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俺はシシドと三人の怪物……三人とも人の形はしているが、一人は骨と皮ばかりのエルフのミイラ、一人はボロボロの黄色い衣に仮面を被った性別不明、最後の一人は全身にぽこぽこ泡と立てるガラスのフラスコを突き立て角を生やした食人鬼。それぞれ、高位の術者なのだろう。彼らに場違いさを感じながら俺はお茶を出していた。
「領主が茶を出すのかね?」
「あなた達との会談を公にするわけにはいかんでしょう」
世間的には三賢者はアナトリアの祖であり、長年、街の中央にそびえるクリスタルタワーに閉じこもって、真理の探究を行っているという認識だ。
そして実際は悪党で、街かで蓄えられた知識を利用し、時と生死を覆す研究をしている。
三賢者が外に出たと知られるわけにもいかないし、三賢者が実は悪党だと知られるわけにもいかない。こんなやつらでも、アナトリアが知識の都であることの正当性の象徴なのだ。
「それで、私に何の御用で?」
なぜシシドがこいつらをつれてきたのか。
「こいつらの知っている魔法を習いにいっていたのぜ。ボス専用魔法が手に入るなんて、夢のようなんだぜ」
シシドはそう説明した。こいつ、この微妙な状況の三賢者と、お気楽に交流していたのか。危なっかしい奴め。
「それで、こいつらからアナトリア子爵に取り次いでくれって頼まれたんだぜ。内容は直接聞いてくれ」
三人の怪物は湯のみを置くと、虚ろな瞳を真っ直ぐに俺へと向けた。
さすが大型クエストボス。雰囲気がある。飲まれないように、俺はぐっと腹に力を込めた。
「アナトリア殿」
「モーンの方がいいかな」
「では、モーン殿。単刀直入に言おう」
さて何が飛び出すか。
「我々はこの街を去ろうと思う」
「え?」
それは、予想もしてなかったことだった。
「去るって、クリスタルタワーやそこにある資産はどうするんです?」
「可能な限りは持って行くが、持ちきれないものはお譲りしよう」
どういうことだ?
「この街を去る理由をお尋ねしても?」
「君だよ、モーン殿」
怪物たちは俺をじっと見つめる。
「我々は魔人王ドゥラスの時代から、この地で魔導の探究に勤しんできた。帝国では宮廷魔術師であった人間とも交流があり、我らも魔人王に手を貸していたこともある」
帝国の名残は俺が思っているより、この世界に残っているらしい。
「その宮廷魔術師の弟子だった男が、デズモンド伯爵だ。彼も帝国時代から生き残った古きもの」
「あの吸血鬼が」
表情筋も朽ち果てたミイラの顔が、どこか懐かしむような表情を浮かべた気がした。
「モーン殿、我らは新しい時代の到来を予感している。ここ数年、星々も奇妙な動きを見せている。これまで観測されていなかった動きだ。星辰が新しい形に揃おうとしている」
「星辰……占星術ですか」
「モーン殿、君の星はその中心にある。幸か不幸か、それは我々にも分からんがね」
「実感はありませんね」
「運命とはそういうものだよモーン殿」
彼はお茶を一口すすった。
「我々のような老人は、表舞台から姿を消そうと思う。端的に言えば、君と敵対したくないということだ」
「またずいぶんと買いかぶりますね」
「これでも過小評価だと思っているよモーン殿。君が領主になった時点で、我々はこの街を去ることを検討していた。今日まで待ったのは、かなり楽観的な見方をしていたからだ。君がデズモンド伯爵を討伐するとは思わなかったし、あの荒野の巨人による混乱を、こうも見事に乗り切るとは思わなかった」
BOAC中盤、プレイヤーたちを大いに苦しめた怪物たちは、そう言って力なく首を振った。
「火薬と鉄か。かつての人間王ノーマンは、鉄の神クロムを崇める村の出身だと聞く。君もかの王のような、時代を切り拓くものなのだろう」
「それで、街を去るとして、一体どこへ?」
「さて、東の砂漠を越えるか、南の海を越えムビンダ大陸へ行くか、はたまた内海の大島、ネヴァースプリングへ向かうか。いっそ地底のアンダーランドに行くのがいいかもしれん。どこぞでダンジョンを作り、細々と研究を続けるよ」
「ダンジョン?」
さらっと今ダンジョンを作るといったな。
「それはもしかして、ダンジョンコアを作成できるってことなんですか?」
俺は頭に浮かんだある構想に、心を奪われていた。
この世界の元である、BOACにはいくつかの特殊な遊び方がある。大型アップデートで追加された要素だ。大規模戦闘や領地経営などがそうだ。観客のある中行われる武闘や、外洋を探検する航海というのも追加された。
そのうちの一つがユーザーズダンジョンという遊び方だ。レベル70以上という厳しい条件があるが、プレイヤーがダンジョンを作って、他のプレイヤーに挑戦させるシステムだ。
世界中に点在するアンダーランドへの入り口付近には、百万迷宮と呼ばれる地帯がある。
名前の通り、数えきれないほど無数のダンジョンと、そのダンジョンを支配するダンジョンキーパーがひしめくエリアだ。
このような状況となっている背景として、地下世界アンダーランドの魔法装置であるダンジョンコアの存在がある。
地下世界という名の通り、アンダーランドは太陽の光が届かない暗黒の世界だ。太陽はあらゆる生命のエネルギー源であり、太陽の光なくしては植物すら育たない。そこで地下世界の生物たちは、太陽の光に星の魔法力である、マナと呼ばれるエネルギーを取り入れる能力を得た。青白く輝く地下世界の植物は、マナを吸い上げ奇妙にねじくれた果実を実らすのだ。
その原理を解き明かし、地下世界の魔法使いや錬金術士たちが作り上げたのが、ダンジョンコア。大地のマナを吸い上げ貯蔵することができる装置だ。
この装置を使い、レベルカンスト魔法使いでも扱えないほどの膨大な魔法力を持って、ダンジョンを作り上げ、地中の鉱物資源を採掘する。
マナというのは地中深くに行けば行くほど、単位面積あたりのマナは増大する。通常、地表近くではダンジョンコアがあっても、実用できるほどのマナは得られない。地上で、マナを利用する技術がまったく発展していないのは、それが理由だ。
その例外が、アンダーランドの入り口付近である。地下世界からあふれるマナが土地に蓄積し、地下世界同様にダンジョンコアを使うことができるのだ。
侵入してきたやつらを叩きのめして身ぐるみを剥いだり、逆にダンジョン内で訓練させたクリーチャーたちと共に別のダンジョンを制圧しに行ったり、そうした戦いがいつ終わるとも知れずに繰り返されているのが百万迷宮地帯だ。
また、ダンジョンで働いているクリーチャーに給料を支払うために、破産し崩壊寸前の末期ダンジョン以外は絶対に潤沢な財宝があるのも、このダンジョン地域に欲深い冒険者たちが集まる理由だ。
ゲームではプレイヤーが部屋を組み合わせてダンジョンを作成し、他のプレイヤーに挑戦させるということができた。ここだけMMOではなく、挑戦するパーティーとダンジョンキーパー以外侵入できないMORPGとなる。
「もしダンジョンを作れるのなら、相談したいことが」
俺の表情が変わったのを見て、三賢者たちは困惑したようにお互いの視線を交わし合った。




