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4-1 第四章:大砲で解決、領地経営とダンジョン運営そして学園生活

 日曜日。黒いポリエステル生地に白いラインが入った百%化学繊維のジャージを着て、俺はパソコンを立ち上げる。何百回と聞いた起動音のあとに、見慣れた銀髪で鋭い目をした青年と、黄色に近い金髪に白銀の鎧を身にまとった女騎士が画面に現れる。その下にはブルー・オブ・アナザーカラーというロゴ。

 これは俺のパソコンの壁紙だ。画面に並んだアイコンから、青い星が描かれたものを選んでダブルクリック。パソコンに接続されている、ゴーグル型のヘッドマウントディスプレイと高価なヘッドホンを頭に装着する。視界いっぱいにゲームのログイン画面が広がった。

 俺は石の鎧を身にまとった祭司ドルイドのミナトとなり、仲間である他のプレイヤーたちとともに目的のダンジョンへ向かう。このゲームを初めて三ヶ月。俺は順調にブルー・オブ・アナザーカラー・オンライン。通称BOACにはまりつつあった。


 死にぞこないのアンデッドが徘徊する穢れた墓地にやってきた俺たちは、うめき声を上げて襲い掛かってくる吸血鬼の落とし子スポーンオブヴァンパイアを蹴散らしていく。視界いっぱいに広がる画面に土気色の肌をしたゾンビもどきが襲い掛かってくるのはなかなか迫力がある。

 ボイスチャットからは、仲間の小さな悲鳴がときおり聞こえてきた。

 やがて、最奥近くまでやってきた。最後の扉を守るのは元食人鬼オーガの吸血鬼が三人と、メイド服を着た顔色の悪い女の吸血鬼だ。


「作戦通りだ」


 味方全員にアンデッドに対する防御魔法がかかっている。前衛の戦士ファイター軽業師パルクリストが四人の怪物たちへと突き進んだ。俺もその後ろから手に持った槍で援護する。

 襲いかかる吸血オーガを魔法使いウィザードの炎が焼いた。ハーフオークの鍛冶スミスがハンマーを振り上げ魔法使いを護衛する。全員が盾となって魔法使いであるシシドを守る戦術だ。作戦通り、オーガたちは一人、また一人と倒れ、最後に残った逃げるメイドの背中に向けて、俺は槍を突き出した。



「うわーん」


 逃げていく不死従者カミラの背中を眺めながら。俺は昔のことを思い出していた。墓場に漂う腐敗した肉の臭いはヘッドマウントディスプレイでは再現できないものだ。そして俺は石の鎧でも化繊のジャージでもない、木綿の服に身を包み、手には鋼鉄製の魔法の杖を持っている。握った感触も確かな重さも、間違いなく現実のものだ。

 いくらでも生き返るゲームと違って、死んだらそれでお終いだ。死者蘇生はあるが、死後一週間以内、怪我が元で死んだときにのみ限定される。さらに親指ほどの天然ダイアモンドが必要で、生き返る側にも酷い苦痛があり、魂が蘇生に耐えられないこともよくある。

 つまるところ、殺す必要がないのなら殺さないに越したことはない。俺は逃げていくカミラを追うようなことはしなかった。この世界で生きて十五年。すでに命の取り合いも何度も経験したが、それでも命を奪うことに無頓着になれるほど、俺は達観していなかった。


 そして最後の扉を抜けた先に、このダンジョンを支配していた吸血鬼デズモンド伯爵の姿があった。

 伯爵は黒を基調とした貴族の服に身を包み、慇懃な仕草で俺たちを出迎える。


「ようこそ冒険者よ」


 俺は手にした杖をぎゅっと握った。


「しかしたった三人とは、私も見くびられたものだ」


 俺の他に、男物のローブを着た赤髪の少女シシドと、金髪碧眼の魔法戦士クロウの二人がいる。どちらも頼りになる仲間だ。


「さて、それはどうかな」


 俺はニヤリと笑って、懐に入れていた聖印を取り出す。これはかつて、伯爵をこの墓場へと追放した吸血鬼狩人ヴァンパイアハンターの遺産であり、これを見せると、吸血鬼はかつて吸血鬼狩人によって与えらた傷が再び開くのだ。


