2-9
狩りが終わり。俺たちは屋敷へと帰ってきた。従兄さんはあいさつ回りをしたらまた旅に出るとのことで、途中で別れた。
シシドの中身は、間違いなく俺の知るシシドだ。俺と同じようにこの世界に転生したのだと考えていいはずだ。
問題はどうやってコンタクトを取るか。他の人に聞かれるわけにはいかない話だ。
でもシシドは俺のことを悪役貴族ダンフォースだと思っている。そのせいか、俺と二人っきりにならないように気をつけているようで、常にイェシー叔父さんの側から離れないようにしているようだ。
さっき狩りのときに一緒になれたのは、実は千載一遇のチャンスだったようだ。それともあのあとで、シシドの戦術を解説したのがいけなかったのか。だって、ああいうこと言われたもんで、つい……。
というわけで、俺はなんとかしてシシドと二人っきりになる方法を見つけなくてはいけない。屋敷に戻ったあと、俺はコンタクトを試みた。
「ねぇ、シシド、ボクの部屋に来てみない? 面白い本とかあるんだけど」
「そんなこと言って、変なことするつもりなんだろ?」
するわけねーだろ! 俺は6歳の幼児だぞ! お前も銭湯で男湯入れる年齢じゃねーか!
「へ、変なことって何かな? ボクにはよくわからないよ、シシドは子供なのに変なことをよく知ってるんだね」
「は? 知らないし、俺はそんなの全然興味ないし」
「そ、じゃあ俺の部屋に来ても問題ないじゃないか、お互いに知らないんだから」
「ウルサイぜ、俺は悪役の部屋に一人でノコノコ出向いて、やっつけられる頭の悪いヒロインなんかじゃないんだぜ」
「ヒロイン? ヒロインはそんな言葉遣いはしないよ、どこの世界にオレオレダゼダゼ言うヒロインがいるってんだい?」
「ここにいるぜ、ヒロインと悪役がいれば、何が起こるのかは自明の理だ。シェイクスピアの時代からのお約束だぜ」
「シェイクスピアにシシドみたいなヤツは出てないけどね」
違う、俺はこんな話をしたいんじゃないんだ。というかシェイクスピアってお前……。
シシドはプイッと顔を背けると、叔父さんの後ろに隠れてしまった。
「ははは、まっ、仲良くしてやってくれよ」
叔父さんはそう言って、シシドと一緒に客室へと向かっていった。記憶は前世のものをしっかり引き継いでいるとはいえ、俺の精神は6歳の俺に引っ張られているようだ。あんな子供っぽい言い争いをするとは。
それから、俺はいろいろ試してみた。お菓子を持って行ってみたり、庭を散歩しないかと誘ってみたり、ゴキブリ退治に誘ったり。
「ゴキブリとかだれが探すか!」
怒られた。なんだよ、良かれと思って誘ったのに。
結局、シシドと前世のことについて話をすることは、伯父が帰るまで一度もできなかった。
「ぐぬぬ」
俺は頭を抱えて唸った。これは困った、やればやるほど嫌われていく気がする。いっそ諦めてしまうべきか。シシドがいなくても当面、困ることはないし。
でも前世の記憶を持っている友人というのは欲しい。相談したいこと、話してみたいことはたくさんある。
どうにかしなくては。
「坊っちゃんもそういうお年頃なんですね」
俺の相談を受けて、メイドたちはキャーキャーいいながら解決策を考えてくれた。
「坊っちゃん、恋と剣は押しです。相手に息を継ぐ暇を与えてはなりません。攻めて攻めて攻めまくるのです」
「いえいえ坊っちゃん、女の子が困ったときに、いつもそっと側にいてくれる男の方が好まれます。いつも見守ってることをアピールするのです」
「ここは引きましょう、相手に坊っちゃんを追わせるのです。好意を向けてきた人が、急にそっけなくなったら心配になるものです」
「いろいろ教えてあげるから、お姉さんの部屋に来てください」
