3-19
ミライは治療院へと運ばれ、そこで神官から治療を受けることになった。傷は深く、しばらくは未動きが取れないだろうが死ぬことはないだろう。
それより、これから俺にとっては、どうやってこの後の交渉戦を乗り切るかが問題だ。騎士団長は補給線を叩く作戦の指揮を取るためにルヴリンのあたりに残っている。三人の騎士が一緒に来てくれるのだが、領主を始めとするアナトリアの官僚を納得させなくてはいけない。
「これならバルログと戦う方がまだマシだ」
密かに俺は呟いた。心臓がバクバクと音を発てている。すごく緊張していた。
クリスタルタワーの隣、黒檀を贅沢に使った屋敷がアナトリアの政務館だ。
俺は豪華な彫刻の施された扉を開け、ルヴリンとは違う、豪華できらびやかな部屋の中へと入った。
(あれが領主か)
テーブルの横に並んで座っている人のうちの何人かは知っている。アナトリア博物館の館長や有力な学校の学長や教頭もいる。
「アナトリア魔法学校所属、ダンフォース・マク・モーン、ただ今参上いたしました」
俺はそう言って、貴族式の礼を取る。そういえば帽子をかぶっていなかった。この世界の貴族は帽子を被るのが正装だ。俺もそろそろ自分の帽子を用意するべきか。
「よく来てくれたモーン君」
一番奥に座った老人がニコリともせずに言った。
「私はアナトリア領主ロバート・オンフ・ウルティーマ・デン・オブ・アナトリアだ」
この地方の貴族の名前は長い。そのくせロバートの部分は一族で共有するので、この領主の家族のうち男はみんなロバートなのだ。
「早速だが、君の見てきたこと、そしてこれからこのアナトリアを救うために何をすればいいか、話してくれたまえ」
前置きは無しか、よし。
俺は魅力上昇、交渉技能上昇、技能全般上昇、さらに霊感による行動成功率上昇までガチガチに魔法で武装してあることを確認し、自分の考えを説明した。
「なるほど、そこまでは分かった。続けたまえ」
これまでの報告を聞いた領主は、表情を変えずに頷いた。
「ありがとうございます、これまでは私の目論見通り、このアナトリアに領民達が集まりつつあります。彼らを兵とし、量で巨人と戦います」
「領民を戦わせるのかね?」
「他に手はありません。我々が巨人に優っている点は、唯一つ。数です」
貴族たちは黙ったまま俺の話を聞いていた。おいおい、ちょっとはウンとかスンとか言ってくれよ。俺は頬に冷たい汗が流れるのを感じた。
「これだけ兵を揃えても、包囲されては勝ち目はありません。また巨人の特技である岩投げで攻められると守りきれません。相手に突撃をさせる必要があります」
「ではどうする?」
「まず、城壁にありったけの大砲、弩砲を並べ、後方で岩投げを行っても安全でないことを理解させます。さらに城内からはトレビュシェット(カウンターウェイト式投石機)を用いて、爆発のルーンを仕掛た岩を敵の岩石置き場に投げ込みます。岩を取りに行くのにも危険があると理解させるのです」
「ふむ、だがそれだけで突撃などという愚かな策にでるものかね?」
「アナトリア騎士団が現在、ルヴリンにて敵の後方撹乱を行っています。狙いは補給線です。またルヴリンの火を見て逃げ出した領民たちは村の食料を可能な限り持ちだしています。巨人たちが想定している量は集まらないでしょう」
そこで一度言葉を切る。ここからは奇策の部分、説得できるか分からないが、説得しなくてはいけない部分だ。
「最後に、敵が四方の壁を攻め出した時点で、南門を開きます」
「何?」
初めて、出席者たちに動揺が走った。
「南門にいる部隊は功を焦って突撃するでしょう。そしてそれから遅れて他の壁を攻めている部隊も南門へと移動するはずです。そこを各個撃破します」
「巨人を町に迎え入れるとは、大胆な作戦だな」
「巨人の巨大さが仇となります。城門を一度にくぐれるのはそう多くはありません」
「だがそこからどうやって仕留める?」
「普通なら難しいでしょうが……私なら可能です」
攻城魔術師の本来の役割は大規模戦闘、俺は自分のできることを説明した。
「なるほど……」
出席者たちが唸っている。どうやら俺の作戦は納得してもらえているようだ。領主のアナトリア子爵は、俺を見て立ち上がると、いきなり頭を下げた。
「え、ええっと?」
戸惑っている俺の後ろの扉が開いた。俺は後ろを振り返る。
そこで見たものは、マーグマニルから一緒に逃げてきた老紳士、ウルトの姿だった。
「アナトリア子爵閣下でしたか。ご無礼をお許してください」
「さすが理解が早いな。ここで私の正体を表した時に冷静な君がどんな表情を見せてくれるのか楽しみだったんだが」
「ただの老紳士ではないとは思っていましたので。ですが、驚いてはいますよ」
