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4-3

 ゲームでは銀貨が使われていた。この世界には高価な金貨もあり、日用品などを買うのに使う銅貨もあるが、ゲーム中には存在しなかった。BOACはさまざまな地方を冒険できる広いマップを持つゲームだ。そのどの地方でも同じ貨幣が使われていた。これはこの世界に銭本位という考え方が根付いていないということだ。


 金貨と銀貨の価値は当量の金と銀の価値と等しい。つまるところこれは物々交換の延長上にあるもので、コインの形をしてあるのは量を分かりやすくするためだ。農村では銅貨すらなく、物と物の交易がほとんどであることが多い。貨幣なんて使い道がないから断られることすらある。


「それの何が問題なんですの?」


 紅茶を飲みながらレオンがそう聞いた。パーティーの埋め合わせというわけではないが、学校が終わった帰りにレオンがいつも通っているらしいカフェでお茶を飲むことにしたのだ。そこで貴族学校の生徒らしく、領地経営の話になったというわけだ。


「ふむ、そうだな、実例を交えて説明しよう」


 俺は少し考えて、話を続けた。


「あそこの男が指につけている指輪、俺たちはあれが欲しいとしよう」

「ふむふむ」

「どう交渉するか。レオンは立派な扇を持っている。それと交換するか? いやだめだ、相手は男だ、その女物の扇は欲しがらないだろう」

「この扇は立派なものですが、まあそうでしょうね」

「では俺は銀貨を五十枚を渡す。男はきっと素直に指輪を俺に譲るだろう」

「なぜですの?」

「男はその銀貨で自分が本当に必要なものを交換できるからだ。またあの指輪の価値は銀貨二十五枚といったところだろう。男は銀貨二十五枚の得をしたと言える。また俺は欲しかった指輪が手に入ったので、これまた得をしたと言える」

「ふむむ、価値の基準が生まれるのですね」

「レオンは賢いな」


 すぐに理解できるとは、さすが俺のライバル。レオンは扇を広げて口元を隠すと、おほほと笑い出した。耳がなんだか赤い。


「そこでもう一歩踏み込む。現在、貨幣は誰でも作ることができる。貨幣の価値は当量の貴金属の価値でしかないのだから、そこに刻印されているものがなんであれ、人々は気にしない」


 俺がテーブルに置いた銀貨をレオンは手にとった。重さこそ一緒だが、形や刻印された紋章はどれもまちまちだ。


「これを、貨幣は領主が認めた人間しか作れないようにルールを作る」

「んん? そうすると何が変わるんですの? 今までと差はないように思えますが」

「貨幣に貴金属以上の価値が生まれるんだ」


 そこでレオンは手で俺の口を遮るとじっと考えだした。


「……では他の人が作った貨幣はどうなりますの?」

「新貨幣との交換ルールを作ることになるが、交換しないことには使えないということになるかな」

「つまり、新貨幣はアナトリアと他の地方で使え、旧貨幣は他の地方でしか使えない……となるのですね」


 レオンが嬉しそうに笑った。


「新貨幣の方が便利になりますわ」

「その通り、当量の貴金属より貨幣の方が価値がある。それを目指すんだ。そうしたら社会も自然に、物々交換から貨幣を介した交換へと移り変わる。価値観の基準ができるんだ」

「ですが、反発する方も多いでしょうね」


 レオンの目が細くなる。


「そうだな。だがそのチャンスが今だ。戦争後、領地中が破壊された今こそ、いろいろ手を加えるチャンスなんだ」


 アナトリアは崖っぷちだ。だけど、逆境はチャンスでもある。追い詰められればいろいろ無理をすることができるのだ。


 翌日は稼働中の工場を見に行く。

 この世界ではレベルという概念が存在する。レベル百の戦士とレベル一の戦士では、あらゆる点において大きな能力の差がある。これは生産クラスにも当てはまった。

 レベル一の鍛冶ではロングソード一本作ることもできず、レベル四十にならないと全身鎧を作ることはできない。ゲームでは存在しなかったクラスである大工ジョイナーも同じくレベルによって製作可能なものが決っている。

 これが社会的にどういう影響をもたらすのかというと、優秀な職人のいる土地とそうでない土地で絶対的な技術格差を生むのだ。学術都市であるアナトリアには優秀な職人が比較的多く、街を囲む石の城壁を実現することができた。対してモーンは安全な土地だからか、城大工はあまり寄り付かず、木の柵しか防衛設備はない。

 こういったものが、あらゆる分野で見られ、土地どころか集落ごとにすら技術力に大きな開きがあるのだった。


 そのルールの隙をついて緩和しようというのが今進めている工場計画だ。


「上手く行ってる?」


 俺は部屋ごとにわかれた工房がいくつも連なった区画……「工場」へと足を踏み入れた。


「ええ閣下のお考え通りでさ」


 管理者であるこの街の職人ギルドの長はそう言って白い歯を見せた。

 レベルの高い職人にしか作れないものがあり、同じものを同じ材料で作ってもレベルの高い職人の方が良い物を早く作る。

 これでは依頼はレベルの高い職人に集中し、レベルの低い職人はレベルの高い職人の庇護下にあってようやく生計を立てられる社会になるのも必然だ。これを変えるのがこの場所だ。生産物がどういう工程で作られるか、それぞれ分解し、部品の生産や下地作りをレベルの低い職人が、組み立てや調整などの最終工程をレベルの高い職人が行うように、職人たちを集めて作った「工場」なのだ。

 こうして出来上がったものは、職人一人が作ったものに比べたら、残念ながら品質的には悪い物になってしまう。だが生産速度が違う。生産速度の向上はコストの削減となり、製品の価格を下げる。基本的に需要が供給を上回っている……すなわち物不足であるこの世界で、この方式は今後莫大な利益を上げる予定だ。

 それだけではない。レベルの低い職人も、工場で働くことで収入と経験値を得ることができる。職人たちの一元管理と収入、育成の安定、それこそがこの工場も目的だ。


「頑張ってくれよ。アナトリアの未来はみなさんにかかっているのだから」

「おうでさ!」


 分厚い胸板を叩いて、自身も高レベルの職人であるギルド長は力強くそう言った。


 昼になったら再来週から始まる北の荒野の探索の計画を冒険者、騎士を交えて議論する。あの戦争でアナトリアは何の得もしていない。だが巨人たちだって壊滅的な被害を受けたはずだ。

 そこで焼け落ちたルヴリンを以前の場所ではなく、もっと北で再建する。領地を広げるのだ。だが北の荒野はまだ未知の世界、探索を進めて情報を集める必要がある。

 先週攻略したダンジョンは長年動く死体が集まっていた墓地だ、あの土は灰と一緒に水で溶かして濃縮することで火薬の原料となる硝石が得られる。本格的な採掘計画も立てなくてはいけない。

 盗賊たちに対する本格的な対策も必要だ、野戦砲を使える人員が不足しているため、大規模な相手だと俺が直接指揮を取らないと被害が増える。訓練された兵士の被害は出来る限り減らさなくては。

 近隣諸侯との会談もある。他に攻略して財宝と資源を回収したいダンジョンもある。新しい設備の設計もある。造幣局の立案も詰めなくてはいけない。学校の授業もできるかぎりでなくては。利子を支払うための金策もある。


 一ヶ月後。俺は過労でぶっ倒れた。

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