7話
拠点に戻ってすぐに牢屋へと向かう。
以前ネクを捕まえた時と同様に筒に玉を入れると牢屋の中には手足を縛られたフェアリーが居た。
「ブッ!」
だが、その様子を見て俺は思わず吹き出した。
ネクの時はスケルトンだったからだと思っていたのだが……牢屋に呼び出すと全裸らしい。
手足を縛られた全裸の女が寝ているという光景はエロい。
禁欲生活を否応無くさせられている俺には、かなり目の毒であった。
「……ここは……」
フェアリーが目を覚ましたのか、周囲を見渡す。
そして俺とネクの存在を見つけ顔が恐怖で歪んだ。
逃げ出そうとしても手足と羽まで縛られ動く事が出来ないようだ。
「いや……助けて……」
体を震わせてフェアリーが懇願してくる。
まだ何も言っていないのだが、普通全裸で手足を縛られて居たらこうなるだろう。
用意した物が無駄になりそうで残念である。
「俺の使い魔になってくれないか?」
俺は一言だけそう呟く。フェアリーはハッと恐怖の表情から真面目な表情へ変化する。
フェアリーに使い魔という概念は伝わるのだろうか。
ネクには伝わったし、問題はなさそうではあるのだが……。
「いやよ! 私を自由にして!!」
すぐに拒否された。フェアリーは自由を愛する種族とどこかで読んだ気がする。
やはり拘束されるのは嫌なのかも知れない。
だが、そんなので解放するくらいなら最初から使い魔にしようなどとは考えていない。
「ネク、部屋に戻ってくれ。フェアリー用の服の製作を頼むな」
俺がそう伝えるとネクは頷いて牢屋から出て行く。
採寸はしていなくても大体の目測で作ってくれるのだろう。
さすがにずっと全裸で居させる訳にはいかない。
「さて、使い魔になる気はないんだな?」
「ないわよ!」
俺が聞くとフェアリーは強い口調で即答してくる。
先程の怯えた表情は一体なんだったのだろうか。
使い魔と聞いて酷い事をされないとでも勘違いしてしまっているのかも知れない。
ならば、その身にそうではない事を知らしめるだけだ。
俺が牢屋に入るとフェアリーがビクッと体を震わせる。
その体を両手で持つと隅々まで凝視する。
どうやらサイズと羽が生えている所以外は人間の女と大差ないらしい。
とは言え、サイズが違えば出来ない事の方が増える。
「こんな事もあろうかと用意しておいて良かったな」
俺は震えるフェアリーを床に下ろすと、アイテムボックスから1本の棒を取り出す。
それを見たフェアリーは。何をするのか理解したのか顔が恐怖で歪む。
強気の姿勢を崩さない為か無言でいるが、その目の端からは涙が流れている。
これは以前フェアリー用の玩具として売っていたのを何となく買ったものだ。
何の玩具かは書いていなかったが、恐らく予想通りの代物である。
「さて、どうする?」
俺はその棒をフェアリーの目の前でメトロノームのように規則正しく左右に振る。
フェアリーの目がその棒を追う様に動く。
実際に使用するつもりは無いが、効果は大きいようだ。
「わ、解かったわ。ただ、食事! ご飯だけはちゃんと食べさせて」
「ああ、当然だ。今は大した物ではないが、どんどんいい物を用意出来る様にしようと思っている」
フェアリーが折れたようだ。
最後の抵抗か食事という条件を付けてきた。
と言っても最初から食事はちゃんと与えるつもりだったし、俺の方には全く問題は無い。
俺はテイムを使うとフェアリーの情報が入ってくる。
ネクと違って普通の個体らしい。
レアというくらいだからそこまで簡単には入らないのだろう。
フェアリーの手足と羽の拘束を外すとフェアリーが自分の体を両手で隠しながら飛んだ。少し残念である。
「俺の名前はスズキだ。宜しく頼む」
「ええ、使い魔になると反抗する意思すらなくなるのね……」
俺が自分の名前を告げるとフェアリーがそんな事を言って来た。
どうやら使い魔になると従順になるらしい。
下手に反抗的でも攻略に支障が出てしまうのだろう。
そういう便利なシステムのようだ。
そういえば名前を決めなければならない。何にするか。
苦手なんだよな。フェアリー、フェア、フ、札、護符、タリスマン、タリス。タリスでいいか。
「お前の名前はタリスな」
「タリス……ね」
素っ気無い返事だが、名前を貰った事が嬉しいのかニヤニヤしている。
どうやら嫌ではないらしい。
タリスを連れ立って中央の部屋に戻るとネクがこちらを見てきた。
