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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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金貨目当てで通った亡霊城の宴が、いつしか僕の帰る場所になっていた

作者: 日御碕 出雲
掲載日:2026/10/17

【第28作目】元ネタ「耳なし芳一」を西洋風異世界に脳内変化(魔改造?)させたものを作ってみました。投下!! 流血は出てきませんよ。

----------- 


港町メルブの石橋の上で、トルヴェールは空を見上げていた。

見上げていた、と言っても別に感傷に浸っていたわけではない。


腹が減っていたのである。

朝から何も食べていない。

昨日の夕食も食べていない。

その前の夕食を食べた記憶も怪しかった。


「吟遊詩人って、もっと華やかな職業だと思ってたんだけどな……」

トルヴェールはため息をついた。


立派なリュートを抱え、各地を巡り、美しい物語を歌う。

人々は彼に酒を奢り、宿を提供し、名声は自然とついてくる。

そんな未来を夢見ていた。

現実は安酒場での演奏だ。

酔っ払いは歌を聞かない。

酔っ払い同士で怒鳴り合う。

演奏が終わって投げ込まれるのは銅貨が数枚。

それだけだった。


その日も仕事を探して酒場を巡っていると、老人たちの会話が耳に入った。


「亡霊城だよ」

老船乗りが酒をあおる。


「海沿いの断崖の上にある古城さ」

「またその話か」

「夜になると亡霊騎士どもが宴を開く」

周囲から笑い声が上がる。


だが老人は構わず続けた。

「そして物語を語る者には金貨を払う」


トルヴェールの耳がぴくりと動いた。

「金貨?」

老人がうなずく。

「たっぷりとな」


翌日の夜。

トルヴェールは海辺の断崖に立っていた。

荒波が岩を砕く音が聞こえる。

月明かりの向こうには一つの廃城。

噂の亡霊城だ。


崩れた塔。

欠けた城壁。

黒く口を開く窓。

どう考えてもまともな場所ではない。


だが。

「金貨か……」

空腹は勇気の代用品になる。

トルヴェールは門をくぐった。


その瞬間。

どこからともなく青白い光が城を包んだ。


崩れた壁が再生する。

砕けた窓が戻る。

朽ちた旗が翻る。

無数の灯火が灯った。

廃墟が壮麗な王城へ変わっていく。


トルヴェールは呆然とした。


やがて扉が開く。

大広間には数百人の騎士が集っていた。

ただし全員半透明だった。

亡霊である。


「語り部だ!」

誰かが叫んだ。

「語り部が来たぞ!」

「宴だ!」

「酒を持て!」

大歓声が上がる。


亡霊に歓迎されるという経験は人生で初めてだった。


玉座から王が立ち上がる。

青白い王冠を戴いた壮年の男だ。

威厳がある。

だが目は少年のように輝いていた。


「語り部よ」

低い声が響く。

「どのような物語を持ってきた」

「えっと……竜退治の話とか」

王は拳を握った。

「よし!」

騎士たちがどっと沸く。

「好きなやつだ!」


その夜。

トルヴェールは力いっぱい語った。


竜と戦う英雄。

魔女の呪い。

海賊王の財宝。

空飛ぶ船。


騎士たちは笑った。

泣いた。

拍手喝采した。


そして夜明け。

王は金貨袋を差し出した。

「報酬だ」

重かった。

中を覗く。

本物の金貨だった。

しかも大量に。

「いいんですか!?」

「契約だからな」

王は当然のように答える。

「物語には対価を払う」


それからトルヴェールは毎晩城へ通った。

物語を語る。

金貨を受け取る。

また物語を語る。

また金貨を受け取る。


やがて彼は港町でも名の知られた吟遊詩人になった。

立派な服を買った。

美味い食事を楽しんだ。

小さな屋敷まで手に入れた。


だが夜になると自然に海辺へ足が向いていた。

金貨のためだけではない。

あの亡霊たちに会うためだった。


王は英雄譚より平和な話を好んだ。

騎士団長ガレンは恋愛物語になると妙に真面目な顔になる。

老魔導師ベルドは伏線を見抜く天才だった。


そして王女アリア。

十二歳ほどの少女だ。

いつも最前列に座っている。

「続きまだ?」

「まだ始まってないよ」

「じゃあ前回のあらすじ」

「どれだけ好きなんだ」

「好きだよ」

即答だった。


そんな日々が数か月続いた頃。

トルヴェールは違和感を覚えた。

王座のそばの騎士の姿が、以前より薄い。

向こうの壁が少し透けて見えている。


物語が終わった後、尋ねた。

「なんだか前より薄くなってません?」

騎士は自分の腕を見る。

「ああ」

穏やかに答えた。

「そういう時期らしい」


数日後。

今度は一人ではなかった。

騎士全員が薄くなっている。


王も。

ベルドも。

ガレンも。

アリアも。

以前より輪郭が曖昧だった。

霧の中に立っているように見える。

「病気ですか?」

トルヴェールが尋ねる。

ベルドが笑った。

「死者だからの」

「それは分かりますけど」

「忘却じゃよ」

老人は静かに答える。

「世界が我らを忘れていく」

その日から変化は止まらなかった。



一週間後。

鎧の細かな傷が見えなくなる。


二週間後。

顔立ちがぼやける。


三週間後。

城の柱まで薄れ始める。


一か月後には、すべてが霞のようだった。

まるで夢が目覚める直前のように。


