001
痛い。いたい、いたい、いたい。全てが、目前が、何もかもが反吐が出そうな色彩を放つ。
俺の三半規管が、身体そのものが悲鳴を上げ、泣き喚き、絶叫する。だがしかし、俺の表情筋は変化しない。何故だ? 理由なんてものも推測できない。
それ程にまで、俺はこの現状が掴めずにいる。
拒絶する色彩を帯びた空、錆び付いた街、混濁する眼前、落ちる太陽。どう表現すれば良いのかわからない。わかる筈もない。
だって、これは夢なのだから、幻像なのだから。
だがしかし、感覚は腐らずに生き続けている。感覚神経は無駄に活発に運動している。そこに理解がいかない、到達成し得ない。
なにが、一体何が起きている? 推測も、理論も、感情も、どうやらこの夢の中では役に立たない単なる無駄な物と化している。それすらも受け入れ難い。
ふと、視界に入るのは。この現状を少しでと把握するために見渡した結果、それは何かを実らせたみたいで。
「…っあ」
小さく息を漏らしたのも、その実りの結果だ。? その実りすらが結果なのではないだろうか。どうやら、言葉を選出し間違えたらしい。まぁ、どうでもいいのだが。
さて、そんな事よりだ。目前の色彩よりも、壊れている家屋よりも、そんなものたちよりも、俺が気にかけるべき所は、何だその結果の起こした結果だ。
簡単に、簡潔に述べよう。俺の目前にはその風景と馴染むようにして、立っている見知った者がいた。
学校の、俺が通う学校のクラスメイト。単に、そんな関係性しかないのだが、俺個人として重大で大切なのである。
何故、こいつが俺の夢に出る? 他のクラスメイトならまだわかる、理解できる。だけども、何故こいつなのか、こいつが俺の夢へと出る権利を得たのか知らない、知る術がない。皆無なのだ。
別に、こいつの事を嫌悪している訳でもなんでもない。だがしかし、本当に何故なのか純粋に疑問である。…本当に何故なんだ、教えてくれ。
ふと、こいつが振り返り俺を見据えた。そんな気がした。しかし、もしかしたら俺なんて視界に入ってないのかもしれない、いや、その確率のほうが非常に高い、高すぎる。
こいつは、彼女は、周囲なんてそんなに気にはしてないし、というかまず俺自身の姿がこの夢の中で実像として生じているのか。そんな根本的な疑問からあるのだから、取り敢えずそれを掴めない事には判断しかねる。
羅利骨灰の地に映える、こいつ。まるでこの場所を彼女自身が衰退、破壊したのではないのであろうかという程の威圧感。それを放つこいつの目は何故か憂いを帯びている、いた。それも瞬間的であり刹那的であったため、実際にどのような表情をしていたのかは定かではない。全て俺が感じた感覚での話だ。
何度も言うが、これは夢なのだ。
全てが個人の感覚に支配される夢なのだから。
*
「…んん」
朝、アラームの忙しない機械音によって睡眠時間を終了させられた本日は、何時も通りの朝だった。
まぁ、先程の夢の内容を除けば、なのだが。
別に、気にはしていないし、単に謎ばかりの夢だった、それだけだ。
さぁ、本日も面倒ではあるけれど学校という公共機関へと行くために、これまた面倒ではあるけれど身支度をしなければならない。
閑散と、極めて静かな自室は太陽光をカーテン越しに受け取り、拡散する。それによって仄かに明るくなっている自室は身支度くらいならこれくらいで丁度良い。つまりは、ベストではないもののコンディションとしてはそこそこという訳である。
俺の通う学校の制服は何時も通りの着方で着用し、そしてトーストを焼きつつ寝癖のついた髪を洗面所にて整える。顔も洗って、さて朝食だ。
朝食、といっても簡単なトーストに苺ジャム等、その日の気分によって変わる付けるものを塗りたくったというあまりにも安易な、素朴なものである。今日は、気分的にピーナッツバタークリームである。美味い。
トーストを囓りつつ、あまり行儀がよろしくないのだが、端末機械をチェックする。端末機械、一般的な呼称としてみれば、ディスプレイライン、そうこれだ。一昔前までは、確か携帯電話とか言われていた物があったようで、それがこのディスプレイラインへと技術の向上により変化し進化したそうだ。小学生の頃に、社会の歴史でそう教わった。
空中に映し出された画面を叩き、メール、電話通知、通信履歴、と順に確認する。どうやら、大した事はないようだ。
ディスプレイラインを全て確認し終わる頃には、ピーナッツバタークリームを塗りたくったトーストは俺の胃袋へと収まり、栄養としては定かではないが燃料として消化され始めていた。
そんな毎朝が、俺─はつぎしのぶ、『葉継 忍』の日々の開始風景なのだ。
本日も無事にそれが完遂する事ができた。さぁ、これから学校へと登校しようではないか。