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ケントと共に、俺たちは雪の積もる道を進んだ。さくさくと雪を踏む音と、キラキラと太陽を反射して輝く白い雪が目に痛い。
「雪が深くなってきたな」
「ここからは真夏くらいしか雪が解けないの」
ケントは言った。重装鎧を着たまま旅を続けるケントのスタミナは大したものだ。ガシャガシャと音がするが、歩む速度は落ちる気配はない。
「ちょ、ちょっと休憩しないかだぜ?」
むしろシシドが辛そうだ。背の小さいシシドは彼女の綺麗な赤髪と同じ様に鼻の頭を赤くしている。
「やっぱエーリュシオンは極北なんだな」
冬ではないというのにこの寒さ。シシドと同様、魔法使いである俺もあまり余裕はない。
「仕方ないわね、少し休みましょう」
ケントは俺たちを見てそう言った。
まだケントを信用したわけじゃない。ミナト達がアナトリアにしたことを思えば当然だ。だが何かが起きているのは事実のようだ。情報を得るためにも一度ソラル皇子とケント派の本拠地に行くのもいいはずだ。協力するには、まず話を聞いてから。ケントにはそう伝えている。
「パラディンの皇子が親殺しだなんて……」
ミュウは義憤にかられている。直情型のミュウにとっては剣を取るのに十分な理由だったようで、ケントに協力するのに乗り気だ。
「お家騒動に私たちが協力するんですか?」
「転移者と協力するのはあんまりいい気はしないな」
カミラはお家騒動に善悪もないという立場から、クロウは転移者は信用出来ないという点から、協力には消極的だ。
「レベルカンストの転移者が仲間になるんなら頼りになるじゃない」
ミライは楽観的だ。というよりあんまり物事を深く考えないようだ。出会った頃はミステリアスな強敵みたいだったのに、仲間になると残念な感じになるタイプのようだ。
「ダン」
シシドに呼ばれて俺は思考をやめた。
「ほらお茶だぜ」
「ありがとう」
湯気の立つお茶を受け取る。
「ケントたちのアジトまであと二日だな」
「そうらしいな」
ケントからそう聞いている。ドゥビナ庄という集落らしい。いま庄にはソラル皇子を慕う民が集まってきて、小さな国のような様相を表しているそうだ。
「ソラル皇子とナガン皇子の敵対が広まりつつあるの」
「ふむ、ありがた迷惑だな」
「え? 味方が増えることはいいことじゃないの? みんな兵士としての訓練は未熟だけれど士気は高いわ」
ケントが不思議そうに言った。
「集まっている民は何を望んでいる? 善のソラル皇子が悪のナガン皇子を討ち滅ぼすことじゃないか?」
「……多分そうね」
「今この国は内乱なんてしている場合じゃない、ブルー・オブ・アナザーカラー事件で首都が吹き飛び、異形の獣が現れ、もうじき疫病も広がる」
まだ異色病の影響は小さいようだが、これから広がるはずだ。
「だが民は内乱を望んでいる、開戦を望む集団が集まるのは今はあまり好ましいとはいえない」
「…………」
「剣聖カコか」
ギルマスとしても最高峰のプレイヤーだった。ゲームの技術がそのまま現実でも役に立つとは限らないが……現実にカコはエーリュシオンを掌握している。おそらくミナトと同等か、それ以上の強敵だ。
まずはソラル皇子に会ってみよう。大砲を使わずに解決できれば、それ以上の結果はない。
「ありがとうダンフォース」
「まだ何もしていないぞ」
「剣聖カコは優れた策略家よ、外部の人間でありながらナガン皇子の右腕としてパラディンパレスを掌握している。ジェイク派を実質的に支配しているのもカコ。私たちには勝てない相手だったわ」
「協力するかどうかも決めてないんだが」
「それでもよ。あなたのことはよく知らないけれど……私はシシドとミライを信用している。その二人が信じたなら私も信じられる。聡明なあなたが私たちに協力する必要がないと判断したのなら、それはそれで良い方向に変わると思うの」
ケント、ミナトの仲間。かつて俺がミナトであった頃は、いつでもパーティーの盾として前線に立ち続けていた。
ケントの友人であるシシドは、迷っていた様子だったけれど、結局協力するべきとも、しないべきとも意見していない。ただ、俺に着いていくとだけ、言っていた。
赤髪の少女は湯気の立つお茶を目を細めながら飲んでいた。俺の視線に気がつくと、お茶を取られるとでも思ったのか、シシドはそっぽを向いてしまった。