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4-7

 レオンが外交問題を、カミラが領内運営を、それぞれ対応してくれるおかげでずいぶんと俺の仕事は減った。食欲も出て、落ちていた体力もすっかり回復し、今日は久しぶりに攻城魔術師として攻城兵器工房の手伝いに行く。これはまぁ、趣味みたいなものだ。服も職人と同じ作業服に着替えてある。


「閣下、お仕事はいいんですかい?」


 顔見知りの職人が笑顔で出迎えた。


「やあマスター、友人たちが政務を手伝ってくれることになってね。ずいぶん楽になったんだ。久しぶりに大砲造りを手伝わせてよ」

「それはいいこった。それじゃあせっかく腕の良い職人に来てもらったんだ。鋼鉄砲工房の手伝いをしてもらおうか」

「鋼鉄砲の製造中なんだ」


 俺は最先端の大砲の製造に関われることに喜びを隠し切れずウキウキとした足取りで、工房へと向かった。


 大砲工房では、木砲、練鉄砲、青銅砲、鋼鉄砲の四種類の材料を使って大砲を作っている。正確には青銅砲工房では、青銅砲と真鍮砲の二つの大砲を作っているが、まあ工程は同じだ。

 工房区画は城壁の外、柵に囲まれた場所にある。ここにあるのは俺が設計した最先端技術の塊だ。


 鋼鉄砲工房には、鋼鉄製の巨大な洋なしのような形をしたものが、中庭においてある。これは転炉というもので、本来なら一九世紀に開発され、現代社会ですら原理はそのままに使用されるものだ。

 転炉の形状が大砲の砲身を作る技術で製作可能だったことが、この工房の完成の鍵だった。

 仕組みは、錬鉄砲工房で溶かした鉄をこの洋なしの中にいれる。洋なしの内側には石灰を原料とした耐火レンガで覆われていて、鉄の熱で洋なしが溶けることはない。

 洋なしの下部には空気を送り込むための管が通っており、下の先はポンプとつながっている。このポンプはリビング・オブジェクト、つまり一種の魔法生物で、命令があれば自動でポンプの動きをしてくれる。道具本来の動きをさせるため、戦えと命じるよりはずいぶんやる気を見せて働いてくれる。


 空気を送り込むと、洋なしの周囲が熱でゆらゆらと歪む。火はないのに、洋なしの温度が下がることはない。

 洋なしの中にある鉄に含まれている炭素、これが空気中の酸素と結合して燃えるのだ。真っ赤な光を放ちながら鉄は炭素を燃やし酸化熱を放出する。これにより鉄は冷えずにどろどろに溶けたままになる。

 このプロセスが鋼鉄を作り出す。大雑把に言えば、アイアン鋼鉄スチールの差は炭素をどれほど含んでいるかによって区別される。伝統的鍛造では、木炭などによる熱で鉄を溶かして鍛える。この木炭に炭素が含まれるため、炭素分を除去するために職人の技術による加工が必要だった。すなわち、鋼鉄は職人によって生産される貴金属であった。「はがねのつるぎ」は高いのだ。

 だがこの洋なし……転炉は、品質の安定した鋼鉄を大量に作り出すことができる。これが鋼鉄砲の製造に不可欠だった。


「閣下、こっちでさ」


 転炉をうっとりと眺めていた俺を職人が呼んだ。鋼鉄の完成にはまだまだ時間がかかる、俺は慌ててそちらへ向かう。

 こちらは工房内だ。砂型の作成に使われる木型……木で作られた大砲のモデルが並んでいる。俺が今日手伝う作業はどうやら砂型を作る作業らしい。

 俺と職人は木型を使って砂を水で固めていく。砂型作成は鋳造において重要な作業だ。

 鋳造とは溶かした金属を砂で作った型に流し込み、成形する事を言う。叩いて形を整える鍛造と比較すると、簡単に製作でき、複雑な形状でも量産できるという点でまさるが、金属内に小さな隙間ができやすく性能の点で劣る。鋳造によって剣を作る場合でも、最後に鍛造工程を入れるのが普通だ。


 しかし大砲はでかい。剣を打つのとはわけが違う。この世界で青銅砲が主流なのは、鋳造鉄による大砲では、大量の火薬の爆発に耐えられるほどの性能が得られないからだ。鋼鉄砲はその点を素材の硬度で補っている。

 それでも青銅ほどの性能は得られない。鋼鉄砲は硬度を出すために分厚くなり、青銅砲より巨大になってしまうのだった。

 鋼鉄砲が青銅砲に取って代わるのは、まだまだ先の話だろう。


 砂型を完成させると、そこに溶かした鋼鉄を流し込む。真っ赤に燃える鉄が砂型の中にゆっくりと流れ込み、大砲を形作る。

 砂は完全には密閉されていない。ここで発生するガスは砂の隙間を通って排出される。 

 砂にゆっくりと熱が移り、鋼鉄が冷えていく様子をじっくりと眺めるのは、攻城魔術師である俺の密かな楽しみだった。


 ここで生成した鋼鉄は、大砲以外にも使われる。攻城魔術師は叩いて鍛える鍛造技術に関しては専門外なので職人に任せているが、新しい技術としてネジを製作するようになった。

