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雪女「おゆき」

作者: 土方隼人

「雪女」それは雪の夜に現れる恐ろしい妖怪。

 その美しさに見とれていると、たちまち冷たい息を吹きかけられ全身凍りついてしまう。その昔、ここ雪深い北国では雪女が恐れられていた。そして、おゆきもそんな雪女一族の一人だった。


「おい、おゆき! お前は人間を凍りつかせる事が出来るようになったのか?」

「は、はい、雪婆(ゆきばあ)さま。まだどうも上手く出来ませぬ」

「何んじゃと! まだ出来ぬとは…… もっと鍛練せんか!」


 おゆきは優秀な雪女とは言えなかった。同期の雪女達はすでに人間を凍らせる事が出来るようになっていたが、おゆきはなかなか上手くいかなかった。たぬきや野うさぎで練習すると上手くいくのだが、人間が相手だと上手く凍らせる事ができない。それどころか逆に春のような暖かい息を吹きかけてしまい、人間から有り難がられる始末だ。この時代の暖房器具と言えば囲炉裏(いろり)くらいで、おゆきの息は心底暖まった。


「なあ、爺さま、あのダメ雪女また来ないだべか?」

「そうじゃな婆さま、暖かくしてくれて助かるのう。だが、どうやら引張りダコでなかなか来てもらえぬと言う話じゃ」

 村ではこんな噂話しまで出回っていた。


「おゆき! 村の人間どもの間でお前の情けない噂話しが出ておるようじゃぞ」

「は、はい雪婆さま。耳にしております」

「このまま人間どもに馬鹿にされてよいのか? もっとしっかりせえ!」


 おゆきは雪婆さまに叱咤され、ある決意を固めた。それは今度の誕生日の2月17日までに何としても人間を凍りつかせることだった。だが誕生日までもう日がない。成功させるにはかなりの覚悟が必要だと思った。たとえそれが危険を伴うような事だとしても。

 おゆきはある計画を立てた。それは村でも一番の暴れ者と呼ばれている太助を凍りつかせる事だった。太助は身の丈六尺(六尺=約180cm)を越える大男で筋骨隆々、一度暴れ出したら止められる者はいなかった。太助は余りの乱暴ぶりに村から追い出され、雪山奥深くの小屋に一人で暮していた。

 おゆきはその太助が住む小屋に単身乗り込もうと言うのだ。もちろん、一人前の雪女であれば何の心配もいらない。たちどころに凍りつかせる事ができるからだ。だが、おゆきの場合、成功するとは限らない。もし、失敗し、いつものように暖かい息を吹きかけようものなら、たちまち乱暴者の太助に捕まりどんな(はずかし)めを受けるかわからない。雪女が冷たい息を出せなければ、ただのか弱い女なのだ。おゆきは自分を追い込み、そして覚悟を決めた。


「こんこんこん」

 小屋の戸を叩く音に、酒を喰らってうつろうつろしていた太助は目をさました。

「誰じゃ!」

「はい、道に迷った者でございます」

「なんじゃと、この雪深い夜に歩いていたというのか」

「はい、もう凍えそうでございます」

「よし、入れ!」

 小屋の引き戸が音も立てずに「スー」と開いた。そして、真っ暗闇の夜の中に吹雪とともに白い着物を着た一人の女が立っていた。

「なんという事だ。この寒さにそんな薄着で。凍え死ぬぞ。早く、入れ」

「それでは失礼いたします」

「お前、名は何と言う」

「おゆきと申します」

「おゆきとやら、訳は聞かぬことにしよう。とにかく早くこの囲炉裏(いろり)で暖まれ」

 手をかざしながらおゆきが囲炉裏に近づいて来た。

 太助は囲炉裏の火であらわになったおゆきの姿を見て背筋がぞっくとした。それは余りにもおゆきが美しかったからだ。白く透き通るような肌、いや、それは白と言うよりも透明に近かかった。

「お、おゆき、お前はいったい……」

「ふっ、私は雪女おゆき。太助、お前を凍らせに来たのだ」

「な、なんと」

「覚悟、太助!」

 おゆきは大きく息を吸い込み太助に向け息を吹きかけた。

「ふうー」

 次の瞬間、おゆきの息は太助を包み込んだ。その暖かな息で。

「おー、なんと暖かな。気持ちよい……」

「し、しまった。暖かい息を出してしまった」

 又してもおゆきはしくじってしまったのだ。

「おい、おゆき。お前はもしかすると村で噂になっているダメ雪女だな」

「ち、違う」

「どうやら図星のようだな。おい、おゆき。もう一度、暖かな息を吹きかけてくれ」

「ちくしょう、今度こそ凍らせてやる! ふうー、ふうー」

 しかし、結果は同じだった。太助はあまりの気持ちの良さに猫のように腹を見せ寝転がっている。

「おい、ダメ雪女。もう一度じゃ!」

 その言葉におゆきは頭に血がのぼり、初めて人間に憎しみを覚えた。そして、その顔は真の雪女の形相に変わっていた。

「おのれ太助め! ふうー」

 なんと、今度は凍てつく冷たい息が出たのだ。

 太助は次の瞬間、カチカチに凍りついてしまった。

「思い知ったか、太助」

 おゆきは満足し、小屋を出る前にもう一度太助を振り返った。

 凍りつき動かない太助が見えた。その姿に囲炉裏の火をすすめた太助の顔がよみがえった。乱暴者とは思えない穏やかな顔だった。

 このまま去れば太助は凍死するだろう。これでよいのか。いや、なにを迷っている、それが雪女なのだ。早く雪婆さまに成果を報告するのだ。

 しかし、おゆきは結局、ダメ雪女だった。

 おゆきは太助に向けてもう一度大きく息を吹きかけた、春のような暖かな息を。すると、あっという間に太助を覆った氷が解けた。

 生き返った太助はまだ凍える口を開いた。

「お、おゆき、さっきは悪いことを言った。お前はダメ雪女ではない。お前の出す暖かな息は決して失敗ではない。お前だけが持つ力だ」

「私だけが持つ(ちから)……」


 おゆきはそれから二度と冷たい息を出すことはなかった。そして、囲炉裏にくべる薪が買えずに寒さに凍える家や、吹雪で迷ってしまった人をその春のような息で暖めた。人々からは大そう喜ばれ感謝された。そして、いつしかおゆきは小春と呼ばれるようになった。


 貴方は身も心も凍るような寒さが続く日に急に暖かさを感じた事はないだろうか。ぽかぽかとし、幸せさえ感じる「日和(ひより)」を。

 そんな時、もしかするとおゆきが、いや「小春」が貴方に息を吹きかけているのかもしれない。



 おしまい






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