早くもフェアリー用の服が出来上がったらしい。
ワンピースタイプの物語の妖精が着ていそうな服だ。
「……ありがと」
まだ慣れていないのかタリスが恥ずかしそうに受け取る。
ネクは服を渡して満足そうに頷いていた。
タリスはその服を着るとベッドの端に座った。疲れているのかもしれない。
ともあれ、これで最低限の戦力は整った。
後は調合と底上げの為のレベル上げである。
「タリスは慣れない事で疲れただろう? 先に寝ていても良いぞ」
「お言葉に甘えて……」
そう言うとベッドに寝転がる。服を着たとはいえ、下着を履いていない状況で寝転がると色々と見えてやばいと思う。
さすがにネクも居るし、凝視するのはどうかと思ったので掛け布団をかけると、俺は薬草がどれくらい出来て居るか確認する為に移動する。
ネクは裁縫を続けるようだ。
薬草の無限箱を開くと結構な枚数になっているようだ。
そこから全て取り出すとテーブルへ向かう。
調合スキルを発動させるとテーブルに道具が現れる。
裁縫と同じ原理のようだ。
さて、生産スキルの事を説明せねばなるまい。
生産スキルを取得するとそれに必要な手法が全て頭に入ってくる。
具体的に言えばどの素材、道具をどのように使えば良いかなどである。
必要な各薬草をすり潰し水と混ぜ合わせ瓶に入れる。
基本的な、というよりはスキルがなくても誰でも出来そうな作業を繰り返す。
これだけで簡単なポーションが出来るなら、調合スキルを取らなくてもよかったんじゃないか? とすら思えてくる。
きっとスキルレベルが上がれば、複雑な手段も出来る様になるのだろう。今後に期待する。
完成したポーションを鑑定台に乗せ性能の調査をし、使えそうなのはアイテムボックスに放り込む。
単純な作業だが、思ったより長い時間やっていたようだ。ネクが先に寝ている。
さすがにベッドが2人に占領されている状況で俺が入る訳にもいかないだろう。
シングルベッドに3人はどう考えても狭い。
ベッドを増やそうにもDPが余っている訳ではないので、仕方なく木の箱のベッドに寝転がる。
さすがに床や椅子で寝るよりはマシだろう。
主であるのなら押し退けてもベッドに入るべきなのだろうが、俺はそこまで横暴にはなれないようだ。
体が揺すられる。地震か? と目を開けるとネクが居た。どうやら起こされたようだ。
ネクが申し訳無さそうな感情を示し、ベッドを指差す。
あっちに寝ろということだろうか。
「いや、いいよ。そろそろ起きよう」
朝食の準備をする。いつものアレだ。
料理スキルを取れば、それなりに美味しくなるのだろうか。今後必要になるのかも知れない。
誰だって美味しい物を食べたいのだ。朝食を作っているとタリスが起きてきた。
「おはよう。良く眠れたか?」
挨拶をする。するとタリスが――
「むー」
と返す。寝惚けているんだろうか。飯を食っていればその内目を覚ますだろう。3人分に分け食事を取り始める。
途中でタリスも覚醒し食べ始める。さすがに肉の質が良くないのは不満なようだが、それでも全て食べていた。
食後、タリスのステータスを確認する。
名前:タリス
性別:女
種族:フェアリーLV1
職業:メイジ
種族適正
飛行:空を飛べる。
集団特性(弱):集団で行動すると少し強くなる。
高速移動:素早く移動する事が出来る
職スキル
魔力の泉:一定時間魔力の消費なしで魔法が使える。
魔法適正:魔法スキルの熟練度が上がり易くなる。LV10まで
スキル
なし
装備
武器:なし
盾 :なし
頭 :なし
胴 :布の服
足 :なし
装飾:なし
スキルはなかった。残念だが、これが普通なのだろう。
魔法職という事は魔法を覚えさせるのが良いのだろうが、魔法スキルは一番安いので1000ポイント必要である。貧乏は辛い。
「ステータスを見る限り、今まで通り俺とネクが前線で戦う。タリスはレベルも低いしスキルも無いから高い所から周囲を警戒してくれ。飛んで来る魔法に気をつけろよ」
「了解」
タリスはそう返し、ネクは頷く。何というか返事が来るというのは良いね。
タリスが使えそうなサイズの武器もないし、変に渡して突っ込まれても困る。
なので、タリスは何もさせないという選択を与えた。
周囲の警戒は俺たちの時点で十分だったりもする。
