003
『アナザーアブノーマル』のなかの『アブノーマル』。つまりは、異端児のなかの異端児、ということになる。
そんな称号を、政府じきじきに自己プロフィールのなかに書き込まれて、埋め込まれているのだから受け入れるしかないだろう。それが俺なのだと。それが、この国での、この世界での俺なのだから。
『アナザーアブノーマル』はこの世の中には極めて貴重な存在ではあるが、全土に居ないという訳ではない。単にこの国が他の国よりも数多く『アナザーアブノーマル』が生まれる環境にあるだけだ。
もともと、先天性のものではないこの異能力は何かしらのことがあり、発症する、発現する。その『何かしら』が起こり易い環境なのがこの国だ。そのためか、今や公に公開された『アナザーアブノーマル』の存在により、なかなかの地位を確定付けているらしい。噂ではあるが。
本筋に戻すと、そんな『アナザーアブノーマル』のなかでの異端児として知らしめられる俺という存在、まぁ他にも20人程度いるらしいが、その存在達が産まれてくるのは、この国だけなのだ。
なにが異端児なのかは、今説明せずとも直ぐに、あとこれから10分後くらいになれば分かることだろう。楽しみとして、今は伏せておく。物語の展開を予想し易いように、伏線としておく。
さて、物語を、会話劇を再開させようか。
*
「へぇ、『アナザーアブノーマル』のなかの『アブノーマル』、ね。本当にいたんだ、そんな人」
白染はディスプレイラインをしまい、緩く双眸を薄める。ほんの僅かに感じる寒気がそれにより更に増したのは、どうやらこの寒気の元凶を分からせるためだったのだろうか。少し、気を張ってみる。
「まるで、人を伝説上の生き物のように言うんだな、白染」
「うん、だってさ、考えてもみてよ。都市伝説として口々に噂され、はやし立てられた異端児のなかの異端児が目前にいるんだよ?話してるんだよ?そんな口上になるのは当たり前じゃない?」
「確かにな。だが、あまりいい気がしないから止めてくれ。…虫唾が走る」
「短気なのか、地雷なのか分かんないなー、その反応。でも、怒っているのは確実だね、あからさまだね」
ふふふ、と薄く笑い俺達を見据える白染に何とも言えない感覚を覚える。…まるで、実験物として目視されてような視線はどうも気に食わないし、根本的にあまり珍しがられるのも好きではないから嫌気が差すのは当たり前といえば当たり前だ。
彼女は、それを狙っているのだろう。
「白染ちゃん、威勢がいいのは認めて、見逃してあげられるけど…挑発的なのは良くないよ」
「ふーん、そんなの知らないな、分からないな。十々乃瀬くん、だっけ?あのさ」
「白染、それ以上口を開いてみろ、相良は容赦しないぞ。…必ず後悔する」
「あっれー?なんで分かったの?予知したの?何その異能力、反則じゃない?」
「残念だが」
『そんな異能力は保持していない』と、言葉を続ける。なら何故止めたのかと白染は思案する、疑問を浮かべる仕草を取る。種明かしなんて、一言で終わることだ。だが、少し遠回りしてみよう。
「相良の異能力は…知らないだろう?」
「うん、知らないよ。だからなんだっていうの?」
「その『相良の異能力』がさっき、俺がお前を止めた種だ…分かるか?」
「ぜーんぜん。というか、異能力なんて数が多すぎて何があるのか分かんないし、理解しかねるし、種明かしなら誑かさないで直ぐに言ってよ」
どこまでも我が儘な異端児ガールはそこでやっと、鉄仮面の笑顔を剥ぎ取り俺達を睨み付けるように注視する。『偽者』でも、少しは人間臭くなったその表情に隣に控える相良は口角を上げた。酷く楽しそうだ。…一応、お前はこいつから馬鹿にされかけたんだぞ、貶されかけたんだぞ、そんなことを思いながら半ば呆れ、白染に向かって口外した。
「こいつの異能力は『風』だ。風圧、風向き、風量、風に関することならなんでもできる。その風を使って、物を、者を運ぶことも…対象を切り刻んだりすることも相良のさじ加減で可能なものだ」
「へぇ、なかなかだね、その異能力。で、それがどうやって葉継くんが私を止めることに繋がるのかな?」
「…相良は、少し感情と異能力が比例するときに制御しきれないんだ。つまりは、俺とこいつの距離くらいなら、その『制御しきれなかった』感情の残骸が伝達される。図らずも、だ」
「なるほど、その微妙な風加減で起こっているって、むかついているって分かったんだ」
「あぁ、そうだ」
そう呟き、相良をちらりと横目で確認すると少し狂気に濡れたような双眸で白染を捉えていた。口許は笑っている、嬉々としている。まぁ、『笑顔でごまかして』いるなら大丈夫だろう、手は出ない。
さて、この話題もそろそろ飽きがきた。少し様子を見ることもできたし、そろそろ俺が端から気になっていたことを質疑してみよう。それは多分、今回の物語の本筋に触れるようなことなのだろう。少し飛躍してしまうかもしれないが、未来はどうなるか分からない。ならば、刹那的に、センチメンタルに生きてみようではないか。
そんな訳で、俺は話題転換ついでに物語の核心を、彼女の行動の核心を突いてみたのだった。
「白染、話題を変えるが、飛躍してしまうが、何故お前は『ノーマル』やら『アブノーマル』やらに『おまじない』を、願掛けを蔓延らせた?伝染させた?」
彼女の最初の反応は、笑顔。こいつは、まるで笑顔しか貼り付けられていない人形のように大抵の反応を笑顔で締めくくろうとしている。
そんなことを少し警戒しつつ思案していると、白染が開口した。案外、こいつはシークレットなんてものは無いのかもしれない。ふと、そう思い、俺のなかの彼女のプロフィールに書き加えた。
『秘密主義ではない』と。
「いいよ、教えてあげる、秘密を明かしてあげる。どうして私が『おまじない』を流行らせているのか、全部教えてあげるよ。その経緯全てを」
「あぁ、頼む」
ここからは、彼女の1人会話劇だ。俺達2人は、それに耳を傾けるとしよう。