003
「おっはよー、忍!」
「おはよう、相良」
ととのせ さがら、『十々乃瀬 相良』。俺がこのクラスで比較的良く会話する友人である。挨拶を交えてなのだが、こいつは朝からテンションが高い、元気の塊のような男だ。…何故、こいつは朝からこんななんだ。フィジカルか? それともメンタルなのだろうか、俺との違いは。
「琴羽ちゃんも、おはよー!」
「…おはよう」
相良が凶器となりうるその元気をこいつに、華御に贈呈する。良くそれを忌避せずに返答したものだ、宿題の最中なのに。
「てか、聞いたか、忍。なんか、最近また『アブノーマル』の奴らが犯罪を犯したんだと」
「…面倒だな、『アブノーマル』は」
「あぁ、あいつらは常識を備えてないのも多いからな。その分、自分の自尊心を傷物にされたら発狂するだろうし」
「自分への抑制力、リミッターが脆いんだろうな」
「だろうね、俺らと違って」
『アブノーマル』、自尊心が強く犯罪者へと転換され易い。兼ねてから知っていたが、最近は彼ら彼女らの犯す事件がまた酷く多い。本当に、厄介で面倒な輩だ。
疑問かもしれないが、俺達が分類される『アナザーアブノーマル』はそんなに人格を破綻させている者はいない、まぁ多少はいるけれど。
何故、『アブノーマル』はそこまで自身というものに縋り、認められる事を生き甲斐としているのか、理解できないし、したくもない。規定値を超えただけで何になるというのだろう、俺達なんて異端者扱いを受けているのだ。そんなもの、自慢や自身への陶酔としては如何なものだろうか。
「『アブノーマル』の人達は、私達と違って規定値越えを売りとしてるから、それを継続、そして他者からの自尊心への攻撃には敏感だから。だから、犯罪なんてものへと手を出すの、後先も考えずに衝動で」
「へぇ、物知りっていうか、納得のいく机上論理だね、琴羽ちゃん」
「…そうでもないから」
華御が開口して、自らの机上論理を語った。珍しく、だ。彼女は周囲なんてものを気にせず、もしかしたら認知していないのではないだろうかという程に周囲に対して無関心だ。なのに、饒舌に並びたてられたものはそんな周囲への自己主張、思考披露だった。俺の感じるところではあるが。
「…華御は、『アブノーマル』は、俺達よりも劣っていると、劣勢だと思うか?」
「単に、『アナザーアブノーマル』が優勢とか、優秀とかそんな気持ちは抱いてないし、抱くつもりもない。…でも、『アブノーマル』の思考回路には、その衝動には毎回目に余ると思ってる、それだけ」
「なるほど」
「でも、だからといって『アブノーマル』が起こす事件を撲滅したいとか、根源から『アブノーマル』を消去したいとか、そんな偽善的考えは持ってもないし、これからも持つことはないと思う」
あぁ、なるほど、と華御の言葉に二度目の納得の意を心内で撒いた。彼女は、華御は、ここまで自分という者を吟味し、加味した上で言葉を選出しているのだろう、と勝手ながらに思案する。つまりは、謙遜も、自己の過大評価も、過小評価もせずにただ1人の人として、『アナザーアブノーマル』として意見を述べている。そう俺は思うのだが。
何故か、華御はそんな自己に対してまるで軽蔑するように、自己嫌悪にでも駆られるように双眸を細め、宿題のために手中に収めたペンを握る。強く、ただでさえ白い肌を保持しているのに更に指先を白く染めるように、強くだ。
「華御、お前はそんな自己嫌悪に浸るべきじゃない。むしろ、俺達のほうがそうなるべきだ」
「…?」
「誇るべき、自慢すべき思考だと、俺は思う」
「…そう」
ふと、華御の口許が緩んだ、そんな気がする。先程まで白かった指先も、ぎりぎりと締め付けられていたペンも、通常のあるべき姿へと変容している。…どうやら、宥めることに成功したようだ。というか、俺の考えが当たっていたという事実に今は、そこそこの歓喜を胸中で起こしている。まぁ、表情にはでないのだけれど。
「忍、意外と良い事を言うよね、不意打ちで」
「それ、誉めているのか貶しているのか両方に捉えれる言い草だな」
「俺的には、誉め讃えたつもりだけど?」
「…そうか」
相良は俺の目前で微笑する。そして、まるで何かを諭すように視線を窓へと修正した。俺は、教室内を見渡す。どうやら、人口密度も何時もと同等になったようだ。
「…また、起こり得る可能性」
「?…相良?」
「いや、なんか忍と琴羽ちゃん見てたら昔の思い出がフラッシュバックしてね。気にしないで」
彼の、相良の自重するかのような微笑。それは朝の日光のお蔭で儚さが倍増する。が、特には気に留めない、人とは時折こうなるのが常だ。相良も、気にするなと口外している。
「あぁー! 今日もいい天気だな!」
相良の言う通り、本日は本当にいい天気、晴天だ。