2-13
俺たちは広場に腰を下ろした。俺はリュックサックの中から、干し肉とパンを取り出す。
「三人だと少し少ないね」
干し肉をパンで挟んでぱくついた。塩気の利いている干し肉とパンの相性は悪くない。俺たちは木陰に腰を下ろし、暫くの間即席サンドイッチを無言で食べた。
「それで、一体なんであんな大げんかをすることに?」
俺はシシドに聞いた。
「大したことじゃないんだが」
シシドが説明したところによると。この男の子、ハルが悪ガキたちに石を投げつけられていたそうだ。見ていて気分が悪かったので、気の向くままに悪ガキをぶちのめしてハルを助けた。そのせいでシシドもフレグ家のスパイとして悪ガキたちから狙われるようになったそうだ。
「もっと上手いやり方があったんじゃないの?」
「俺はただ、腹が立ったからやっただけだぜ。別にハルを助けたいとか悪ガキを更正させたいとか、そういうのは考えてない」
「無責任な」
まぁシシドはそんなやつだ。
「でも、シシドお姉ちゃんはいつも助けてくれて……ホントにかんしゃしてるの」
「まあ経験値の足しにさせてもらってるから気にするな」
シシドのやつは照れていた。顔を少し赤くして髪を指に巻き付けたりしていじっている。
「なるほど、まぁ話はわかったよ」
「あ、あのダンフォースさま」
俺が立ち上がると、ハルは不安そうに俺を見上げた。
「父さんはスパイなんじゃないの。前に住んでいた家が焼かれちゃって、それでここに逃げてきたの」
「フレグ伯のところも過激だね」
「うん、あっちはここよりずっとひどかった。それに比べたら石を投げられるくらいで済むここは良いところだよ」
シシドの顔が歪んだ。やはりこの子の境遇に思うところがあったのだろう。
「まっ、俺はいつも暇しているし、何かあったら頼ってくれていいぜ」
そうハルに言うシシドの表情は優しかった。
「あっ、そうだミナト」
「今はダンフォースだ。何だ?」
「ハルは女の子だからな。変なことするなよ」
「…………」
「多分、お前女の子だったのかーとかいって変なことするつもりだったんだろうが、俺の目の黒いウチはそんなフラグへし折らせてもらうぜ」
「お前は昔から空気の読めないやつだったな」
そりゃ「あたし」って言ってたし、そうじゃないかとも思ってたけど。せっかくのファンタジー世界、定番イベントはこなしたかったのに。
「何が定番だ」
「ライトファンタジーの定番だろ?」
こうして、俺に新しい友だちが二人できた。
ライカンスロープのハルことハリエット・アスラン。火力バカのシシド。
考えてみれば、ダンフォースには友人がいなかった。俺もそうだし、ジェイクと戦った本来のダンフォースもそうだ。ダンフォースは、幼なじみであるシシドが自分を倒しに来たとに、何を思ったのだろうか?
ハルを家に送り届けた後、シシドと俺はわかっていることを話しあうことにした。
「俺は気がついたらこの世界にいたな。半年くらい前、オールドステーブンで倒れているところを旅人に助けられたんだ」
「僕とは状況が違うんだね。僕はちゃんとこの世界でダンフォースとして生まれてきたみたい」
「不思議だぜ」
「他のプレイヤーもいるのかな?」
「どうだろう。でも俺とミナトだけが唯一の例外ってのも考えにくくないか?」
「あとはジェイクの友人であるケントか。ミライってプレイヤーもいたっけ」
「ミライか」
「知り合い?」
「ああ、少しだけな。確か小説の設定では、ミライも登場しているはずか。今頃ジェイクのいるアイスリフト城下で暮らしている。そういう設定だったはずだ」
連絡を取りに行くべきだろうか? まぁクラスを得てからでもいいだろう。今は子供らしく遊んで暮らすことにしよう。俺はミナトではなくダンフォースなのだから。
遊ぶと言っても、もちろんテレビゲームもパソコンもこの世界には存在しない。オモチャを売っている店もないし、子供向けの本もない。
「ないないない、こんな状況でどうやって遊ぶんだミナト」
「だからミナトって言うな」
今日は俺、シシド、ハルの三人で近くの森で遊ぶ予定だ。ミナトこと裕司であった頃の俺はどうやって幼いの頃の有り余る時間を過ごしていたのか。子供の遊び方は誰から教わったのだっけ?
「それじゃあ、木登りしようよ」
ハルは赤い目をキラキラと輝かせてそう提案した。出会った頃に比べて俺たちと遊ぶようになってから、ずいぶんと笑うことが増えた。元々は明るい性格だったのだろう。俺と遊ぶようになってから、村での扱いも、ただのよそ者程度にまで改善したようだった。
小さいハルは、これでもライオンの獣憑きだ。楽しすぎるときとか興奮するとピョコンとライオンの耳が出てきてしまう。フード付きのマントはそれを隠すためのものだったらしい。
「いいじゃんライオンの耳、かわいいぜ」
シシドは猫好きだ。ライオンも守備範囲らしい。ハルのライオン部分をやたら褒めて、ときには触らしてもらっていた。これまでライカンスロープであることは、隠すべき禁忌だったハルにとっては初めての体験だったのだろう。最初は困惑し、顔を真赤にしていた。
でも、そのうち慣れて、今では頭をなでたり、肉球を触ったりするシシドを嬉しそうに受け入れていた。
まあそれはともかく、今日何するかだ。
「獣化禁止ね」
「えー」
「えーじゃない、半獣化したら百回やって百回ともハルが勝つよ」
「じゃあ川で石投げとかどう?」
「まあそれならいいか」
普段は引っ込み思案なハルも、遊びの提案の時だけは積極的に、というか真っ先に手を挙げる。最初の頃は遊びにも遠慮が見られたけど、仲良くなってからは、たまに獣化して圧勝することもある。俺たちが文句を言うと、決まってテヘっと笑って舌を出すのだった。
「明るくなったな」
「昼間だしな」
「そーじゃねーよ」
シシドは笑った。
「ダン、俺は感謝してるんだ。俺だけじゃハルは助けられなかった」
「僕の力じゃないよ、父上、そしてモーン家の力だよ」
「それもお前の力だよ、ダン。お前はたしかにもうミナトじゃない」
風が吹いてシシドの赤い髪がふわりとなびいた。思わず瞬きすると、目を開いた時に、これまで見たことないような、自然で魅力的な笑顔を浮かべる赤い髪の女の子が立っていた。
「正しい貴族ダンフォース・マク・モーンなんだぜ」