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地球温暖化を防ぐために。豪雨災害で死んだ青年はタイムリープを繰り返す  作者: nosiya
第3部:そして「カワイイ」エゴで世界は…
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第28話 見えない毒の誘惑

『――カウンター・トレース、敵の移動軌跡を検知。

 時系列:一九六〇年代中期。目的地:アメリカ合衆国・オハイオ州化学工業コンビナート』


 一九六〇年代初頭の、リサイクル不可能な複合プラスチック香水瓶の歪な輝きが、青と赤のノイズの中にほどけていく。


 時空を渡る激しい重力のうねりのあと、僕が降り立ったのは、低く唸る蒸気パイプの重低音と、鼻を刺す強烈な石油系界面活性剤の臭いが立ち込める、大手化学メーカーの極秘研究棟だった。

「一九六〇年代中期……。石油化学工業が世界を急速に塗り替え始めた、最も危険な分岐点だ」


 実験室の奥では、白衣を着た若き研究チームと、眼鏡をかけた初老のチーフ技術者が、顕微鏡と環境アセスメント報告書を前に激しい議論を戦わせていた。彼らは、僕が先人たちと共に敷いた厳しい「有害化学物質規制法」の檻の中で、もがいていたのだ。


「チーフ、この原油精錬の副産物から生まれた『アルキルベンゼンスルホン酸塩(ABS)』ベースの液体洗剤なら、従来の天然石鹸の十倍の洗浄力を発揮します! 油汚れも一瞬で落ちる。ですが……」

 若手研究員が、濁った試験管を指差した。


「水生生物への毒性が強すぎる。自然界の微生物ではこの分子構造を分解できません。川に流せば、水系全体の酸素濃度が死に至るレベルまで低下します。環境法の審査を通すなど、絶対に不可能です!」


 チーフは深く頭を抱え、アセスメントの赤い却下スタンプを見つめていた。

「分かっている。だが、営業部からは『天然石鹸の洗浄力の低さに大衆は不満を抱いている。洗浄性の強い洗剤を作らなければ他社に負ける』と突き上げられているんだ。だが、毒性を隠蔽してラインを動かすなど、技術者としての倫理が許さん……!」


 利益と倫理の狭間で、彼らの心は限界まで摩耗していた。原油から次々と新しい化学物質が絞り出され、大衆の物欲が最も過熱するタイミング。インフラと人間の心が脆くなったその隙間へ、ステルス・モードを纏ったもあ(@moa_star)が冷酷に舞い降りた。


「ドラッグストアの棚が天然石鹸のせいで真っ白とか、全然映えないし超つまんない! お洗濯の時くらい高級香水の匂いが広がる、ピンクやブルーのド派手な液体洗剤が使いたい! 泡立ちももっとモコモコにしてよ!」


 もあが無邪気に笑いながら極彩色のデバイスをタップした瞬間、実験室の閉ざされた空間に、ネオンパープルの無数の「いいね!」のハートマークと、フォロワーたちの狂熱的な歓声のノイズが濁流のように溢れかえった。

『――欲望汚染(エゴ・インフェクション)を開始。技術倫理の書き換え』


 眩いハートの群れが技術者たちの頭脳へ吸い込まれると、彼らの瞳の奥に狂ったようなピンクの光が灯る。脳内で爆発するドパミンの嵐。もあは彼らの耳元で、ルールを破る恐怖を「イノベーションの快感」へとすり替える甘い毒を囁いた。


「環境なんて小難しいルールに縛られて、自分たちの最高の発明を殺していいの? この洗剤がローンチされれば、世界中の主婦があなたたちを天才と称えるわ! 法律なんて窮屈な檻よ。検査データをちょっと書き換えるだけで、あなたたちは時代の最先端になれるの!」


「……そうだ。私たちは、規制という鎖に縛られすぎていた。この発色の鮮やかさ、この豊かな泡立ちこそが、大衆が求めている豊かさだ!」


 チーフ技術者の理性がツールの放つ称賛の幻覚の前に弾け飛んだ瞬間、研究棟の金庫に保管されていた『環境適合アセスメント審査合格証(紙の公式証明書)』の文字が歪に歪んだ。水生生物への猛毒性を示す検査項目の赤い文字が物理的に消失し、代わりに最初から「ABS液体洗剤の排水は問題ない」という、完璧にクリーンな検査結果の記述へとインクが変形した。こうして、技術者としての誇りを売り払った大人たちの手によって、禁止されていたはずの合成洗剤の製造プラントが何一つ法に触れることなく一斉に稼働を始めた。