転移の石で3階へ飛ぶと階段をのぼり2階へ戻る。そのまま探索をし、レベル上げのための乱獲を続けた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
今日の狩りを終えて私たちは拠点へと戻ってきた。マスターとネクは凄く強かった。
あたしの出番は全く無く、ずっと飛んで見ているだけだった。
それでも退屈はせずにずっと2人の雄姿を眺めていた。
スキルがないので、どうしようもないと言えばその通りなのだけど。
マスターはPC? の前で何か作業をしていて、ネクはその後ろに立っている。
これが探索後のいつものパターンなのだろうか。私はやる事が無くて手持ち無沙汰だ。
とは言え、マスターは色々と作業をしているから邪魔をする訳にはいかない。
暇だからネクを呼んで部屋の奥の方にある窯の近くに来た。
「ネク、この服をありがとね」
作ってもらったのだから、お礼を言うのは当然だ。
ネクは照れているのか頭を掻いている。
頭蓋骨が痒くなる事ってあるのだろうか。
ネクは手を打つと何やら測定器を取り出す。採寸したいのだろうか。
「採寸するの?」
ネクは喋れないのだから私が先手を打つ。
私の服を作るための採寸なら歓迎だ。
理解して貰って喜んでいるのか、ネクが嬉しそうな感情をこちらにぶつけてくる。
これがネク特有の意思の伝え方なのだろうか。
表情も言葉も無いのに感情だけ伝わってくる。私は服を脱ぐとベッドの上に座る。
さすがにマスターがいる部屋で裸になるのは恥ずかしいけど、あっちは集中しているしこっちを見る事はないだろう。
ネクが1つ1つ丁寧に測定をし、それを盾の裏に木炭で書いていく。
そこがあたしやマスターのサイズの記入場所らしい。
どこかに書ける場所があれば便利だと思うのだけど……あとで、マスターに進言しておこう。
全て測り終えるとネクは満足したかのような感情を示す。
どうやら満足をしてくれたようだ。後で出来る服に期待しよう。
「ネク……あのね。下着も作って欲しいのだけど……」
さすがにマスターの前では恥ずかしくて言えなかった。
服は作ってもらったのだが、下着は一切ない。
素材も木綿があるから多分大丈夫だと思うが、作れるのだろうか。
ネクは頷いて同意してくれた。どうやら作ることが出来るらしい。
するとネクがいくつかの下着を取り出し並べていく。
サイズは人間と大差ない。デザインで気に入ったのを選べという事だろうか。
「ネク? これって誰用なの?」
デザイン云々よりそっちが気になった。
まさかマスターは女物の下着を着用しているのだろうか。
それはそれで面白そうだから見てみたいけど、そんな変態がマスターというのもある意味残酷である。
ネクは自分を指差すと何を言っているんだ? という感情を向けてきた。
どうやらネクの下着らしい。
「って、ネク?下着を着用しているの?」
驚いて聞いてしまう。ネクはスケルトンとはいえ女の子である。
身長から見る限り成人前くらいの歳だろう。
着用したい気分も解かるが……スケルトンに下着……。
「ぶふぅ!」
あたしは思わず吹き出してしまった。ネクが下着のみを着用した姿とかどう考えても異常だ。
どう考えても誰かの悪戯にしか見えない。
あたしが吹き出したのを見てネクは少し怒ったようだ。
怒気をはらんだ感情を向けてきた。
「ごめん、ごめん。ネクも女の子だものね。下着は付けたいわよね」
アンデッドでも意思があるのなら、そう思うこともあるだろう。
あたしは今までアンデッドには意志も何も無く、ただ怨念という本能に従っているだけだと思っていた。
恐らく、ここの迷宮に居るアンデッドの大半はそうだろう。
「ネク、これからどれくらい一緒にいるか解からないけど、よろしくね」
あたしがそう言うと、ネクが手を差し出す。
握手だろうか。その手を握るとツルツルしていた。
そのサイズの全く違う手を握りながら、この先どんな風に過ごしていくのか楽しみに思う。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
後ろの方で使い魔同士が何かをしている。
仲が良いのであればそれはそれで良い事なのだろう。
俺はそう勝手に自己完結をする。そんな事よりも戦利品の処分である。
どうやら1階層では鉄よりいい装備は出ないらしい。
