第19話 巡る硝子
『――第七評価ポイントクリア。時系列:一九二〇年代。目的地:アメリカ合衆国・オハイオ州トレド』
一九一二年の清浄な研究所の空気が、青い光の粒子の中に優しく溶けて消える。
時空を渡る心地よい浮遊感のあと、僕が降り立ったのは、ガシャン、ガシャンと規則正しい金属音が響く、巨大なガラス工場の内部だった。
「……ここが、一九二〇年代のアメリカ」
見上げた工場の窓からは、水力長距離送電によってもたらされた、煤煙一つない清浄な青空が見えていた。
しかし、僕の目の前にある製造ラインでは、深刻な問題が発生していた。
ラインを流れるのは、無数のガラス瓶だ。だが、その形状はバラバラだった。四角い瓶、細長い瓶、複雑な装飾のついた瓶。それらを運ぶ労働者たちは、重い木箱を抱えて汗だくになり、床には運搬中に割れたガラスの破片が散乱していた。
『現在地:一九二四年。
状況:石油採掘制限によりプラスチック(合成樹脂)の原材料コストが高騰。人類は「使い捨て容器」の文化に進めず、ガラス瓶が流通の主役であり続けています。しかし、自動製瓶機の発明家マイケル・オーエンズの元で、ガラスの『重さ』と、メーカーごとに形状が異なることによる『回収・洗浄・輸送のコストの肥大化』が物流の限界を迎えています。このままでは、利便性を求める資本家たちが環境法を破り、無理やり安価な使い捨て缶や合成容器の開発へと暴走し始めます』
デバイスの画面に浮かび上がる、黄色い警告。
いくらプラスチックが高価でも、「瓶が重くて扱いが大変すぎる」という現実の不便さを放置すれば、人間の強欲はいつか必ず別の使い捨て素材を生み出し、ゴミの山を作ってしまう。リサイクルの良識を定着させるには、性善説に基づく理想論ではなく、「洗って使い回す方が、最も軽くて、最も安上がりだ」という完璧な仕組みを市場に与える必要があった。
(重くて大変なら、軽くて壊れないガラスを作ればいい。そして、世界中の瓶の『形』を一つに統一するんだ)
僕はステルス・モードの光をまとい、設計図の山を前に頭を抱えていたマイケル・オーエンズと、全米流通業者の幹部たちが集まる会議室へと足を踏み入れた。
「ガラスは重すぎる! 運賃だけで利益が吹き飛ぶぞ! 回収した瓶を洗うのにも、形が違いすぎて専用の機械が作れん。これなら、いっそ使い捨てられる錫の缶を開発した方がマシだ!」
「だが、炭素税のせいで金属の精錬コストも上がっている。どうすればいいんだ……!」
怒号の飛び交うテーブルの真ん中に、僕は静かに歩み寄った。
僕はデバイスをかざし、オーエンズの自動製瓶機のデータ、そして世界共通の物流規格へと、未来の調和の数式を滑り込ませた。
僕が仕掛けたハッキングは、三つのドミノだった。
一つ目は、『薄肉・超高強度ガラス(チタン・シリカ混晶ガラス)』の製造ヒントだ。
今後開発される断熱ボイラー、および湿式集塵機で培われる高度な金属・ガラスの分子制御技術を応用し、ガラスの冷却速度を均一化することで、「従来の三分の一の薄さと軽さでありながら、アスファルトに落としても割れない数倍の強度を持つ魔法のガラス瓶」の製法をオーエンズの脳内に閃かせた。
二つ目は、『世界共通規格』の法制化だ。
コーラも、牛乳も、ビールも、薬品も、世界中のすべての液体容器の形状を、わずか五パターンの「寸胴型の共通デザイン」に強制統一させた。形が同じであれば、回収された瓶はメーカーの垣根を越えて一つの巨大な自動洗浄機に通すだけで、毎分何万本という単位で瞬時に殺菌・再利用できるようになる。
そして三つ目は、現代でも馴染み深い『国際デポジット(預託金)制度』の導入だ。
すべての瓶に一律の預託金を上乗せし、空き瓶をどこの店に返しても、小銭が返ってくる仕組みを法律で定めた。石油が高価なこの世界では、一から容器を作るよりも、この軽量ボトルを回収して自動洗浄機に回す方が、企業にとっても消費者にとっても「圧倒的に安く、利益が出る」という完璧な逆転現象が起きたのだ。
◇
