金貨目当てで通った亡霊城の宴が、いつしか僕の帰る場所になっていた
【第28作目】元ネタ「耳なし芳一」を西洋風異世界に脳内変化(魔改造?)させたものを作ってみました。投下!! 流血は出てきませんよ。
-----------
港町メルブの石橋の上で、トルヴェールは空を見上げていた。
見上げていた、と言っても別に感傷に浸っていたわけではない。
腹が減っていたのである。
朝から何も食べていない。
昨日の夕食も食べていない。
その前の夕食を食べた記憶も怪しかった。
「吟遊詩人って、もっと華やかな職業だと思ってたんだけどな……」
トルヴェールはため息をついた。
立派なリュートを抱え、各地を巡り、美しい物語を歌う。
人々は彼に酒を奢り、宿を提供し、名声は自然とついてくる。
そんな未来を夢見ていた。
現実は安酒場での演奏だ。
酔っ払いは歌を聞かない。
酔っ払い同士で怒鳴り合う。
演奏が終わって投げ込まれるのは銅貨が数枚。
それだけだった。
その日も仕事を探して酒場を巡っていると、老人たちの会話が耳に入った。
「亡霊城だよ」
老船乗りが酒をあおる。
「海沿いの断崖の上にある古城さ」
「またその話か」
「夜になると亡霊騎士どもが宴を開く」
周囲から笑い声が上がる。
だが老人は構わず続けた。
「そして物語を語る者には金貨を払う」
トルヴェールの耳がぴくりと動いた。
「金貨?」
老人がうなずく。
「たっぷりとな」
翌日の夜。
トルヴェールは海辺の断崖に立っていた。
荒波が岩を砕く音が聞こえる。
月明かりの向こうには一つの廃城。
噂の亡霊城だ。
崩れた塔。
欠けた城壁。
黒く口を開く窓。
どう考えてもまともな場所ではない。
だが。
「金貨か……」
空腹は勇気の代用品になる。
トルヴェールは門をくぐった。
その瞬間。
どこからともなく青白い光が城を包んだ。
崩れた壁が再生する。
砕けた窓が戻る。
朽ちた旗が翻る。
無数の灯火が灯った。
廃墟が壮麗な王城へ変わっていく。
トルヴェールは呆然とした。
やがて扉が開く。
大広間には数百人の騎士が集っていた。
ただし全員半透明だった。
亡霊である。
「語り部だ!」
誰かが叫んだ。
「語り部が来たぞ!」
「宴だ!」
「酒を持て!」
大歓声が上がる。
亡霊に歓迎されるという経験は人生で初めてだった。
玉座から王が立ち上がる。
青白い王冠を戴いた壮年の男だ。
威厳がある。
だが目は少年のように輝いていた。
「語り部よ」
低い声が響く。
「どのような物語を持ってきた」
「えっと……竜退治の話とか」
王は拳を握った。
「よし!」
騎士たちがどっと沸く。
「好きなやつだ!」
その夜。
トルヴェールは力いっぱい語った。
竜と戦う英雄。
魔女の呪い。
海賊王の財宝。
空飛ぶ船。
騎士たちは笑った。
泣いた。
拍手喝采した。
そして夜明け。
王は金貨袋を差し出した。
「報酬だ」
重かった。
中を覗く。
本物の金貨だった。
しかも大量に。
「いいんですか!?」
「契約だからな」
王は当然のように答える。
「物語には対価を払う」
それからトルヴェールは毎晩城へ通った。
物語を語る。
金貨を受け取る。
また物語を語る。
また金貨を受け取る。
やがて彼は港町でも名の知られた吟遊詩人になった。
立派な服を買った。
美味い食事を楽しんだ。
小さな屋敷まで手に入れた。
だが夜になると自然に海辺へ足が向いていた。
金貨のためだけではない。
あの亡霊たちに会うためだった。
王は英雄譚より平和な話を好んだ。
騎士団長ガレンは恋愛物語になると妙に真面目な顔になる。
老魔導師ベルドは伏線を見抜く天才だった。
そして王女アリア。
十二歳ほどの少女だ。
いつも最前列に座っている。
「続きまだ?」
「まだ始まってないよ」
「じゃあ前回のあらすじ」
「どれだけ好きなんだ」
「好きだよ」
即答だった。
そんな日々が数か月続いた頃。
トルヴェールは違和感を覚えた。
王座のそばの騎士の姿が、以前より薄い。
向こうの壁が少し透けて見えている。
物語が終わった後、尋ねた。
「なんだか前より薄くなってません?」
騎士は自分の腕を見る。
「ああ」
穏やかに答えた。
「そういう時期らしい」
数日後。
今度は一人ではなかった。
騎士全員が薄くなっている。
王も。
ベルドも。
ガレンも。
アリアも。
以前より輪郭が曖昧だった。
霧の中に立っているように見える。
「病気ですか?」
トルヴェールが尋ねる。
ベルドが笑った。
「死者だからの」
「それは分かりますけど」
「忘却じゃよ」
老人は静かに答える。
「世界が我らを忘れていく」
その日から変化は止まらなかった。
一週間後。
鎧の細かな傷が見えなくなる。
二週間後。
顔立ちがぼやける。
三週間後。
城の柱まで薄れ始める。
一か月後には、すべてが霞のようだった。
まるで夢が目覚める直前のように。
だが宴は続く。
王は笑う。
