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2-12

「そこまで!」


 俺は戦場に駆け込むと、馬の上から叫んだ。


「誰だ!」


 悪ガキたちが血走った目で叫んだ。恐いなぁ、一体シシドは何をやらかしてこんな世紀の大戦争を引き起こしたのか。


「この勝負、君たちの勝ちだ。だけど六人で一人の少女をリンチするのは良いことじゃない。何があったのかは知らないが、ここで手を打ってくれないかな?」

「なんだこのガキ!」


 まぁ六歳のセリフじゃない気もするが、いいのだ。この世界は一五歳で大人扱いだし、ちょっと早熟なくらいがちょうどいいはずなのだ。多分。


「まぁまぁ、もう十分痛めつけただろう?」


 穴の中のシシドは俺がここに来るまでに結構殴られたようだ。立ち上がれない様子で頭を押さえている。シシドの指は割れた額の血で赤く染まっていた。


「ダメだね! お前は関係ないだろ! 引っ込んでろ!」


 悪ガキたちはそう言うと、俺に向けて石を投げた。俺は身を反らせて石をかわした。


「まだ暴れ足りないなら仕方ない、続きは僕が相手をしよう」


 そう言って、僕は馬から降りると馬のお尻を軽く叩いて、安全な場所へ逃がした。悪ガキたちは一瞬戸惑った後、凶暴な笑みを浮かべて腰の袋からくしゃみ粉を取り出した。



 世紀の大戦争後半戦の始まりだ。

 とはいえ、負ける気はしない。相手の戦力はすでに把握済みだ。


 くしゃみ粉が飛んできたのを見てから俺は走りだした。

 俺の足元にくしゃみ粉が落ちるが、すでにトップスピードにある俺の足は、袋から吹き出す頃にはすでに三歩は先に進んでいる。次々に飛んでくる粉袋を見てから、俺は右へ左へかわしながら全力疾走を続けた。

 火炎瓶やくしゃみ粉を始めとするBOACの飛散武器の弱点は投げてから、ばら撒かれるまでタイムラグがあることだ。攻撃をせず移動に専念していれば当たらない。


「現代の手榴弾とは範囲が違うからね」


 まあ現代の手榴弾ならこんな平地で投げ合ったらお互い死んじゃうけどさ。


 俺が近づいてきたのを見て、くしゃみ粉を諦めて悪ガキたちは近接武器に切り替えた。

 まず正面のクラス子供の悪ガキに飛び蹴りを食らわして吹っ飛ばす。同じクラス:子供でも、常日頃の鍛え方が違うのだ。

 だけどすぐに、太い棒を持った年長の戦士である悪ガキが迫る。あれをまともに相手にするのは分が悪い。俺はショートソードを抜くと、倒れた悪ガキの腰の側へと振るった。


「ああっ!」


 悪ガキが悲鳴を上げた。俺は口元を抑えながら後方にゴロゴロと転がるような勢いで飛び退いた。

 俺のショートソードは狙い通り、悪ガキの腰のポーチを切り裂き、ポーチの中にあったくしゃみ粉の袋を切り飛ばしたのだ。

 悪ガキたちは自分で用意したくしゃみ粉を吸い込み酷いくしゃみ状態に陥ってしまった。そんな悪ガキたちの頭をショートソードの腹でペチペチと一回ずつ叩いて回った。


「僕の勝ちだね」


 ふふん、作戦が上手く行った後は気持ちがいい。とはいえ、ケンカの原因も分からないのにボコボコにするのも問題がある。ここはケンカを止めるだけで十分だ。


「どうだろう、これでおあいこということで」

「はっくしゅん!」


 悪ガキは返事の代わりにくしゃみをした。しばらくは話せそうにないか。



 数分後。ようやく悪ガキどもは落ち着いた。まだときおり、グジュグジュと鼻をこすっているけれど。鼻の頭はすっかり赤くなってしまっていた。


「一体、てめえ何者だ?」


 年長の戦士が不機嫌そうに言った。くしゃみのし過ぎで酸欠を起こしているのか、ふらふらしている。戦意はひとまず喪失したようだ。


「君たちにやっつけられた、その女の子の友人だよ」

「なに? お前もスパイの仲間か」

「スパイ?」


 はてスパイ? なんの話だろう?


「待て、そいつの剣」


 悪ガキたちが俺のショートソードを見つめている。ああ、しまった。そういえばこのショートソードの柄にモーン家の紋章が彫られているんだった。親の権力を子供のケンカで使いたくはなかったんだけど。


「ああ、気にしないで」


 とは言ってみたものの。


「まさか領主様の!?」


 なんだろう、時代劇みたいになってしまった。悪ガキたちがなにやら膝をついてしまっている。この後、ダンフォース様がこんなところにいるはずがない、斬れー斬れーってなるのかな。


「ダンフォース様とは知らず、ご無礼をお許し下さい」

「あ、ええっと、ありがとう。とりあえず事情を聞かせてもらえないかな?」

「あいつらはスパイなんです! フレグ伯爵の手先なんです!」


 フレグ伯爵? なんでここでフレグ伯爵の名前が。


「スパイって、何か根拠があるの?」

「はい」


 言い切られてしまった。


「うむむ」


 弱った。てっきりシシドが偉そうな顔をしたとか、ケンカで相手をボコボコにしたとか、人の家のタンスを空けて薬草ゲットしたとか、ツボ投げてお金を探したとかそう言った小さな原因かと思っていたのに、どうも様子がおかしい。