「……信じられん。瓶を洗って使い回すだけで、我が社の流通コストが十分の一に跳ね下がったぞ!」
「形が同じだから、どこの街の洗浄インフラでもそのまま使える。重さも木箱より軽い!」
数年後、世界中の店頭から「使い捨て」という言葉が完全に死語となった。
割れず、軽く、美しい、世界共通の「巡る硝子」が、都市の血管(物流網)を滑らかに流れていく。
子供たちは街中で空き瓶を拾っては小銭に変え、企業のトラックは空の共通ボトルを効率よく回収し、一滴の資源も無駄にすることなく、社会全体が美しく循環していた。
――だが、僕は見逃さなかった。
完璧なリターナブル社会を回す共通ボトルの表面に貼られた、各メーカーの「紙のラベル」を。
そこには、他社を出し抜いて自社の商品を少しでも多く売ろうとする、デザイナーたちの執念とも言える、あまりにも色鮮やかで過剰な装飾の意匠が、狂おしいほどにひしめき合っていたのだ。
形を縛られた人間の『所有欲』と『独占欲』は、今度はラベルという平面の領域で、限界まで膨張しようとしている。
今は、この5つの規格で世界を閉じ込められている。だけど、もしこの法の檻が少しでも緩めば……奴らはすぐにでも、この美しい硝子の宇宙を粉々に砕いて、自分たちだけの歪な使い捨て容器を作り始めるだろう。
人間の「エゴ」の底知れない執念。その不気味な予兆を胸のどこかに感じながら、僕は次なる歴史の結び目へと、時空を渡っていった。
『――環境改変率上昇。世界全域におけるリターナブル循環経済の完全定着を確認。
現在の環境・人間性改善率:【環境負荷:−55% / 資源循環率:+40%】
これより、連鎖する次の歴史転換点へ、連続跳躍します。目的地:一九三〇年代・フランス』
―――――――――――――――――――――
【作中の背景となった「自動製瓶機」と「マーケティング」について】
マイケル・オーエンズ(1859年 - 1923年)とリターナブル瓶の史実
・現実の歴史:
アメリカの発明家マイケル・オーエンズが1903年に完成させた「自動製瓶機」により、ガラス瓶の爆発的な大量生産が可能になりました。当時はガラス瓶そのものが貴重だったため、洗って何度も再利用する「リターナブル瓶」の循環経済が当たり前の倫理でした。しかし20世紀半ば、原油の乱掘によって石油の価格がタダ同然に暴落すると、軽くて割れない「使い捨てができるプラスチック、ペットボトル」が登場し、この美しいリユースの仕組みは破壊されてしまいました。
「差別化」という、エコを破壊する最大の敵
・現実の現代においてリユースやリサイクルを最も困難にしている原因の一つが、各メーカーの「他商品との差別化」の欲望です。独自の形、美しい色、派手なデザインの容器は消費者の目を引きますが、その多様性こそが回収・洗浄の標準化(オートメーション化)を不可能にしています。
・作中の蓮くんは、「規格統一」と「軽量高強度の物理」で使い捨てプラスチックの未来を未然に消滅させましたが、同時に「それでも形を変えて噴出しようとする人間の所有欲(紙ラベルの過剰な装飾)」を目の当たりにします。この商業主義とエゴの萌芽にどう対抗していくのか、本作の先の展開でまた取り上げます。
―――――――――――――――――――――
【設定:第18話における軽量規格ボトル】
・ガラスの弱点解決
1920年代の技術で実現可能な「薄肉・超高強度ガラス」と「ユニバーサル・ボトル(5パターンの共通デザイン)」による自動洗浄のオートメーション化、さらに「デポジット制度」によって完璧な循環経済を定着させました。
しかし、企業側の「他社と差別化して利益を独占したい」というエゴは消滅していません。現在は規制法によって「紙ラベルの過剰な豪華さ」だけで競っていますが、この所有欲・独占欲の膨張は、このボトル規格法を歴史の裏からロビー活動で骨抜きにし、一気に「多種多様なプラスチックボトル・使い捨て社会」へと歴史を爆発的に巻き戻す、決定的な攻撃ポイントとなる懸念を残しています。