騎士たちは杯を掲げる。
ベルドは伏線を論じる。
ガレンは恋愛話に動揺する。
アリアは物語をねだる。
誰も終わりを口にしない。
だからこそ悲しかった。
ある夜。
アリアがぽつりと言った。
「今日のお話、長くして」
「どうしたの?」
少女は少しうつむく。
その姿は蝋燭の火のように揺らいでいた。
「聞いてる間は忘れなくて済む気がするから」
トルヴェールは返事ができなかった。
いつしか。
トルヴェールが求めているのは金貨ではなくなっていた。
気になるのは亡霊たちのことだ。
なぜこの国は滅びたのか。
なぜ亡霊として残ったのか。
なぜ消えようとしているのか。
何も知らない。
宴の後。
トルヴェールは王に願い出た。
「あなたたちの話を聞かせてください」
広間が静まり返る。
騎士たちが動きを止める。
アリアが目を丸くした。
王はしばらく黙っていた。
やがて口を開く。
「それは高いぞ」
「いくらです?」
王は首を振った。
「金貨では買えぬ」
翌夜。
王が答えを持ってきた。
「我らの歴史を知るなら対価が必要だ」
「何を払えばいいのです?」
王は静かに言った。
「お前の見ている景色すべてだ」
トルヴェールは息を呑む。
「目を?」
「ああ」
「両方?」
「ああ」
簡潔だった。
アリアが立ち上がる。
「やめた方がいい!」
珍しく強い声だった。
「こんなの変だよ!」
「アリア」
「お父様だってそう思うでしょ!?」
王は何も答えない。
ただトルヴェールを見ている。
選ぶのはお前だ。
そういう目だった。
その夜。
トルヴェールは眠れなかった。
屋敷がある。
金貨がある。
未来がある。
視力を失う必要などない。
普通なら断る。
当たり前だ。
だが。
薄れていく城が頭から離れなかった。
王の笑顔。
ガレンの豪快な声。
ベルドの講釈。
アリアの笑顔。
放っておけば消えてしまう。
誰にも知られず。
誰にも語られず。
まるで存在しなかったかのように。
それが嫌だった。
翌夜。
トルヴェールは王座の前に立った。
「払います」
アリアが飛び上がる。
「馬鹿!」
「よく言われる」
「ほんと馬鹿!」
今にも泣きそうだった。
トルヴェールは笑う。
そして言った。
「みんなの話を聞きたいんだ」
それから七夜。
亡霊たちは語った。
滅びた王国の歴史。
侵略戦争。
裏切り。
最後の城門を守った兵士。
王妃との約束。
名も残らなかった英雄たち。
王の後悔。
アリアが最後まで城に残ろうとした理由。
すべてを。
トルヴェールは一言も聞き逃すまいと耳を傾けた。
夜を重ねるごとに亡霊たちはさらに薄くなる。
王の輪郭は月光の霞になる。
騎士たちは影になる。
城そのものが夢のように揺らぐ。
アリアは灯火のようだった。
それでも最後まで語り続けた。
忘れられないために。
誰かに覚えていてもらうために。
七日目の夜明け。
物語は終わった。
大広間は静まり返っている。
王が立ち上がる。
輪郭はほとんど残っていない。
「契約だ」
王は手を差し出した。
騎士の握手だった。
トルヴェールも応じる。
その瞬間。
光が世界を飲み込んだ。
海の音が聞こえる。
風が頬を撫でる。
潮の香りがする。
だが。
何も見えない。
空も。
海も。
朝日も。
亡霊城も。
何も。
失ったのだ。
契約通りに。
視力を。
不思議と後悔はなかった。
胸の中には王国の歴史が残っている。
王の声。
ガレンの笑い声。
ベルドの語り。
アリアの泣き顔。
全部覚えている。
それだけで十分だった。
数年後。
盲目の吟遊詩人トルヴェールの名は王国中に知れ渡った。
彼の語る物語は鮮やかだった。
まるで実際に見てきたかのように。
人々は驚く。
なぜ見えないのにそこまで語れるのかと。
そのたびにトルヴェールは笑った。
「高い買い物だったからね」
さらに年月が流れた。
老いたトルヴェールに弟子が尋ねる。
「先生」
「なんだい」
「目と引き換えにした価値はありましたか」
トルヴェールは少し考えた。
そして静かに頷く。
「あったよ」
窓の外は見えない。
もう二度と。
だが彼の記憶には今も残っている。
月夜の城。
笑う亡霊たち。
物語をねだる王女。
そして少しずつ輪郭を失いながら、それでも最後まで語り続けた人々の姿が。
「金貨なんて使えばなくなる」
弟子は黙って聞いている。
「でも物語は残る」
しばらく沈黙した後、トルヴェールは穏やかに続けた。
「だからあれは、人生で一番得をした取引だった」
そう言って。
盲目の吟遊詩人トルヴェールは静かに笑うのだった。
おしまい。
------------
題材を杜子春にしようかと思ったら、仙人が魔法使いになっただけになったので諦めました。
今回も元ネタがあるものなので、替え歌作るみたいな感覚で書いてます。
------------
5分程度で読める短編ばかり書いています。 もしよければ以前の作品も読んでみてください。