「すごーい、棚が一気にカラフルになった! やっぱりカワイイと便利が一番ハッピーだよね!」

もあは、完成したばかりの毒々しくも鮮やかな洗剤ボトルを手に自撮りを繰り返し、大喜びで次のリープの座標へと消えていった。


――だが、彼女が華やかに消費して去っていった世界の「裏側」で。

僕はただ、歴史の観測者として、人間の欲望が引き起こす本当の地獄を見せつけられ、激しく頭を抱えるしかなかった。


「……あ……ああ……!」

喉の奥から、絶望の呻きが漏れ出る。

家庭の洗濯機から流れ出た、自然界で決して分解されない合成界面活性剤が、世界中の河川へ津波のように流れ込んでいた。


僕の目の前の川は、ピンクやブルーの『化学合成の極彩色の泡』に完全に埋め尽くされ、異臭を放ちながらドロドロと流れていた。泡によって酸素を遮断された魚たちが、文字通り数百万匹単位で腹を白くして浮き上がり、死の川と化した水面を虹色の油膜が覆っていく。


そして、巨大なコンビナートの煙突からは、大衆の物欲を満たすため、天文学的な量の温室効果ガス(CO2)が大気へ噴出し始めていた。

「やめろ……みんな、目を覚ましてくれ……! 綺麗な香りの裏で、海が、川が死んでいくんだぞ……!」


どれだけ正しい法を敷いても、人間は「彩りと香り」という目の前の快感の前には、これほど簡単に良識を売り払ってしまうのか。目に見えない化学の毒の恐怖(第17話)を伝えても、人は今の「ときめき」を優先してしまう。


「僕の作った世界は……全部、ただの自己満足だったのか……?」

極彩色の泡に埋め尽くされた死の川の岸辺で、僕は完全にアイデンティティを打ち砕かれ、ただ激しく頭を抱えて、底知れない無力感の中に膝を屈するしかなかった。


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【28話の解説】

一九六〇年代:合成洗剤の爆発的普及と「泡公害」


現実の歴史:

 20世紀半ば、石油化学の発展により、従来の天然石鹸に代わる「中性合成洗剤(低級ABS等)」が誕生しました 。これは油汚れを劇的に落とす利便性を持つ一方で、当時の技術では「自然界の微生物が分子構造を分解できない」という致命的な欠陥を抱えていました。

  結果として、家庭から排出された合成洗剤の泡は処理しきれずにそのまま河川へ津波のように流れ込み、川一面を真っ白な(作中では極彩色の)巨大な泡の山が覆い尽くすという、深刻な社会問題(公害)を引き起こしました。泡は水面を覆って酸素を遮断し、魚類をはじめとする水生生態系に致命的な壊滅をもたらしたのです。


「彩りと香り」という大衆の物欲を突いた逆改変:

 蓮くんが敷いたクリーンな世界は、地球にとっては完璧でしたが、消費を愛する大衆にとっては「棚に並ぶのは無色無臭の地味な天然石鹸だけ」という退屈な世界でもありました。

 もあ(@moa_star)は「お洗濯の時くらい華やかな香りでワクワクしたい」という大衆のピュアな物欲をツールの力で爆発させ、技術者の倫理を内側から買収しました。目に見えない化学の毒を前に、人間がいとも簡単に「彩りと香り」という目の前の快感に負けていく光景は、蓮くんにとって自身の理想を根底から揺るがされる絶望となります。


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【第28話:設定・パラメーター】

現在の環境・人間性改善率(もあの改変第三波):

• 【環境負荷:+28%(リサイクル不能樹脂の蓄積に加え、自然分解されない合成界面活性剤の流出、河川の泡公害の多発により天文学的に悪化)/ 人間の所有欲:100%(限界突破)】


歴史の書き換え内容(環境適合アセスメント法の破却と合成洗剤の定着):

• もあ(@moa_star)が、アメリカ・オハイオ州の大手化学メーカーの極極秘研究棟へ潜入。「地味な天然石鹸は退屈、もっと華やかな香りと発色が欲しい」という大衆のピュアな物欲を突き、利益と技術者倫理の狭間で苦悩していたチーフ技術者および若き研究チームへ「欲望汚染(エゴ・インフェクション)」を発動。


• 自然界の微生物では分子構造を分解できず、水生生物に致命的な毒性を持つ『アルキルベンゼンスルホン酸塩(ABS)』ベースの液体洗剤の製造プラントを一何一つ法に触れることなく一斉にフル稼働へと暴走させた。


• デバイスの力で、金庫に保管されていた公的文書『環境適合アセスメント審査合格証』の文字そのものを変形させ、水生生物への猛毒性を示す検査項目の赤い文字を物理的に消失。最初から完璧にクリーンな検査結果であったかのように、過去の公的記録そのものを歴史ごと物理的に遡って書き換えた。


時任蓮のシステム制約と精神的磨耗:

• 引き続き「手出しのできない歴史の観測者」として制限されているため、目の前で家庭の洗濯機から流れ出た合成界面活性剤が世界中の河川を極彩色の泡で埋め尽くし、数百万匹の魚類を壊滅させていく「死の川の地獄」をただ見つめることしかできない。目に見えない化学の毒を前に、人間がいとも簡単に目の前の快感(彩りと香り)に負けていく光景を前に、自身の歩んできたサステナブルの理想を全否定され、底知れない無力感の中でアイデンティティを完全に打ち砕かれる。



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