「貴様……」


 吹き出した血で服を赤く染めながら、吸血鬼は血走った目で俺たちを睨みつけた。長剣を手に、吸血鬼が襲いかかってきたのと、クロウが剣を構えて飛び出したのは同時だった。

 ガチンと剣がぶつかり合い、クロウは力負けして弾き飛ばされる。器用貧乏の魔法戦士じゃ吸血鬼と正面切っての戦いは無理か。

 だけど十分時間は稼いだ、俺は手にした杖を地面につきたて、先端を相手に向けて傾斜させる。


「な、それは魔法の杖ではないのか?」


 吸血鬼の表情が焦りで歪む。これは伯爵が地上で活躍していた数百年前にはなかった武器だ。引き金を引くと、火打ち石から火花が飛び散り、中の火薬へと引火する。

 撃ちだされた握りこぶし程度の砲弾が吸血鬼へと命中し、背後の壁へと叩きつけられた。この砲弾には俺の魔法力も込められている。これが俺の力。攻城魔術師キャノンウィザードのスキルだ。



 翌日。

 俺は馬にまたがり、広がる平原の光景を窺っている。

 目の前には馬にまたがった騎士たちと、クロスボウを構えた歩兵、そして馬に引かれた大砲を展開している砲兵たちの姿が見えた。

 そこから一キロメートルほどの地点では大人の人間の半分ほどの姿をした緑色の肌の怪物、ゴブリンたちが剣や槍をもって唸っている。やつらは、少し前に起こった戦争によって、荒廃しているこの土地から残ったものも略奪しようと集まった盗賊だった。

 ゴブリンたちが前進したのを見て、俺は大砲の発射を指示する。轟音を響かせて鉄の塊が弧を描き、走りだしたゴブリン達を吹き飛ばした。炎に対して畏敬の心を持つゴブリン達は、大砲の迫力に恐れをなして逃げ出した。


「騎士隊、進め!」


 俺の指示を受けて騎士たちが槍を構えて突撃する。陣を乱したゴブリン達に騎士を止める方法はなかった。

 ゴブリン達が根城にしている半分朽ち果てた古城も、遠くから砲撃を繰り返すことを指示する。そろそろ俺は街に戻らなくてはいけない。


「あとは任せます」

「はい閣下」


 ずっと年配の騎士団長はそう言うと、俺の護衛のための兵士を手配してくれた。



 俺の名前はダンフォース・マク・モーン。モーン伯爵家の一人息子であり、今は学術都市アナトリアの魔法使い学校で青春を謳歌している。

 かつては榎宮裕司えのみやゆうじという名の日本人だった。オンラインゲームが趣味の一般人だ。

 これは前世の記憶というやつなのだと、俺は思っている。この世界はBOACやそのスピンオフ小説の世界に酷似した剣と魔法のファンタジー世界だ。ただ俺は最強厨で、強いキャラクターをどうやったら作れるかをいつも模索していた。

 その性分は生まれ変わった今世だって変わらない。弱いクラスである貴族よりも、強さを求めて攻城魔術師という魔法と攻城兵器を扱うクラスを選んだのだった。


 アナトリアへ戻る道中、再建中の村を通った。焼け落ちた家々から使えそうな材木を探しているようで、村人たちは焼け跡で作業をしていた。

 三ヶ月前に起こった北の荒野に住む巨人たちによってアナトリアは襲われた。たまたま北の温泉街マーグマニルにいた俺は戦いに巻き込まれた。俺はマーグマニルからの撤退を指揮したことを買われて、参謀としてこの戦役に参加することになり、激しい戦いの末、アナトリアの防衛に成功した。


「アナトリア閣下!」


 俺に気がついた、村人たちが作業の手を止め、俺に向かって手を振った。

 そう、俺はダンフォース・マク・モーンであると同時に、ダンフォース・マク・オブ・アナトリア子爵でもある。あの戦いで英雄へと祭り上げられた俺の人気に目をつけた前領主であるウルトは、俺に爵位を譲ったのだ。

 最強を求めてクラスとしては貴族を選ばなかった俺が、逆に継承する予定のなかった爵位を得ることになるとは、人生とは不思議なものだ。

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