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二章:エピローグ

 ダンフォースの予想通り、復讐霊による傷はダンフォースを即死させるほどのものではなかった。ダンフォースが屋敷から持ちだした高級傷薬はすぐに血を止め、気絶程度までにダンフォースの状態を回復させた。シシドも同様だ。

 ミナトの作戦は、今回もすべてうまくいったのだった。


 四時間後。モーン家の屋敷に伯爵、イェシー、フロリアの三人は戻っていた。ダンフォースたちは屋敷のそれぞれの部屋で眠っている。


「そうか……」


 報告を聞いたモーン伯爵は全員無事だと聞いて、安堵の溜息を漏らした。メイドも僧侶の迅速な治療のお陰で一命は取り留めていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「なぁフロリア」

「なんですあなた」


 伯爵は目をつぶって言った。


「私はダンフォースを誇りに思う。変わったところはあるが、もしあの子に寛容の心が欠いていたら、自分を嫌うシシドと仲良くなろうとは思わなかっただろう。もしあの子が正義と公正に欠いていたら、いじめられていたハリエットを救おうとは思わなかっただろう。どれか一つでも欠いていたら、ベンが我々に味方することはなく、君は連れ去られていただろう」

「はい、私もそう思います」

「もしあの子が冷静さを欠いていたら、僧侶を呼ぶことはなくお前のメイドは死んでいただろう。もしあの子が勇気を欠いていたら、君を助けるために怖ろしい怪物を追うことなど無かっただろう。そしてもしあの子に愛がなければ……相手の剣を自分の身体で受け止めてまで、君を救おうとは思わなかっただろう。私は、心からあの子を誇りに思う」


 伯爵は目を開けて私を見つめた。


「あの素晴らしい子を授けてくれた……お前を、フロリアを私は誇りに思う」

「私も……あの子を誇りに思います。そしてあの子を授けてくれたあなたを誇りに思います。私は悪い母親でした。愚かな妻でした。私は……」

「私も悪い夫だった。済まない、妻への接し方が分からなかったのだ」


 あの人の顔は、あんなに優しい物だったのだろうか? いや、私がちゃんとあの人の顔を見ていなかっただけなんだ。

 もう私は小さなフロリアではない。私は、あの人の妻であり、何よりダンフォースの母親なのだ。


 あの子の部屋へ向かう途中、大きなムカデがあの子の寝ている部屋の扉の前を這っているのを見つけた。

 あの時の記憶が頭をよぎり、一旦足が止まる。だけれども、私はもう小さいフロリアではない。つかつかとムカデの所まで歩み寄り、私はそいつをグシャリと踏みつぶした。


「母様?」


 扉を開けると、ダンフォースは目を覚まし、弱々しく私を見た。


「大丈夫? 傷は痛む?」

「ええまだ」


 ダンフォースは力なく笑った。六歳の子どもとは思えない大人びた笑顔だった。


「そんなことより、母様の方こそお怪我はありませんか?」


 私はダンフォースの側に行くと手を握った。


「母様?」

「あなたの怪我はそんなことではありません。ダンフォース、あんな無茶をして」


 ダンフォースは困惑した表情を浮かべていた。それはそうだ、私はこれまでダンフォースを無視し続けていたのだから。

 謝らないと。


「ごめんなさい、私はこれまでとても悪い母親でした。本当にごめんなさい。これまでのことを許して欲しいとは言いません。でもただ、ただひとつだけ、私がこれからあなたを愛することだけを、どうか許してください」

「母様、泣かないで」


 気がつけば私は泣いていた。涙が止まらなくなっていた。だけど。


「あれ?」


 ダンフォースも泣いていた。自分でも驚いているようで、不思議そうに涙を拭うのだが、拭っても拭って涙はあふれた。


「お、おかしいな、か、母様、ご、ご、ごめんなさい……う、うわあああん」


 ダンフォースは子供離れした強さを持ち合わせているが、それでも幼い子供なのだ。その子供に私はどれほど深い傷をつけてきたのか。


「ごめんなさい私のダン。愛しているわ、本当は愛していたの」


 ダンフォースは変わった子だ。だけど私は、私だけは何があってもこの子の味方でいよう。この子がどんな選択をし、どんな生き方をしたとしても、私だけはこの子の無条件の味方でいよう。

 私の両親がそうであったように。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 イェシーが部屋にはいると、包帯を巻いたシシドは片手を挙げてイェシーを迎えた。シシドらしいとイェシーは思った。