「お金がたくさん入った袋をジャラジャラ言わせればいちころです」
「私も若い頃はもうたくさんの男から言い寄られたものだよ。でも今じゃどいつもこいつも見向きもしない。まったく、男ってのは酷いやつだよ」
「ありがとう、参考にするね」
いろいろアドバイスをもらって、俺はメイドたちの休憩室を後にした。参考になったような、ならなかったような、なんとも微妙な感じだ。一部のメイドはあとで人生相談してやろう。
「そんなことを俺に相談されてもねぇ」
庭師は苦笑しながら植木の手入れをしていた。
「坊っちゃん、俺は女の子のことはよくわかりませんがね。そのことをまず知ってもらった上で話します。植木ってのは手をかけすぎてもダメなんでさ。毎日ベタベタ手をかけると、ツンとそっぽを向いて、あんたの手なんて必要ないのよってな具合で。だから、俺がやるのは植木に一言あいさつをするくらいのもんで、どうだい調子は、緑の服が今日も綺麗だねってな具合にね。そうこうしていると植木も、あらそう、少しくらい触れてもいいわよって言いやがるんですよ。そうなればこっちのもんで、とにかく褒めて褒めて機嫌をとって、あいつが何を望んでいるかを理解して、叶えてやるんでさ。すると植木も俺の言うとおりに、綺麗に着飾ってくれるもんで、そういうことなんです」
日焼けした顔に恍惚として笑みを浮かべながら庭師は一気に喋った。この人って、こういう人だったんだ。
「あ、ありがとう、参考にするね」
俺はお礼を言うと、そっとその場から離れた。庭師は植木に向かって愛おしそうに話しかけていた。
「…………」
執事のアルフレッドは困ったように、太く黒い眉をハの字に曲げて、眉間にシワを作っている。
「ごめん、迷惑なら答えなくてもいいんだよ?」
「いえ、そういうわけではないのですが」
執事はふぅと息を吐いた。
「失礼ながら、私見を述べさせていただきますが、坊っちゃんは友人と仲良くなりたいと相談しているはずなのに、みな恋愛の相談だと勘違いされたのではないですか?」
「すごい! よくわかったね」
そうなのだ、俺は「シシドと二人っきりになって話をして仲良くなりたい」と相談したのに、みんな、恋とか愛とかそういったことだと勘違いしているのだ。さすがアルフレッド、執事は伊達じゃない。
「屋敷のものは娯楽に飢えておりますので。まぁ坊っちゃんの言い方もずいぶんとマズイですが」
「そうかな?」
「そうです」
執事は立ち上がると、紅茶とクッキーを出してくれた。ボクは向かい側に座って、それに手を付けた。ハチミツを使っているようで、とても美味しい。
「それで、僕はどうすれば良いと思う?」
「そうですね」
執事はティーカップをすっと持ち、紅茶を一口すすった。
「閣下に相談されてはどうでしょう?」
「父上に?」
考えもしなかった。
「交渉術にかけては閣下は領内随一の達人ですよ。友人を一人作るくらい、造作も無いことです」
ふむ、たしかに貴族は交渉が得意だな。
「あとは奥さま……」
そう言いかけてから執事は、じっと考えこんでしまった。
「母さまか……そうだね、母さまにも相談してみるよ」
「よろしいので?」
「ダメ元でね。話のキッカケにはなるし」
「ならば、もし成功したら、ささやかなお祝いをいたしましょう」
「もし失敗したら?」
「そのときは残念会を開きましょう。またクッキーを焼いておきます」
「え? これアルフレッドが焼いたの?」
驚いた。メイドが焼いたものをおいてあるのかと思った。
「趣味でして」
意外な趣味だった、気が付かなかった。いつ焼いているのだろう。
驚いた顔をしてクッキーを食べた俺を見て、執事は珍しく、口元に自然な笑みを浮かべたのだった。