1-1 第一章:ジ・エンドのそのあとに
聞けよゾンビー。俺の言葉を信じろ。
「接続された女」
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア
画面が踊る。光で踊る。
「ゆくぞ!」
黒い鎧に身を包んだ女が吠えた。手には身長ほどもある斧槍が握られており、ガシャガシャと音を立てる鎧は、大鳥シームルグの翼による爆風ですらビクともしない動く要塞だ。
「蘇生は3回だからね、すでに1回消費しているのを忘れないでよ」
鉄球のついた杖を構え、青い鎧に身を包んだ女が言ったパーティーがこれまで生き残れたのは彼女の引き起こす奇跡があったからこそだ。
「安心するフォイ、おいらの占いでは勝率100%だフォイ」
黒装束で顔までマスクで隠した女は、その外見とは裏腹に甲高い声でそう言った。占いは当てにならないが、彼女の忍びの技はパーティー随一のダメージディーラーとして、たくさんの敵を屠ってきた。
「……大丈夫か? モモ」
石の鎧に身を包み、コッコと呼ばれる大型の鳥に乗った男が画面に向かって声をかけてきた。
「いかないで!」と川城桜は叫びたかった。だが桜の声はこう言った。
「大丈夫! ミナトがいれば私は大丈夫なの! ミナトがいれば絶対勝てる!」
桜はこの言葉を生涯後悔し続けるだろう。何の確証もないくせに、ただ自分を勇気づけるためだけの言葉。それをなぜミナトに伝えてしまったのか。
なぜこの時、本当に言いたかったことが言えなかったのか。「行かないで、すべてを忘れて一緒に逃げよう」と。
堪え切れなくなり左手で両目を覆った。もう誰も踊っていない。
だがいくら目を覆っても、失ったものは戻ってこない。友人も、愛した人も、そして自身の肘から先も、もう戻ってこないのだ。
ブルー・オブ・アナザーカラー。第2世代VRMMOの1つとして開発、運営されたオンラインゲームだ。ヘッドマウントディスプレイを使用し、視覚聴覚の情報をすべてゲームからの情報で満たし、ゲームへの没入感を飛躍的に増大させる、新しい世代のゲームだ。
桜はこのゲームのプレイヤーの1人であり、関係者の1人でもあった。すべては過去の話、今はもう、ブルー・オブ・アナザーカラーはサービスを終了した。自慢のサブコンテンツもすべてサーバー上から削除されている。
でも私は恐れているのよ。桜はそう思った。
彼女は我に返ると、すでに液晶ディスプレイに映っていた映像は終了していた。今、ディスプレイにはブルー・オブ・アナザーカラーというタイトルが、真っ黒な背景にぽつんと浮かび、捨てられた安いオモチャのように寂しく映っている。ざまみろ。
この画面こそ、桜……いやモモとミナトと仲間たちの戦いの結末であり、成果だった。代償はあまりに大きい。失ったものに見合うだけの価値がある勝利だったのか。それはすべてが終わった今となってすら、モモには分からなかった。
ただ1つ分かっていることは。
モモは二度と、もうミナトの温かい腕に抱かれることはないということだ。
モモは軽業師だった。運動神経の良い桜にはぴったりだ。構築について悩まなくても、相手の攻撃にタイミングを合わせてスキルを発動するだけ。反射神経さえあれば、避ける盾として最高峰の能力を発揮する。リアルプレイヤースキルが必要な変わり種だった。
モモは沢山のファイルの中から、日付の古い――表示されるアイコンはどれも変わらず新品同然だが――ファイルを探し当て、開いた。
据え置きの液晶ディスプレイに流れる映像はモモが、このゲームをプレイした最初の頃のものだ。モモはプレイ中は常に映像を記録していた。記録したファイルはサーバーにコピーされる。あの時やっていた仕事のために詳しい友人に頼んで構築したものだ。間違いなく仕事でも役に立ったし、あの日々が記録に残ったのもこのシステムのおかげだ。その友人も今はもう、死んでしまったが。
映像ではナイフを持ったモモが、ダイアラット(おおねずみ)を相手にぴょこぴょこ跳ね回りながら、ナイフをダイアラットに突き出している。まだこのときは軽業師ではなく盗賊だった。軽業師へはレベル5になってから、スキルセットを盗賊の派生クラスである軽業師に変更するのだ。
友人である、ミライとケントの2人が見守る中、街の地下を駆けまわるダイアラットにナイフが命中し、ピロンという音と共にレベルが上がったことが右下のダイアログ(情報メッセージ)に表示された。
「やったね、モモ」
ミライがパチパチと拍手をするジェスチャーを送る。モモはありがとうととジェスチャーをしたかったのだが、上手くいかず手をヒラヒラと振っていた。画面の外のモモは思わず笑ってしまった。
手紙を書かなければいけない。画面で振られているモモの右手の代償を、死んでいった友人たちの代償を、大切な人との離別の代償を、せめてそれだけの価値があったと信じるために。
私も元凶の一人なのだ。あの世界を作った元凶。
桜が書いたブルー・オブ・アナザーカラーのスピンオフ小説、あの小説がなければ結果は違っていたかもしれない。
だから手紙を書かないと、ミナトの戦いの記録を記した手紙を。
二度とVRMMOが開発されることがないように。
最初の書き出しはそう、あの日の前日。イベントの告知があったあの日から始めよう。あの日私たちは、最難関ダンジョンである廃都チィムバーズに向かったのだ。
ケント、キシン、ヌメコ、私、ミナト。そしてあのシシドと一緒に。