ウルトはニコリと笑った。
「さて、みなさん。モーン君の聡明さは分かっていただけたかな?」
「はい、閣下と仰るとおり、この日のアナトリアにモーン君がいたことは神の采配でありましょう」
「モーン伯爵の長男でなければ、ぜひ我が家に婿養子として迎え入れたいところですな」
さきほどまで緊迫していた室内に笑い声が響いた。
「すまなかったモーン君。しかし我々老人たちを前にして堂々たる振る舞い。あなたを参謀として采配を任せることに我らも異論はない」
さっきの雰囲気はテストだったというわけか……結構辛かった。
「それじゃあ……」
「ああ、君の作戦通りに行く。よろしく頼む、若き英雄よ」
最大の懸念事項だった、俺みたいな若輩者が軍を自由にできるのかという点は、こうして解決したのだった。
まず最初にやることは、この町の四分の一程度をしめる学生など……他国の人間を、この戦いに参加させることだ。彼らにこの戦いに命をかける義理はないのだが……。
「巨人は各街道を包囲しており、アナトリアからの脱出は絶望的、生き残るためには巨人を倒し、栄誉を得るしか無い、ということなんだぜ」
シシドはそう言ってニヤリと笑う。シシドの手下の学生たちに噂を流させたのだ。
「巨人を倒せば、経験値もどっさりだからな。報奨金も出る。自分の力を試してみたい若い学生は結構ノリノリだったぜ」
「これからその出鼻をくじかないといけないと思うと、心苦しいな」
俺は大急ぎで図面を仕上げていた。街中の攻城兵器と火薬をかき集め、大砲の弾が足りない分は石材を切り出して使う。その上で、トレビュシェットを十機、街中の職人と人足で作らせる。それでも足りない分は、丸太に穴を開けただけの木砲で間に合わせる。
「攻城兵器を扱える戦士と銃使い(ガンナー)が二十七人。もとより銃使いに分配する火薬も無いし、部隊として運用できるほど人もいないから、攻城兵器を扱えないやつらは銃ではなくロングスピアを持たせて市民隊として運用することになる」
アナトリアは、ほぼすべてのクラスをカバーする知識の町だ。その代わり、一つのクラスで部隊を運用できるほどに人がいない。バラバラだ。その上、戦争のための訓練をする暇もない。だから自分のクラスのことは忘れてもらって、市民隊として槍とクロスボウで運用することになる。魔法使いもレベル差がありすぎて集団運用は難しい。爆発のルーンをセットしたら、こちらも鎧と槍を持たせて市民隊扱いだ。
「クラス持ちの部隊として使えるのは低レベル高レベル派生クラス混ぜても使える戦士、僧侶くらいだな。残りはすべて市民隊として集団運用する」
「大規模戦闘は専門外だぜ。全部任せる」
俺なら、自分のクラス能力は使わずレベル1の市民のようにロングスピアを持って戦えなんて言われたら反発するが、納得してもらうしかない。少数精鋭による高度な部隊運用は、十分な訓練無しでは成立できないのだから。
時間はあまりない。巨人はもうルヴリンを発ったのだろうか。俺は城壁の脆弱な部分に補強をつけたり、城内戦での動きを訓練させたり、忙しく働いていた。
「兄ちゃん! 無事に借りられたよ!」
俺が頼んだ仕事を終え、ミュウとクロウは二日後に戻ってきた。
「三賢者って、あんな姿だったんだな」
クロウが感慨深げに言う。アナトリアの危機なのだ、この町の黒幕にも手を貸してもらってバチは当たらないだろう。本来ならいろいろ情報を集めて、アナトリア博物館館長からクリスタルタワーの鍵を貰って、ようやく開くダンジョンなのだが、全部すっ飛ばして直接館長から鍵を借りた。
「ストーンゴーレム三体、クレイゴーレム五体」
「ストーンゴーレムが一体少ないな」
「途中で俺たちが壊した分を差し引かれた」
「そりゃ仕方ない……で、一番大切なものは借りられたか?」
「ああ、ミスリルゴーレム一体、ちゃんと借りられたよ」
三賢者は極悪人だが、損得勘定をできる理性はある。あいつらにとってもアナトリアが失われるのは非常に困るはずだ。
「それと……おまけもくれたよ」
「何だ?」
「フレッシュゴーレム……死体で作ったゴーレムも二体」
「はっ、俺への嫌がらせか? 戦力が増えることを素直に喜ぶさ」
死体を操るのは善い行いとは思われない。が、今は非常時だ、それに俺は聖騎士や勇者ではない。
「あとは、敵がこちらの思惑通りに突撃してくれるかだな」
やれることはやった、組み立てられた攻城兵器群が活躍の機会を今かと待っている。
「ダン兄ちゃん……」
ミュウが心配そうに俺の手を握った。なるほど、気が付かなかったが俺の手は震えている。だけど頭は冷静だ。冷静でなくてはいけない、俺の頭にアナトリア領民すべての命がかかっているのだから。




