3-22
マリは城壁から熱く煮えたぎるタールを巨人へと投げつけた。ドロリとした黒い液体がゆっくりと巨人の顔を流れる。悲鳴を上げて巨人は顔をかきむしり、ゴロゴロと地面をのたうち回る。マリはガチガチと鳴り続ける自分の歯の音を聞きながら、城壁から見える戦場を見渡した。
「やだな……」
怒声、悲鳴、刃の音、肉の裂ける音、絶叫、泣き声、砲撃の音、煮えたぎる油の音、信号ラッパ、前進を促す太鼓、巨人の銅鑼、城壁に岩があたって砕ける音、城壁を乗り越えた岩が家屋を押しつぶす音、逃げる巨人たちのわめき声、矢が飛来する音……。
戦いの絶えない河川諸国で生まれ育ったマリだったが、それでも戦争は嫌いだった。
「おい! こっちを手伝ってくれ!」
次のタールを投げ落とそうとしていた僧侶に言われて、マリは慌てて手伝いに戻ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺は攻城兵器を遠隔操作しながら、テーブルに広げた地図に状況を書き込んでいく。
「よし、ゴーレム隊も南門に動かせ、北門のパーシー卿の部隊をゴーレムの代わりに配置を」
指示書を受け取ったミスリルゴーレムは飛ぶように走り去る。確実な情報収集と指示の伝達。このためだけに最高級の屋敷すら買える高価な人造が必要だとしても、俺はそれを高い買い物だとは思わない。
「南門の陣形維持も限界か、ここからは乱戦……だが巨人たちの士気もボロボロだな」
攻城兵器の照準を通して、俺は戦場を見渡せる。ゲームのデザイナーはこんな使い方は想定していないだろうが、使えるものは使わせてもらう。
また一隊の巨人たちが戦う意思を失い逃げ出していった。南門の入り口付近に積み重なっている巨人たちの死体は、やつらの士気をくじくのに十分な効果を発揮している。
「作戦通りだ、すべて作戦通り」
そう、老いも若きも男も女も、アナトリアのすべてを戦場に立たせ、それらを消費して戦っている。これが俺の想定していた理想の流れだった。これだけ多くの死者をださなければ、俺には勝つ方法が見えなかった。
「報告! 北の空に黒い影が出現! 魔神です!」
巨人達の部隊がつぎつぎに崩壊し、戦況が決まりつつあったころに、伝令がそう言いながら部屋へと飛び込んできた。
「遅かったな、やはりこの戦争には本腰をいれて参加はしないようだ。作戦通りに、ぶどう弾で迎撃しろ」
「はっ! すでに準備は開始しております」
「よし。このタイミングで仕掛けてくるということは、アナトリアを落とすことが目的じゃないだろうな。部隊配置はそのままだ、南門の戦いに本隊は集中しろ」
「了解しました!」
ゴーレムが戻って来る前に、新しい指示を全部隊分書かなくてはいけないな。俺は用意していた魔神を表す人形を地図の北側に配置し、戦場を眺めていた。
その時、遠くから悲鳴が聞こえた。
「何だ?」
攻城兵器をリンクして、周囲を調べた。屋敷の入口で先ほどの伝令が倒れている。
「不可視か、やつらが来たな」
魔神たちに伴われ……ジェイクが目的を果たしに来たのだ。
「不可視打破」
俺は不可視の魔法を無効化する魔法の結界を広げた。もう一つの戦いはこれからだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
青い鎧を着た僧侶と黒装束の忍者が屋敷を進んでいる。後ろには為す術もなく倒されたアナトリアの戦士や貴族たちが倒れていた。
「人を殺すのは慣れないわ」
「元の世界に戻ってもトラウマになるね」
二人は女性だった。敵地の中心に潜入しているというのに、二人に気負った様子は見られない、むしろ煩わしい荒事に眉をしかめ、早く終わらせたいと思っているようだ。
二人が探しているのは、この事件のボスだ。悪役貴族ダンフォース。彼を倒してここを脱出することが目的だった。
目の前の扉を開けると、裏側で待ち構えていた貴族が刃を突き出した。忍者は事も無げにその刃を掴むと、ポキリとへし折った。
「ば、バカな」
あまりの理不尽さに驚く貴族の首に、忍者はちょんと刀を走らせる。ただの一撃で、レベル四十であり、幾度もの戦いをくぐり抜けてきたその貴族は何が起こったのかすら分からずに倒れた。
死体をまたぐと、二人は先へと進んでいった。
その二人の目の前に現れたのは、金髪碧眼の青年だった。右手に抜身の剣を持ち、二人に立ちふさがるように、廊下の中央に立っていた。
「クロウ……」
二人は驚きの声をあげた。画面の向こう側にいたヒーローが、実在の存在として目の前に立っている。
「俺の名前を知っているのか。有名人は辛いね」
クロウはそういって肩をすくめた。
「お嬢さん方、アナトリアは今取り込み中だ、今日のところはお家に帰ってくれないかな」
この声もゲームで流れる声優の声のままだ。二人はかすかな感動をおぼえた。だけど、今はやるべきことがある。
「クロウ、そこをどいて、あなたは殺したくない」
「どこかで会ったかな? 悪いが記憶に無いんだけど……どのみちここは通せないな」
僧侶と忍者、レベルは……110、カンスト。
「……ダン、悪いな」
勝ち目はない、レベルカンスト? 無茶苦茶だ。だけど逃げない。こんなバケモノどもをダンのもとにたどり着かせる訳にはいかない。あいつはアナトリアの希望だ。いやそんなことはどうだっていい。あいつは俺の親友なんだ。冷静で優秀で、お人好しでよく笑って、さみしがりやで。
「お前とはもう会えそうにない、ずっと親友でいたかったんだが」
クロウは覚悟を決める。この二人は俺が止めなくてはいけない。クロウは炎の魔法を唱えた、壁の裏の火薬樽に届くように大きな炎の魔法だった。
「瓦礫の下敷きになれば、倒せなくても動きは止められるだろ?」
簡単な事件だと高をくくっていた二人の悲鳴を聞いて、クロウは満足気に落ちてくる瓦礫の下敷きになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
爆発音が聞こえた。ぶるぶると屋敷が震えている。
「何だ?」
建物が壊れるかとも思ったが、頑丈なこの屋敷は持ちこたえた。
「……火薬の音だったな」
「ダン兄ちゃん大丈夫!?」
護衛として廊下にいたミュウが飛び込んできた。
「大丈夫だ、屋敷残っている人たちが心配だけど」
不安がこみ上げてくる。走りだして状況を確認しにいきたい衝動がキリキリと心を焼くが、震える足を押さえつけて俺はそれに堪える。
動く訳にはいかない、ここが司令室なのだ。伝令のミスリルゴーレムが来るまで動くわけにはいかなかった。それにここでジェイクを迎え撃たなくてはいけない。
少し経ってから、あいつは現れた。
「ダンフォース、お前を殺しに来た」
「ジェイク、まずはぶっ飛ばす、話があるならそれから聞いてやる」
小説通り、ジェイクは俺殺しにやってきた。だけど、ミラ……ミュウは俺の傍らにいて、あいつの傍らには誰もいないことが小説とは違っていた。