 ネジは工学史上、偉大な発明の一つだ。この小さなネジが、摩擦によって頑迷なほどに強い力で物を固定する。機械や建築の分野で大いに活躍している。

 貴金属に等しい鋼鉄自体も交易品となるし、鋳造して成型した製品たちもどれも非常に価値のある品物だ。


 木砲工房では旧式の木製大砲を製作している。先の戦争では時間がなかったので材木を繰り抜いただけの急造木砲を使用していたが、案の定、三割は火薬の圧力に耐え切れず、自壊してしまった。残った木砲も次の使用には耐えられないと、全部解体して燃料として使うことになった。

 ここで作っている木砲はもう少しちゃんとしたものだ。複数の木の板を束ねて作る大砲だ。

 木の板を円状に束ね、それに熱した鉄の輪をはめる。鉄の輪は冷えることで収縮し、木の板をぎゅっと押し込み砲身を形作る。この方式だと、耐え切れないほどの火薬の圧力は隙間から逃げ、暴発事故は少なくなる。威力は金属砲とは比較にならないが、それでも砲弾を飛ばせることに違いはない。

 この方法はタルの製造法と同じだ。だから大砲の砲身のことをバレルタルと呼ぶ……という説もある。

 というわけで、木砲工房ではタルも作っている。侮る無かれ、タルも重要な交易品だ。輸送、保管、そして発酵食品の生成。液状の物すらこぼさず保管できるタルは優れた交易品となった。

 面白いことに、熱した鉄をはめ込む時に、木の表面が燃えることが、発酵食品である酒の味をまろやかにするらしい。物の溢れた現代でも酒を作るのに良質な中古の樽を購入することがよくあるそうだ。


 作業を終え、職人たちと談笑しながら工房から出る時に、鋼鉄を生成する過程で取り除かれ、スラグとして残った廃棄物を回収に来た男とすれ違う。この廃棄物には農業において貴重なリンが含まれている。転炉をどうしても作りたかった理由は、高性能な大砲を作りたかったことや、鋼鉄を量産したかったこともあるが、このリンを得たかったのも理由だ。

 リンは肥料の最も重要な要素の一つだ。この肥料で食糧事情の改善を図るのも俺がやりたかったことなのだ。


 攻城魔術師……大砲の技術は世界を変える。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 並べられた鋼鉄製品を見て、商人たちは驚き唸った。


「どうやってこれほどの鋼鉄を?」

「閣下は強力な魔法使いでいらっしゃいますので」


 対外交渉のときは、レオンも俺のこと閣下と呼ぶ。パチンと扇が音を立てたのを合図にして、商人たちは手持ちの貨幣や物品との交換を口々に切望した。


「金貨一〇〇枚だ!」

「俺は麦を五〇箱、出せるぞ」

「そちらのタルも交換品だな! 牛一〇頭と交換してくれ!」


 価格交渉は担当の役人に任せて、レオンはおほほと笑いながら別の商人たちの元へ向かった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 鋼鉄は貴重なものだ。だがそれらを量産できるようになったおかげで、各集落にも鋼鉄製の刃を持つ農具を配布することができるようになった。


「これでこれまで手が出せなかった土地も開墾できるようになります」


 村を治める貴族は、馬車に積まれた高級品の山を見て、笑みを隠せずニタニタと笑う。と、同時にこれだけの高級品を量産する今のアナトリア領主の魔法の力とやらに畏敬の念を感じていた。


「鉄の糞がパンを育てるとは知らなんだ」


 村人が畑に砂状の肥料を撒く。

 普通ならこんな前例のない方法はすぐには受け入れられなかっただろう。だが英雄であるという点と、戦後の混乱。そして配られた鋼鉄製の農具が村人たちの心に、領主は自分たちの知らない魔法を使うすごい人だという認識を植え付けた。

 だから疑うことなく、決められた通り、村人たちは配布された無機肥料を使うのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 肥料の三要素。すなわち窒素、リン酸、カリウムの3つだ。

 ここで大砲にとって欠かすことのできない火薬が登場する。この世界の火薬といえば黒色火薬である。黒色火薬の原料は、炭、硫黄、硝石だ。このうち、硝石とは硝酸カリウムのことを指す。

 硝酸カリウム自体も、窒素肥料として使用することができる。自然に生成するには豆を輪作(冬など畑を使用しない季節に別の作物を植えること)で補うという手もあるが、早急に作物高を上げるために、硝石を使うことにした。

 残る要素は、カリウム。これも硝石に含まれているが、カリウム分は別の方法で取ることにする。

 その方法とは、硝石に硫酸を加える。すると、硝石から硝酸と硫酸カリウムが生成される。この硝酸の使い道は置いておいて、この硫酸カリウムもまた優秀な無機肥料だ。カリウムを多く含んでいる。

 これで肥料に必要な要素三つを生成することができた。

 副産物の硝酸も、重要なとある工業製品の原料となる。


 今年の収穫が楽しみだね。

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