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おまじない、と聞いてまず俺が思い浮かぶのは、願掛けの類い、その一番近しい、近付き易く行使し易いもの、それだ。努力せず、神へと頼む初歩的な、一番簡易な願掛け。俺はおまじないという言語はあまり良いとは思っていない、というか思えない。
自らの力を信用しきれず、そのために努力すらも怠り、拒否した結果の果てに手を伸ばす、神という名の偶像。まぁ、ひねたものの見方なのかもしれないが俺はそうと思案する。
そんな、おまじないが。どうやら相良の言うままであれば、この『国立風霜学園』で流行っているという。
『─おまじない、そんな名目で蔓延っている変な願掛け。なんだっけ、確か─』
そして、そんなおまじないを蔓延らせている神様気取りな人物、『シラゾメ センリ』。その人物が何の意図か知らないが、おまじないを流行させているのだという。
しかも、『シラゾメ センリ』は、『アナザーアブノーマル』だ。
ここで、面白い事を好む相良は反応し、俺へと伝達したらしい。”『アナザーアブノーマル』が学園内で何かを行っている”、そんな口上だった。
そんな訳で、俺は今、ディスプレイラインと睨めっこしながら真夜中の学園という、何か怪奇現象でも起こりそうな、そんな物議を醸す場所へと降り立っていたのだった。勿論、寒い事は否めない。
つまりは、呼び出し、連れ出しということだ。相良は、見解を訊くだけでは満足しなかったようで、『シラゾメ センリ』がこの真夜中の学園でおまじないの流行り具合を確認、楽しんでいるらしいという、これまた噂話的な事を信じ調査という名の冒険を行うこととなった。
ディスプレイライン上に映し出される、『シラゾメ センリ』の、彼女を独自のルートにより調べられた情報。それは、半ばどうでも良い事すらつらつらと書き並べられ、どうしても罪悪感が否めない。何が、『昨日の晩ご飯→チキン南蛮弁当』だ。ちなみに、情報源はクラスメイトのやどり あまひ、『宿 雨陽』という男である。
こいつ、雨陽は『アナザーアブノーマル』の中でもやはり変人に分類される者なのだが、まぁ、人間観察をし、その観察日記を付けるような変人なのだから、仕方がないのは仕方がない。そんな彼を頼るのは、どうも気が進まなかった。何故なのか、それは『シラゾメ センリ』の情報を戴くときに遡るのだが、今はそれどころでもないし、というか早く相良がこの待ち合わせ場所に来ることを祈らねばならない。だけども、どうも時間があるようである。まぁ、一応この雨陽について解説しておくとしよう。…億劫ではあるが。
彼の、雨陽の膨大で莫大な情報網、及びに情報量は確かに強みともなる。なってしまう。
とてつもない程の細かさ、正確さ。どうしてここまで、というような情報すらも彼の手にかかればいとも簡単に手に入れることができる。まるでプライバシーがなく、個人情報がだだ漏れのような響きではあるが、そんな情報を手に入れる、そう”手に入れる”というところにしか雨陽は興味がなく、手に入れた情報は適当な、その情報が適するところへと投下してしまう。
簡潔に言えば、手段を選択し欲しいものを手に入れた瞬間、それが雨陽が中毒を起こしていることなのである。
そんな彼は情報を外部に漏らすのは、適していない限り拒否する傾向がある。個人情報となると尚更で、俺が『シラゾメ センリ』の情報を戴くときも長時間の説得と対価、つまりは俺の情報を、思い出話を少ししてやらねばならなかった。それが、雨陽を頼るのを躊躇する原因である。さて。
もうすぐ、だそうだ。今さっき、相良からのメールが着信された。まぁ、こいつの家はここらかどちらかと言えば遠いほうに分類される。仕方がないだろう。
「…にしても」
本当に、ここに『シラゾメ センリ』が滞在しているのだろうか。こんな、薄気味悪い夜の学園なんて所に、だ。自分から、自己から進んで行く場所ではないだろう、どう考えても。
ふと、学園を見渡してみる。何の変哲もないように見受けられるのだが、どうも『シラゾメ センリ』のことがあってか不穏に映る。
彼女は、何故おまじないを流行させたのか。何が目的なのだろうか。全てが全て、理解不能だ。というか、理解すら出来ないだろう。何せ、彼女は異端者の中でも変人と割り振られる、そんな趣味嗜好を持ち合わせているのだから。
俺は、ディスプレイラインへと視線を修正する。映し出される彼女の情報の中に際立つ一文、文字列。
『──趣味→可愛いものを収集し、コレクションすること。そして、』
「”新たな、自分自身が美だと思うことを周囲へと感染させること”、か。どういうことか、全くもって理解不能な趣味嗜好だ」
そう呟いて、俺は秋の夜空に息を一つ吐いた。