薬品だけ残し全て売却する。思ったより多くの戦利品を稼げたようで、DPも過去最高の稼ぎになっていた。
「さて、何を買うかな。ベッドと魔法スキルは欲しいな」
魔法スキルだけで1000ポイントである。
そろそろ人数も増えたし、食材を増やすのも良いだろう。
それら一式を揃えると一気にDPが消滅した。
全部使い切ってしまったらしい。
簡易ベッドを処分して標準ベッドを2つ並べる。タリスに古代魔法を覚えさせ、野菜や調味料の無限箱は箱置き場に設置する。
「ネク、タリス。俺はこっちのベッドを使うから2人でそっちのベッドを使ってくれ」
「あいよー」
タリスがやる気のない言葉で返してくる。
ネクは自分のベッドがあることが嬉しいのか、早速そっちに座り裁縫を再開する。早く個室が欲しいな。
俺は調合で薬品を作っていく。
ただ薬草を潰して水を入れるだけの作業だ。
いつの間にか出てくる瓶に入れる事でそれぞれの薬品が完成する。
そういえば、レシピ以外の薬草を混ぜてみたらどうなるのだろうか? 鑑定が出来るのだから試してみるのも面白そうだ。
試しに回復薬の薬草とスタミナポーション用の薬草を同時にすり潰してみる。
何とも言えない香りが充満してくる。これはきつい。
「マスター、なにそれ……」
ベッドでゴロゴロしていたタリスが言ってくる。
そりゃ、言いたくなる気持ちも解かる。
かなりの悪臭だ。服とかに付いたら後々まで残りそうである。
「何だろうな。これを飲めと言われても絶対無理だよな?」
「無理無理無理」
念の為にタリスに聞いてみる。タリスは思いっきり首を横に振っている。
俺だって飲めと言われても困るくらいだ。
ここまで作ってしまったのだからとすり鉢に水を入れると瓶が現れる。
一応手順としては薬品の調合として判断されたらしい。
瓶に詰めて封をすると鑑定をする為にPCまで持っていく。タリスは牢屋の方まで避難していた。
ネクは嗅覚が無いらしく、いつも通り裁縫をしている。
「さて、何ができたかなー」
臭いはきついが、やはり新しい物が出来たかも知れないと考えるとワクワクする。
鑑定台の上に置き、鑑定をする。
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調合ポーション
効果
他の薬品とあわせる事で別の効果を現す薬品
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「何だこれ……」
別の薬品と合わせると意味があるとかまた変な物が出来た気がする。
さすがに臭いが酷すぎるので飲み薬とは混ぜたくは無い。他に薬品は……毒薬くらいか。
俺は毒薬を手に持つと調合ポーションを入れてみる。
普通に考えれば溢れると思うのだが、普通に全部入ってしまった。
その中身の色が変色している。また変な薬品になっていないだろうか。
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塗り薬(毒)
効果
武器に塗る事で毒の効果を付与する攻撃が出来るようになる
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「……暗殺用のアイテムが出来てしまった。どうすんだこれ」
そういえば、この世界の毒って味わった事がない。
さすがに飲みたくは無いが、相手に付与出来るのなら試すのも良いかも知れない。
レベル上げも必要になるだろうし、その時に試しに使ってみる事にしよう。
「マスター、終わったー?」
タリスがそう言いながら牢屋から戻ってきた。
かなり酷い悪臭だったからな。次に作ることがあったら、皆の居る部屋で作るのは止めておこう。
俺はテーブルまで戻り、普通の薬品を作る。
すり鉢には先程の薬草の臭いは残っていないようだ。洗う手間が減ってよかった。
いつもの様にあるだけの薬草をポーションへと変えていく。
いつの間にかタリスとネクがベッドに入って寝ていた。
どうやら調合に集中しすぎてかなり時間が経過していたようだ。
単純作業だが、時間だけはかかる。
手抜きをしたい所だが、そうするとかなり質の悪い物が出来たり、最悪失敗してしまう。
そうなると勿体無いので嫌でも丁寧に作るしかない。
「さて、寝るか」
俺は新しく買ったベッドに入ると目を閉じる。
大分体は疲れていたようですぐに睡魔はやってきた。