん三賢者にとっても都合の良い、安心設計かつ、他のダンジョンへの侵攻も可能な、最強のダンジョンを作ってみせようじゃないか。
「アホ主人、悪の側の方が向いているんじゃないですか?」
俺の顔を見て、カミラは呆れたようにそう呟いた。




