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4-4

「無理しすぎなんだぜ」


 目を覚ました俺を、シシドが心配そうに覗きこんだ。心配事があると髪を触る癖のあるシシドの赤い髪は、前髪に変な癖がついてしまっていた。


「……俺は」

「会談が終わった後、廊下でぶっ倒れたんだ」

「何時間たった?」

「二日」

「何?」


 なんてこった、届いた交易品の検品立ち会いが終わってしまった。


「くそ、今は夕方か、予定の遅れを取り戻さないと」

「だーかーらー、寝てろって!」


 立ち上がろうとした俺の肩をシシドが押さえた。どうしたことか、俺はそれを押し返すことができずベッドに深く沈んだ。


「政務はウルトさんや、他の人が対応してくれてるんだぜ。今は休まないと」


 シシドはそう言うと果物の皮を危なっかしい手つきで剥き始めた。見ている方がハラハラする。

 シシドも現代日本の記憶を持っている仲間だ。俺と同じBOACのプレイヤーで、あの頃も俺とパーティーを組んでいた。粗野な口調をした赤髪の少女。男装の服を好み、プレイヤーキャラも男性のものだったが、操っていた本人は女性だった。性格は明るく、火力にこだわる魔法使いだ。


 俺にとっては前世のことについても気軽に話せる数少ない親友でもある。


「だけど今アナトリアは大変な時期なんだ。大量の借金を返すための事業を興すためにさらに借金をしている状況だ。進行している計画はどれも重要なんだ」

「それはそうだろうけど、体を壊したら元も子もないのぜ」

「あと一年したら投資したものが軌道にのって三年目には借金を全額返済できる計画なんだ……それまでは」

「あと何回ぶっ倒れるつもりなんだぜ」


 そう言ってシシドは俺を説得しようとするが、その表情はつらそうだった。アナトリアの状況は、貴族ではないシシドでも現代知識を持つ分ある程度分かっているはずだ。俺が無理しなくてはいけないことも理解しているからこそ、どうすればいいのか分からないのだろう。


「そ、その、俺にできることがあったらなんでもするからさ。だからあまり無理しないで……」

「ありがとう、でも……」


 シシドは冒険者向きの性格だ。冒険者にしては知識豊富だろうが、それでも領地運営に関しては素人だ。

 俺の表情を見て、シシドはまたつらそうな顔をして目を伏せた。


 翌日、俺は錬金術で作られた強壮剤を飲んで公務に戻る。


「まだ眠っていていいんだよ、私達は君の才能に頼りすぎていたようだ」


 俺に代わってこの数日、公務を行っていた白髪の老紳士、前領主のウルトは心配そうに言った。


「いえ、大丈夫です。それより交易品の検品はどうでした?」

「予定より三割少ない、道中盗賊に襲われ馬車を数台奪われたそうだ」

「追討の兵は出しました?」

「ああ出したよ。だが兵力不足でね、あまり成果は上げられていない」


 今は春先、農作業が必要な時期な上、復興のためにも人手が必要だ。戦争で人口も数割減少した今、軍事に割ける人手は少ない。その少ない兵力を補うために、攻城魔術師として大砲を使える俺が指揮を執り、接触前に敵の士気を崩壊させる戦術を採っていたのだ。


「領内の治安回復も急務ですか……」


 荒野の探索を打ち切るか? いやそれは駄目だ。巨人たちが持ち直すまでに出来る限り広範囲の区域をアナトリアの勢力圏に置きたい。


「近いうちに私が指揮を執って盗賊討伐の兵を出しましょう」


 攻城魔術師は、これまであまり人気のなかったクラスだ。火器自体が、ほんの数十年前くらいから広まりだした技術で、大砲は機動性があまりに優れず、命中精度も悪いからだ。

 また魔法使いは知識の研鑽が目的の研究者で、産業や戦争を生業にする魔法使いは二流という考え方もあるのだ。その意味で最初から技師である攻城魔術師は落ちこぼれと見られるのも仕方がない。

 攻城兵器を扱うクラスはあと幾つかあるが……次はゲーム的な都合だが、攻城戦はあくまでおまけ、ゲームの主目的は冒険であり攻城兵器関連のクラスは力を入れて開発されておらず、どれもパッとしないクラスだった。


 だが、突き詰めれば攻城魔術師は最強のクラス。俺はそう思っている。盗賊掃討も俺が出れば少数の兵で対応できた。

 攻城魔術師の能力だが、まず普通の魔法使いと同様に魔法を使いこなせる。効率の点で劣るが、ほとんどの魔法は同じように使えるのだ。

 次に魔法使いの知識に加えて、工学、数学、冶金、機械製作など攻城兵器に関わる知識、技術にボーナスが得られる。これらの知識が軽く勉強するだけで感覚的に理解できるようになるのだ。

 そして攻城兵器を自由に操るスキル。これが目玉だ。攻城兵器と魔法的な絆を結び、手を触れずにして移動、装填、照準、発射まで自由にこなせるようになる。距離の制限はあるが、戦場で使えるようにかなり広い範囲で、複数の攻城兵器を操れるようになっていた。さらに攻城兵器に魔法力を加える事で威力を強化したり、攻城兵器がどこに着弾するのか、分かるようにもなる。

 さらっと言ったが、最後の攻城兵器の着弾地点が分かる。これが非常に強い。常に直接視認できない相手でも間接射撃として射撃できる上に、照準を通して広範囲を偵察することもできるのだ。