だが宴は続く。

王は笑う。

騎士たちは杯を掲げる。

ベルドは伏線を論じる。

ガレンは恋愛話に動揺する。

アリアは物語をねだる。


誰も終わりを口にしない。

だからこそ悲しかった。


ある夜。

アリアがぽつりと言った。

「今日のお話、長くして」

「どうしたの?」

少女は少しうつむく。

その姿は蝋燭の火のように揺らいでいた。

「聞いてる間は忘れなくて済む気がするから」

トルヴェールは返事ができなかった。

いつしか。

トルヴェールが求めているのは金貨ではなくなっていた。

気になるのは亡霊たちのことだ。


なぜこの国は滅びたのか。

なぜ亡霊として残ったのか。

なぜ消えようとしているのか。

何も知らない。


宴の後。

トルヴェールは王に願い出た。

「あなたたちの話を聞かせてください」

広間が静まり返る。


騎士たちが動きを止める。

アリアが目を丸くした。

王はしばらく黙っていた。

やがて口を開く。

「それは高いぞ」

「いくらです?」

王は首を振った。

「金貨では買えぬ」



翌夜。

王が答えを持ってきた。

「我らの歴史を知るなら対価が必要だ」

「何を払えばいいのです?」

王は静かに言った。

「お前の見ている景色すべてだ」

トルヴェールは息を呑む。

「目を?」

「ああ」

「両方?」

「ああ」

簡潔だった。


アリアが立ち上がる。

「やめた方がいい!」

珍しく強い声だった。

「こんなの変だよ!」

「アリア」

「お父様だってそう思うでしょ!?」

王は何も答えない。

ただトルヴェールを見ている。

選ぶのはお前だ。

そういう目だった。


その夜。

トルヴェールは眠れなかった。


屋敷がある。

金貨がある。

未来がある。

視力を失う必要などない。

普通なら断る。

当たり前だ。


だが。

薄れていく城が頭から離れなかった。


王の笑顔。

ガレンの豪快な声。

ベルドの講釈。

アリアの笑顔。


放っておけば消えてしまう。

誰にも知られず。

誰にも語られず。

まるで存在しなかったかのように。

それが嫌だった。


翌夜。

トルヴェールは王座の前に立った。

「払います」

アリアが飛び上がる。

「馬鹿!」

「よく言われる」

「ほんと馬鹿!」

今にも泣きそうだった。


トルヴェールは笑う。

そして言った。

「みんなの話を聞きたいんだ」


それから七夜。

亡霊たちは語った。


滅びた王国の歴史。

侵略戦争。

裏切り。

最後の城門を守った兵士。

王妃との約束。

名も残らなかった英雄たち。

王の後悔。

アリアが最後まで城に残ろうとした理由。


すべてを。


トルヴェールは一言も聞き逃すまいと耳を傾けた。

夜を重ねるごとに亡霊たちはさらに薄くなる。

王の輪郭は月光の霞になる。

騎士たちは影になる。

城そのものが夢のように揺らぐ。

アリアは灯火のようだった。

それでも最後まで語り続けた。

忘れられないために。

誰かに覚えていてもらうために。


七日目の夜明け。


物語は終わった。

大広間は静まり返っている。

王が立ち上がる。

輪郭はほとんど残っていない。

「契約だ」

王は手を差し出した。

騎士の握手だった。

トルヴェールも応じる。


その瞬間。

光が世界を飲み込んだ。

海の音が聞こえる。

風が頬を撫でる。

潮の香りがする。


だが。

何も見えない。

空も。

海も。

朝日も。

亡霊城も。

何も。

失ったのだ。

契約通りに。

視力を。


不思議と後悔はなかった。

胸の中には王国の歴史が残っている。


王の声。

ガレンの笑い声。

ベルドの語り。

アリアの泣き顔。

全部覚えている。

それだけで十分だった。



数年後。

盲目の吟遊詩人トルヴェールの名は王国中に知れ渡った。


彼の語る物語は鮮やかだった。

まるで実際に見てきたかのように。

人々は驚く。

なぜ見えないのにそこまで語れるのかと。


そのたびにトルヴェールは笑った。

「高い買い物だったからね」


さらに年月が流れた。

老いたトルヴェールに弟子が尋ねる。

「先生」

「なんだい」

「目と引き換えにした価値はありましたか」

トルヴェールは少し考えた。

そして静かに頷く。

「あったよ」


窓の外は見えない。

もう二度と。

だが彼の記憶には今も残っている。


月夜の城。

笑う亡霊たち。

物語をねだる王女。


そして少しずつ輪郭を失いながら、それでも最後まで語り続けた人々の姿が。

「金貨なんて使えばなくなる」

弟子は黙って聞いている。

「でも物語は残る」

しばらく沈黙した後、トルヴェールは穏やかに続けた。

「だからあれは、人生で一番得をした取引だった」


そう言って。

盲目の吟遊詩人トルヴェールは静かに笑うのだった。



おしまい。

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題材を杜子春にしようかと思ったら、仙人が魔法使いになっただけになったので諦めました。

今回も元ネタがあるものなので、替え歌作るみたいな感覚で書いてます。

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5分程度で読める短編ばかり書いています。 もしよければ以前の作品も読んでみてください。

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