002
「ごめんねー、遅くなった!」
爽やかに振りまかれる笑顔と共に相良がこの場所に降り立った。まぁ、何時もの事だし責め立てることはない。というか、この寒さの中でそんなことをする余裕はない、早く帰宅したいのだ。
「行こうか、夜の風霜学園へ!」
「あぁ」
実際、そんな乗り気ではないけれども高揚感なんてものがないことがないのは否めない。不覚にも僅かに興奮しているのは何となく掴める。心拍数だってほんの少しくらいは上昇したであろう。何となく、だけれども。
さて、そんな高揚感と相良を連れて俺は真夜中の風霜学園へと歩を向けたのである。
*
「えっと…あれかな、忍?」
「あぁ、間違いではないだろうな。あからさまだ」
あからさま、というよりかはまるで俺達を待っていたかのような対象に、どうもこの先に進むのが気怠くなるのだが行かなければならない。対象と相良は多分、それを望んで、所望しているのだから。
対象、とは勿論『シラゾメ センリ』だ。それ以外に何があるのか逆に訊きたい。そんな対象こと『シラゾメ センリ』が閑散として冷え切った廊下に、廊下の窓ガラスに寄りかかりながらディスプレイラインと睨めっこしている。文字通りの、睨めっこだ。
そんな『シラゾメ センリ』を近くの物陰に隠れて様子を窺っている俺達だが、どうもこの『窺う』という表現を使用するのは忌避したかった。言葉の響き的に何か嫌なのだ、拒否したいのだ。まぁ、現状的には軽薄な悩みなのだが。
さて、どうしようか。いざ、彼女と面識を取ることとなるとどうも気が引けるというか、彼女の『アナザーアブノーマル』としての異能力を把握してないためか、はっきり言って近寄り難い。
相良は「いざとなれば、俺達が殺さない程度に力を使えばいいよ」なんて気の抜けた、並びに残酷的、残虐的な提案をされたのだから更に近寄り難い。一応は彼女も俺達と同じクラスメイトだ。彼女自身は通学拒否しているらしいが(雨陽情報なら確かだといえる)。面識なくともクラスメイトなのは変わりない、そう俺は提唱する。
兎に角だ、彼女が抵抗せず、攻撃せずに俺達と他愛のない会話をしてくれればそれで良い。俺達との会話劇で、もし改心してくれて『おまじない』を蔓延らせるのを中断して、中止してくれれば尚更である。血生臭い、激痛を伴う会話は繰り広げたくないのが俺の願い、願望である。
「さ、忍。そろそろご対面といかない?」
楽しみを目前としているためか、相良が痺れを切らし俺の思考回路を取り留める。その顔は暗闇で良く伺えないが、酷く楽しそうな、愉しそうなのは理解できる。空気を隔てて、というか空気を伝いひしひしと伝達されている雰囲気がそれなのだ。こいつは…なんて思っている俺自身も高揚感に苛まれているのだか注意なんて、叱責なんてできないのが現状だ。溜め息を吐きたくなる。
コンタクトを、とらなければ。彼女、『シラゾメ センリ』との。
ようやく決心の着いた俺は、ゆっくりと物陰から月明かり輝く境目を踏む。一歩が重く感じるのは今現在の俺の心情が関係しているのだろう、と自己完結。相良は嬉々として俺に続く。
さ、おまじないオタクの異端児ガール『シラゾメ センリ』との初対面といこうではないか。まぁ、俺も異端児ボーイとでも端から呼称されそうだが。
そんなことを思案しつつ、彼女との距離を詰めていき、まぁ当たり前だが彼女に気付かれてみる。
ここから、彼女との会話劇初共演が開始される。
その時の彼女の表情は、笑顔だ。とても良い第一印象を植え付ける、アイドルのような、偶像のような微笑。アイドルのような、という表現は彼女自身の容姿から来ているのだが、どうでも良い。今は関係ない。
「お前が、『シラゾメ センリ』か?」
一応の確認のため、一言問う。どんな反応が返ってくるのか、俺と相良でわくわく、というかどきどきしている。そして、そんな期待に添えるように彼女が、『シラゾメ センリ』が応答した。
「そうだよ、私が『シラゾメ センリ』。白く染めるで白染、距離とかの千里で千里。白染 千里だよ」
「そうか、なら良い」
「ふふ、『なら良い』ね。クールなんだ、冷静なんだ。じゃあ、改めて自己紹介してよ。貴方達の名前を教えてよ、お話しようよ。…それが目的でしょ?」
ハートマークの付きそうな発音に相良は息を吐き出し、開口する。こいつの自己紹介が先だ。
「十々乃瀬 相良。十を繰り返してなよやかという意味の乃に岩瀬の瀬で、十々乃瀬。相良は何処かの戦国大名さんの相良。宜しくね、白染ちゃん」
淡く笑顔を貼り付け、相良がお辞儀をする。紳士の真似事というか、彼女に対するせめてもの礼儀、作法、マナーだ。彼らしいといえば彼らしい。
さて、次は俺の番だ。
「俺は、植物の葉を継ぐと書いて葉継。感情を忍ぶという忍で忍だ。ちなみに」
本当は、ここまで続けるつもりはなかったのだが、どうも文字量が相良に劣っていたために見栄を張ってしまった。まぁ、一応は計算内だ。これから口にすることは至って関係ない、計算すら必要ない情報なのだから。それを今から彼女にもたらす。もたらしてやる。
これくらいで愕然としたり、取り乱したりするならそれはそれで良い。そんな相手だったのだから。それで片が付く。
俺はゆっくりと、口外した。その情報を。
「ちなみに、俺とこいつは『アナザーアブノーマル』だ。そして俺は、『アナザーアブノーマル』のなかの『アブノーマル』、そんな役回りをさせられている、課せられている」
ふと、俺の頬が緩んで、綻んだ気がした。