「もう夜も遅いのに、どうしたんだ?」

「いやなに、お礼を言わなければとね。私の義姉、そして可愛い甥を救ってくれてありがとう」


 シシドは肩を竦めた。


「俺はダンの計画に従っただけだぜ」

「それでもさ、ありがとうシシド」


 イェシーが頭を下げると、シシドは気まずそうに頭を掻いた。


「シシド、ダンは好きか?」

「は? ば、馬鹿言うんじゃないぜ」

「あ、いやそういう意味ではなく、友人としてという意味だ」

「……そりゃ好きだよ。あいつはイイヤツだ」

「私も好きだ。親戚ということを抜きにしても、ダンは良い子だ」


 そう言うイェシーの顔は険しかった。


「何か問題でも?」

「生まれた時は蛇に襲われた、隣で眠っていた別の赤子が身代わりになってくれなければ、きっと噛まれていたのはダンだった。二歳のときにはムカデの大群に襲われた。六歳になってからは森の怪物に復讐霊だ」

「酷い経歴だぜ」

「ダンは何か、悪しき力に狙われているような気がするんだ」


 シシドの表情も曇った。


「なあシシド、頼みがある」

「なんだ?」

「これからもあの子の友達でいてくれないか? お前なら悪しき力だって倒せるはずだ」

「えらく評価してくれるんだな」

「ユミルのやつがえらく褒めていたよ、将来が恐いってね」

「そいつはどうも……いいぜ、言うまでもない。俺はあいつの友達だ。イェシーが考えているよりずっとね」

「そうか、良かった。代わりと言っては何だが、私にできる援助はなんだってさせてもらうよ」

「そいつは助かる。俺は天涯孤独の美少女なのだぜ」


 二人は同時に笑った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 こうして事件クエストは終わった。俺はまた元の日常に……。


「ダン、お弁当できたわよ、今日はみんなでピクニックに行きましょう」


 元の日常とは違い、母様が俺にベッタリとくっつくようになった。たまにウザいと思う時もあるけれど……悪い気はしないかな。



 それから六年。俺は訓練を終え、クラスを得る日が来た。訓練を終える時期はギリギリまで伸ばした。クラス:子供のときに得られるボーナスポイントは、次はレベル百二十にならないと得られないのだ。子供の頃の苦労は買ってでもしろとはよく言ったものだ。

 というわけで最強厨としてギリギリまで子供時代を遊びつくした俺は、ついに幼少期を終え、春からは学術都市アナトリアの学校に通うことになる。ここからは専門的な勉強だ。


「俺は……攻城魔法師キャノンウィザードになります」


 どよめき……は起こらなかった。あれ?


「今更だよダン。お前はただの貴族じゃ収まらない、何かすごいことをやる人間になると思っていたよ」

「私のダンが選んだんだもの、私はいつだってダンを応援するわ」

「坊っちゃんの奇行には慣れっこです」

「私が味方するまでもなかったな」


 あれ? あれれ?


「頑張れダン、攻城魔法師についてのアドバイスはしてやれないが、私たちはいつだってお前の味方だ」


 父上たちはそう言って俺を励まし、その夜は飲めや歌えやの大宴会となった。


 普段厳格な父上も大いに乱れ、いきなりポエムを歌い出したりしてとても恥ずかしかった。

 母様なんて自分もアナトリアに行くと言い出したりしてとても困った。

 アルフレッドさんはやれやれという顔をしていたが、目尻に涙が浮かんでいた。

 メイドたちは腕の良いお手伝いがいなくなることを笑いながら嘆いていた。

 庭師は俺が庭師としても食っていけると言ってくれた。

 イェシー叔父さんはバイオリンを弾きながら、俺の前途を祝ってくれた。

 ユミル従兄さんは女の子の口説き方を教えてくれた。

 ベンさんは人目も憚らずに泣いていた。

 ハルまでつられて泣いていた。


 みんな、俺のことを祝福してくれた。


「ふぅ」


 みな酔っ払ってカオスと化した宴会場を抜け出し、俺は夜風を浴びに外に出た。月の綺麗な夜だった。


「よう」


 そんな俺をシシドが出迎えた。一歳年上のシシドは、すでに魔法使いのクラスを得ているが、俺と一緒にアナトリアに入学することになった。叔父上が援助してくれるそうだ。


「宴の主役がここにいたんじゃ締まらないだろ、早く戻れよ」

「シシドだってもう一人の主役じゃないか」

「俺のことなんていいんだよ」

「良くないね、シシドが戻らないなら俺もここで風にあたるとするよ」


 少しの間、沈黙が続いた。


「安心しろよダン」

「何が?」


 シシドは空をみあげている。月の光がシシドの横顔を照らし、俺は不覚にもドキリとしてしまった。


「俺もお前の味方だ、だから安心しろよ」

「……ありがとう。でもねシシド」

「なんだ?」

「俺もシシドの味方だよ。だから安心して」

「……へへっ、そうだな」


 幼少期の最後の夜に、俺たちは二人で綺麗な月を見上げていたのだった。

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