3-11
「兄ちゃん、準備終わった?」
「もう少し待て、荷物が入りきらなくて」
俺は荷物袋を相手に四苦八苦しながら荷物を入れたり出したりしていた。
「もう、そんなに沢山のアイテムなんていらないでしょ」
「ばっか、何があるかわからないだろ。せめてドラゴンくらいは倒せる準備が無いと」
「最低ラインが高すぎるよ!」
途中からじれったくなったのか、ミュウも一緒になって荷造りを手伝い始めた。なんとか荷物を詰め込み、俺たちは慌てて部屋を出る。
「悪い遅くなった!」
外ではクロウとシシドがイライラした様子で俺達の事を待っていた。
「遅すぎる! 乙女の俺より遅いってのはどういう了見だ」
「ダン兄ちゃん荷物つめこみすぎなんだもん! 温泉入りに行くのにまるで戦争に行くみたいだよ」
「だから昨日のうちに準備しておけって言ったんだ」
「ごめんなさい」
素直に謝る。すぐに入る計算だったのに、ぎりぎりで格闘戦での新しい戦術を思いつき、そのための道具を追加したことで、完全に容量オーバーしたのだ。
「いやいや、なぜそれを追加した」
クロウが呆れたように俺を見る。シシドはいつものことだと苦笑していた。
俺たちが向かうのは北のマーグニマル。ここから馬車で三日の地点である小さな町だ。しかし小さいと言っても栄えていないわけではない。マーグニマルは天然の温泉が湧きだしており、この地方の冬を旅する旅人はみな、マーグニマルへ立ち寄り暖を取るとさえ言われている。
「そんじゃ、出発しようぜ」
俺たちは小型の馬車へと乗り込んだ。馬も御者もいない四輪の馬車に。
「それじゃあ、ダン、シシド、よろしく」
「発案者のくせにクロウはサボるのか」
「俺だと持続時間が短いからな」
俺は死霊馬、シシドは死霊御者をそれぞれ召喚する。
影の次元界から現れた骨の馬と御者は、礼儀正しく頭を下げると、進んで馬車の準備をする。
「この魔法、俺たち的にはすごくイメージ悪いんだけど」
「便利だから仕方ないだろ。レベルの高い魔法使いがいると旅も楽だね」
クロウは呑気に笑っている。まぁ便利は便利だ。死霊術そのものが悪というわけじゃない。この二体も元からこういう外見なだけで、死体じゃない……と学校で習った。
「出発進行」
アンデッド死すべしなはずの救世騎士はノリノリで御者に命令を出していた。
「カトリーヌは残念だったな」
マリのことだ。マリは今回の休みは補習ですべて潰れている。理由はテストの成績が、目を覆いたくなるようなものだったからだ。
「仕方ないよ、マリはおバカだもん」
「言うなぁお前」
最近はミュウも遠慮が無くなった。いぜんは常に善の体現者であろうとしていたが、今は友人に対しては遠慮なく軽口を叩けるようになっていた。
「だって、ダン兄ちゃんにテスト勉強手伝ってもらってのに、マリったらずっと遊んでたじゃない。いきなり部屋を片付けだしたりするし」
「まあな」
でもマリの気持ちはわかる。
「私だって、マリと一緒に行きたかったのに」
ミュウは残念そうに、今頃教師の賢者からスパルタ補習を受けているであろうマリがいる校舎を見つめていた。
「野営は一度だけなんだよね?」
ミュウが聞いた。座っている席は俺の隣で、腕を絡めて寄りかかっている。
「ああ、二日目だな。どうしてもここだけ良い宿がなくて」
「ふーん」
ミュウは俺の指をしきりに撫でている。何が楽しいのだろうか?
「しかし、あのミラがここまでデレデレになるとは」
ミュウを見るシシドの目は、ここ最近、呆れるという様子以外を見せたことがない。
「ダン兄ちゃんの前以外は普通だもん」
「でも笑顔が多くなったな。前はいつも無愛想な顔してたけど」
「つまりダン兄ちゃんはいつも私の事、見守ってくれてるんだね」
嬉しそうに俺に抱きつくミュウを見て、シシドは付き合いきれないと肩を竦めた。
初日は何事も無く過ぎ、二日目もゆらゆらと風で穏やかに揺れる森の中を順調に進んでいく。リスが枝の上からこちらを見下ろし、一角うさぎがひょこりと茂みから顔を出して、物珍しげに馬車を見つめていた。
「そろそろ野営するか」
日も大分傾いてきた。暗くなる前にテントの設営をしなくてはいけない。
「ご苦労さん、明日もよろしく」
俺とシシドは死霊二体を元の次元へと送り返す。二体は頭を下げたまま消えていった。
テントの設営はクロウが上手い。学校に来る前から冒険者として旅をしてきただけはある。弱いマルチクラスしているせいで、イマイチ強くはないが頼りにはなるやつなのだ。
「薪集めてきたよ」
薪を袋に入れてミュウも戻ってきた。シシドは獣避けの鈴を設置している。俺は……。
「こっちも下拵えは終わったよ。ミュウは休んでていいぞ」
「やだ、手伝う」
俺はエプロンをして、干し肉と塩魚を食べやすい大きさに切っていた。ジャガイモにたまねぎにマシュルームっと。
ミュウに焚き火を用意させ、その上に鉄板を置く。豚の脂肪を抽出した白いラードを鉄板に塗り、その上にスライスした野菜を置く。塩とコショウを振り色が透き通るまで焼く。そして次は肉を投入だ、こちらにも塩とコショウは忘れない。じゅーという耳あたりの良い音と、肉の焼ける良い香りが漂う。
「おお、いい香りだな」
戻ってきたシシドが嬉しそうに言った。
「ふふふ、シシド、驚くのはまだ早い。楽しみに待っているがいい」
「何かあるのか? 楽しみにしとくぜ」
町の肉屋と錬金術屋に協力してもらって作った逸品、ついにお披露目するときがきたのだ。
「すごく美味しいね」
ミュウが嬉しそうにお肉を口に入れている。かなりペースが早い。
「なにか最近ごそごそやっているなと思ったら、料理の練習をしていたのか。たしかに美味いな」
喋りながらクロウもパクパクと口の中に玉ねぎを放り込んでいる。
「こ、これは……」
だがシシドは一口食べた時点で、さじが止まり、じっと肉や野菜にかかった黒い液体を凝視していた。
「お、お好み焼きソース!?」
猛烈な勢いで食べ始めたシシドに二人は驚きポカンと口を開け、俺は満足気に頷いた。
「ふぅ、食った食った」
お腹をさすりながら、シシドは幸せそうな顔をしている。
「醤油は今のところ無理だけど、ソースは魔法使いの調合スキルと知識があればなんとかなったよ」
「いやあ、昔はなんてことない味だったけど、久しぶりに食うと、この濃い旨さは絶品だね。どろりとしたソースにまみれた肉を舌の上に乗せた時に広がるあの味はたまらないぜ」
「材料は玉ねぎやジャガイモや酢や塩、材料はあるから、調合さえ間違わなければできるんだ」
「すげえなダン。俺ぁもう満足だぜ」
「喜んでもらえて何より」
「ねえお兄ちゃん、他にも作れるの? 私にも料理教えて!」
「俺も俺も」
その夜は遅くまで、みんなにこっちで再現しようとしている現代料理についてわいわいと話し合うことになったのだった。




