004
傘を忘れた。これは致命的である。
本日は晴天、だった。そう、過去形である。天気予報も、まぁ確認していない俺が悪いのだけれども一昨日の分では晴天、そう晴れ模様の筈だ。なのに、何故なのだろう。
ただいま、5時間目、科目は室内体育。濡れる事はなくそれは不幸中の幸いというか、とりあえず良かった事である。だがしかし。
「うっわー…これじゃあ夕方、帰宅時間でも止みそうにないね…。忍、傘持ってきた?」
「生憎、俺の手元にはそんな物はない。相良は、どうなんだ?」
「俺は迎え呼べばいいし、なんなら最終手段を講じればいいからさー。心配はないけど…」
雨天に苛まれても、なお余裕綽々とした、飄々とした笑顔を浮かべる相良とは逆に、俺は今後の事を思案する。…秋も深まりを見せたこの時期、雨に濡れるのは勘弁したい。
しかし、この雨中を乗り越えなければ帰宅なんてものは完遂できない、できる筈もないのだから本当に困った。非常に、だ。
「……」
「本当にどうすんのー? 絶対、この冷雨に身を投じるのは必須じゃない?」
「あぁ、どうすべきか俺には判断しかねる。なんとしても、お前が口外した事項をこの身に受けたくない」
「相変わらず、忍は何でも重く思考するよね…」
「物事に真剣、真摯に打ち込むといってくれ」
「でも、今回の事例は単なる雨だよね…」
「雨に対しても真摯に、だろ?」
「…はぁ、天然なの? それとも、電波?」
そう呟き、相良は自身の傍らにあったバスケットボールを適当に、最適なポイントへと打つ。シュートだ、勿論リングを潜る。そして、そのリングを通過したバスケットボールはバウンドし、相良へと引き込まれる。そう、引き込まれるのだ。
「…相良、いくら取りに行くのが面倒でも異能力を行使するのはどうかと思うぞ?」
「大丈夫、そんなに高度な異能力は使ってない。ちょっとした手品と同等のものだよ」
「それは見てわかる。…全く、お前は意外とそういうことには疎いな」
「何? 周囲の視線とか全然だよ? 気にせずとも、周りだってこのくらいはしてるし」
「違う、そういう意味じゃない」
「…? あぁ、”人として”って奴? まぁ、その考えは受け入れるけど所詮、俺達は『アナザーアブノーマル』だよ」
そう言って、相良はまたバスケットボールを手中からリングへと放つ。綺麗な弧を描いたそれはまたしても赤い輪を通った。これで、授業開始からこの時間まででのトータルシュート成功率、100パーセント。つまりは、百発百中、失敗無しという事だ。
事実上、通常授業での異能力の行使は許可されている。そのため、この『AA-01』の生徒は自らの異能力を最大限に生かし日々の勉学、運動、教養へと活用している。まぁ、そのための学校生活と言っても過言ではないのだが。
この『国立風霜学園』の『AA-01』の、つまりは『アナザーアブノーマル』を教育するクラスでの実質、実態。それは、”通常社会における『アナザーアブノーマル』の保持する異能力の最善活用、並びに『アナザーアブノーマル』の社会的地位の尊重、昇格。そのための若年層の『アナザーアブノーマル』の経験蓄積、育成”、という事だ。
簡単に言ってしまえば、俺達くらいの世代の『アナザーアブノーマル』を教育し社会的に認められるような者へと成長させる、それを目的にしているのだ。難解な言葉は全て、ここの入学説明用の冊子から抜粋し、記憶した。俺は他よりも記憶力は良い方だと自負している、自慢だと受け取ってもらっても構わない。事実なのだから、否めない事なのだから。
説明に戻ろう。その最終目的へと向かう方針として、上記にもあるように『アナザーアブノーマル』としての異能力活用は学園内では、通常授業では許可されている。しかし、制限無くとはなかなかいかない、いくばずもないのだが。
『AA-01』としての特別規則。それは俺達の保持する異能力を制限し、安全で良好な学校生活を送る事のできる唯一のリミッター、抑制規則なのである。それさえ守れば異能力を使用する事はできるのだ。
俺としては、授業で異能力を使用するのは少々どうかと思うのだが、クラスメイト達はどうとも思っていない、というかそれこそ当たり前なのだと思っているみたいだ。…当たり前といえば当たり前なのだが。
「異能力を活用すれば、”人として”というものが薄れる。でも、活用しなければ『アナザーアブノーマル』としての威厳、存在価値が見いだせなくなる。二者択一、だよねこういうの」
「あぁ。まぁ、俺は、俺としては、前者を大切にしたいけどな」
「忍の場合は、そうだろうね。…異能力的にも、過去の事的にも」
相良は俺の傍で苦笑する。俺はそれを一瞥し、そして相良の手からバスケットボールを頂戴する。それからゆっくりと赤いリングを見据え、構えて、打ち放つ。
外はまだ、雨が降り続く音が鳴り響いていた。