「まって!」

「今度はなに!?」


 考え込んでいた俺の脳みそに、さらに新しい叫び声が加わった。シシド側の外れの茂みに隠れていた小さい男の子が飛び出してきたのだ。


「ちがうの! シシドお姉ちゃんはかんけいないの!」


 その子はサイズの合わないブカブカのフード付きマントを着ている、赤い目をした男の子だ。背は俺やシシドより小さく、幼く見えた。


「シシドお姉ちゃんはちがうの! うぅ!」


 目に涙をいっぱい浮かべてその子は、ちがうの! ちがうの! と繰り返している。


「……え、ええっと、落ち着こう、そもそも僕には何がなんだか」

「騙されちゃいけませんよダンフォース様! そいつは”呪われた血”なんですから」

「呪われた血?」


 ビクリと男の子が肩を震わせた。呪われた血というと、いくつか思い当たるな。ヴァンパイアと人間のハーフである鬼人ダンピールや、悪魔の血を受けた魔人フィーンドタッチト、他にも突然変異を繰り返す混沌の子スポーンオブケイオスなんか色々と……。


「あいつは獣憑きライカンスロープなのです!」

「ああ、ライカンね」


 なるほど、そっちか。ライカンスロープは確かに呪われた血と呼ばれる存在だ。ライカンスロープは人狼ワーウルフに代表される変身能力を持つ者のことだ。変身すると凶暴な獣性と生存本能に支配され、親しい人だろうが誰にでも襲いかかる怖ろしい怪物になってしまう。その上、ライカンスロープの牙で傷を負うと、ライカンスロープが感染する危険性があり、人々からヴァンパイアと同じか、それ以上に恐れられているのだ。

 とはいえ、今言ったのは後天的ライカンスロープのことだ。つまり、他のライカンスロープから感染してライカンスロープになった者のこと。生まれついてのライカンスロープには当てはまらない。

 先天的ライカンスロープは獣化を完全にコントロールする術を身につけており、理性を失うことがないのだ。なので、先天的ライカンスロープはこの国の法律では、見つけ次第殺せアウトロー指定はされていない。


(でも、そう割り切れるものじゃないよね)


 先天的か後天的かを見分ける方法は無い。襲い掛かってくるなら後天的だと判断できるかもしれないが、その時はもう手遅れだ。ライカンスロープは差別され、酷い扱いを受けることが良くある……と俺は聞いていた。


「でも、領地でライカンが暴れたって話は聞かないよ? その子が来てから満月の夜はもう過ぎたんでしょ?」

「ライカンスロープは信用できません。それにそいつら親子はフレグ伯爵の領地からやってきたんです」


 なるほど、それでスパイ扱いを受けているのか。この悪ガキたちは彼らなりの正義で行動しているわけだ。ややこしいな。


「ちがうの! あたしも父さんもスパイなんかじゃない! シシドお姉ちゃんもかんけいない!」


 ボロボロ涙をこぼして、男の子は泣いている。


「うん、分かった。じゃあこうしよう」


 俺は悪ガキたちへと向き直った。


「こいつらがスパイかどうか、僕が一緒に行動して確かめてみるよ。この子たちのことは僕に任せてくれないかな?」

「危険ですよ! 相手はライカンなんですよ?」

「僕の実力は見たでしょ?」


 悪ガキたちは顔を見合わせた。


「どうかな?」

「分かりました、ダンフォース様がそう言うのなら」

「うん、ありがとう。じゃあここは任せて。怪我をしている子もいるだろうし、村に戻って手当してもらって」

「はい、心配してくれてありがとうございます」


 そう言うと、悪ガキたちは俺に頭を下げた。



「ほれシシド」


 俺はリュックサックから傷薬を取り出し渡す。シシドは顔をしかめると、小瓶の中のドロリとした苦味のある液体を一気に飲み込んだ。


「うぐっ!?」


 傷薬を飲んだあとにくる、治るまでの痛みがいっぺんに来たような強い衝撃を感じたであろうシシドは顔を歪ませながら悲鳴を上げた。しかしそのあと、傷も痛みも消えてしまう魔法薬なのだ。


「一番安い傷薬だけど、シシドの怪我なら十分だろ?」

「ああ、十分だ。畜生、ありがとよ」

「やられたなシシド」

「うるさいぜ。てめえ、俺がやられるまで見てたな」

「途中で割って入ったら遺恨が残るだろ?」

「ああムカつく! その言い方ミナトのやつにそっくりだぜ!」


 俺は苦笑した。そりゃそうだろうさ。


「モモやヌメコには言ってないだろ? シシドがちょくちょく勝手な行動するから、俺も言わないといけなくなるのさ。分かって欲しいもんだね」

「へ?」


 俺の言葉を聞いてシシドは言葉をなくした。目を大きく見開き、口をあんぐり開けている。


「どうだいお嬢さん、二人っきりでデートする気になったかい?」

「うざいぜ。まさか……ミナトなのか?」

「なんでかは僕も分からないけど、そうらしい」

「こいつは……驚いたぜ」


 シシドは小さく口笛を吹いた。そういえば俺はダンフォースになってから口笛を吹けなくなってしまったな。


「積もる話は後にしよう、今はその子のことを話すべきだろう」

「それもそうだな」


 男の子は不安そうな表情で、俺とシシドを見つめている。赤い瞳のその目は、涙でより赤くなってしまっていた。

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