 最強厨である俺が選んだ、最強のクラス。それが攻城魔術師。


 俺は大型で長い砲身を持つ青銅砲を馬に引かせながら盗賊が潜伏する森へと向かた。


「閣下、布陣完了いたしました」


 馬にまたがった騎士たちがずらりと並んでいる。その数は五十騎ほど、ここに潜む盗賊たちに比べると数が多いとはいえない。


「ご苦労」


 だけど負ける気はしない。俺が設計した、長距離砲ウロボロスの威容を惚れぼれと眺める。分解しないと動かすことのできないほどに長大な砲身は、従来のものより遥かに長い射程距離で敵を撃つことができた。


「まあ本来は防衛用だね。組み立てるのに八時間もかかるんじゃ、野戦には使えない」


 だがその威力は絶大だ。


 俺は照準能力を利用して森を探る。また、森へと前進した騎士たちも手旗信号で、どこを狙って欲しいか伝えてくる。


「近代的な支援射撃。ゲリラ的盗賊兵法なんて敵じゃない」


 轟音と共に並べられた、四門の蛇の名を持つ砲身が火を噴いた。大砲につけられたあまりに重い車輪は反動を逃がすためのもので、鈍い音を立てて車輪が回り、運動エネルギーと摩擦による熱エネルギーとなって消費される。

 撃ちだされた砲弾は隠れ潜む盗賊たちを吹き飛ばす。この状況で冷静に対処するなど不可能だ。森から悲鳴があがり、隠れていた盗賊は、本陣を攻めて砲を無力化するか逃げるかの選択を迫られる。今はこらえても、砲弾はいくらでも飛んできるのだ。

 今回の大砲の役割は敵の戦力を無力化すること。殲滅することは騎士たちに任せればいい。


「ふぅ……」


 俺は額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら、騎士たちの勝利を眺めていた。頭の中は今日中に仕上げる予定の機械部品の製図について移っていた。


 確かに俺のビルドは、考えていた通り、いやそれ以上に優秀だった。だがゲームのキャラクターではなく、肉の身体を持つ俺の身体はそう優秀なものではないことが、俺の想定とは違っていた。


 ある日、学校の食堂でシチューをすすりながら、パンをかじっている。どうも食欲が無い。朝に飲んだ水で胃が膨れているのだろうか。


「モーンさん!」


 遠くから俺を呼ぶ声がして、俺はゆっくりと振り返った。すぐ近くにはレオンが、なぜか酷く怒った顔で立っている。


「ああ、レオンさん、ごきげんよう」

「ごきげんようではありませんわ! 何度呼んだと思っていますの!?」

「呼んだ? ごめん、気が付かなかった」

「モーンさん! こちらにいらして!」


 レオンは俺の手を取ると医務室へと連れて行った。まだ食事中だったのだが、食欲もなかったし、まあいいか。


「過労ですね閣下。それも重度の」


 医務室の先生はそう言うと俺に薬を渡した。


「強壮剤なら十分ありますから大丈夫です」

「いえ、これは安眠剤です。強壮剤は疲労を回復させますが、体力を取り戻す薬ではありません。閣下はもう魔法では対処できないほどに疲労しています」

「でも……」


 安眠している暇なんてない、俺にはやることが。


「でもも、だってもありませんわ!」


 言い返そうとした俺の言葉をレオンの怒声が遮った。


「モーンさん! 以前、貨幣についてご教授いただいた返礼に、今度は私が貴族についてお教えして差し上げますわ!」


 手にした扇が俺に突きつけられる。


「貴族の仕事で最も大切なことは何か、経済? 政治? 軍務? それともあなたのように新技術を開発すること? いいえ違いますわ。あなたは大きな勘違いをしています。それでよく私のライバルなど言えたものですわ!」

「いやライバルって言い出したのはレオンが先だったような」

「お黙り!」

「はい」

「いいですこと? 貴族の一番の役割は、この暗黒の時代に人々を導く灯火となること。政治も経済も貴族以外の人間にだってできる。でも、窓から手を降るだけで領民を安心させられるのは貴族にしかできないんですのよ」


 レオンは話を続けた。


「貴族の一番の仕事は、すべての責任を負うこと。責任が貴族にあるからこそ、人々は己が考えを遠慮無く実行できるのです。よきにはからえとは、そういった貴族の役割を体現した言葉なのですわ。何でもかんでも自分でやる貴族は三流のぽんこぽこんですわ」

「ぽんこぽこん……?」


 言葉の意味は分からないが、言いたいことは何となくわかった。


「そして! 貴族が最も避けなくてはいけない事は、自分が倒れることですわ! 灯火が倒れれば人々は何を頼りに進めばいいのでしょう。今のあなたは三流未満のダメダメ領主ですわ!」


 ぐぬぬ、だが言っていることにも一理ある。


「でもなぁレオンさん、アナトリアは今金策が必要で……」

「そんなものいくらでも借金すればいいんですわ」

「はい?」

「いくら借金しても爵位は消えませんですのよ。いざとなれば借金踏み倒しなんて手もありますわ」

「それやると経済大混乱するよ!」

「結構! いまだって大混乱してるじゃないですの」


 即答で言い返されてしまった。


「……考えもしなかった。なるほど、俺は政治家であろうしていただけで、貴族としては不足か」


 レオンの言葉にも確かに納得できる部分があったは認めざるをえない。

 俺は領主になってはじめて、どうするのが正しいのか迷うこととなった。

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