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第11話 高効率熱力学

 すべての歴史の最初の暗闇から引きずり上げられ、僕は再び一七七〇年代のバーミンガムの地にいた。

 僕は自分の意志で、マスター権限を奪還した青いデバイスを操作した。ジェームズ・ワットが出願する特許の有効期限を大幅に短縮し、同時に「排熱と煤煙の抑制」を開発の必須条件として組み込む。人間の知性と節度を信じた、僕の最初の小さな、だけど決定的な干渉。


 書類の書き換えが完了し、ワットの研究所の未来が静かに、クリーンな方向へと上書きされた瞬間、デバイスの画面に新たな文字列が滑らかにスクロールした。


『――第一評価ポイント(ワットの特許修正)クリア。環境負荷改善率:+2%。しかしまだ、この場所で環境負荷改善率を上昇させることができます。引き続き蒸気機関への干渉を行うことを推奨致します。』


◇


 数年後、またジェームズ・ワットは苦悩していた。

「ダメだ……。シリンダーを毎回冷やして蒸気を凝縮させるニューコメンの機関よりはマシだが、私の『分離凝縮器』を使っても、まだ熱効率が低すぎる。動かせば動かすほど、天文学的な量の石炭を浪費し、煙突からは周囲の村を窒息させるほどの黒煙が噴き出す……!」

 ワットは、自身の発明がもたらす圧倒的なエネルギー浪費と環境汚染の予兆に、技術者として不安を感じていた。効率を上げようにも、シリンダーの熱損失を防ぐ断熱のロジックが、この時代の科学水準ではまだ導き出せないのだ。


 ステルス・モードの僕は静かに彼へ近づき、青いデバイスを向けた。

 デバイスの画面に、未来の熱力学の数式が走る。

『――インスピレーションを展開。高効率熱力学のビジョンを対象の脳内へダイレクトに転送します』


 ワットの瞳が、激しく見開かれた。彼の脳内には、シリンダーを二重の蒸気で包み込んで熱を絶対に逃がさない「ジャケット構造」、大気への排熱を利用してボイラーへ送る水を事前に温める「エコマイザー(節炭器)」の完璧な設計図が、ダイレクトに吹き込まれていた。それは、このソーホー工場の最高の金属加工技術があれば、今すぐこの時代でも再現可能な技術の前倒しだった。


「これだ……! なぜ気づかなかった! 蒸気を『ただ凝縮させる』のではない。熱そのものを循環させ、一粒の石炭から引き出せる動力を極限まで高めるんだ!」

 狂熱に突き動かされたワットは、取り憑かれたようにペンを走らせ、図面を書き換えていった。


 数ヶ月後、世界初の『超高効率・省エネ型クリーン蒸気機関』が産声を上げた。

それは、従来の数分の一の石炭消費量で、十倍以上の出力を叩き出し、煙突からの黒煙を劇的に抑え込むという、時代の天井を突き破るイノベーションだった。


 さらに、僕が特許の有効期限を史実の二十五年から十年に短縮したことで、歴史は素晴らしい変化を見せていた。独占が崩れたことで、次世代の天才技術者――若きリチャード・トレビシックが早くも名乗りを上げ、ワットのクリーン機構をベースにした、さらに軽量で高出力な「高圧蒸気機関」の改良競争に早期参入してきたのだ。


 二人の天才の知性が化学反応を起こし、世界は驚くほどの速さで豊かになっていった。

 超高効率な蒸気機関は、従来の数分の一の石炭消費量で、十倍以上の出力を叩き出し、煙突からの黒煙を劇的に抑え込んだ。この安価でクリーンな動力が街に普及したことで、人々の暮らしは一変した。

 蒸気の力で大量の純綿の衣服が安く作られ、遠くの街から新鮮な食料が瞬時に運び込まれる。夜の街には煤煙で曇らない澄んだ空気が広がり、暖かな蒸気暖房が一般の家庭にまで行き渡る。豊かさを享受する人々の笑顔が、バーミンガムの街に溢れていた。


 デバイスの画面に、クリーンに書き換わっていく未来の環境改善率が緑色で表示される。

「やったぞ……! 技術を縛るのではない、競争させることで、石炭の無駄遣いを抑えながら人をこんなに豊かにできるんだ!」


 僕は確かな手応えに胸を張った。そして、この新しい動力の基盤をさらに強固なものにするため、僕は次の転換点へと視線を向けた。


『――環境改変率上昇。熱効率の劇的向上、および排熱抑制技術の定着を確認。

現在の環境・人間性改善率:【環境負荷:−10% / 自然への畏敬:+5%】

これより、連鎖する次の歴史転換点へ、連続跳躍します。目的地:一七八〇年代初頭、グレートブリテン王国・ウェールズ』


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【解説】

・蓮くんの良心が起こした、産業革命の可能性

 第10話で「僕はもう、誰も殺さない」と誓った蓮くんが、初めて人間の知性と節度を信じて起こした、記念すべきポジティブな過去改変を描きました。これまでのループでは、環境を汚す蒸気機関そのものを「爆破する」「ワットを消す」といった極論しか提示しなかったAIに対し、蓮くんの良心システムは「特許を適度に開放し、競争させることで技術をクリーンにする」という、極めて現実的かつサステナブルな最適解を導き出しました。


・リチャード・トレビシックの前倒し登場

 歴史ファン、蒸気機関ファンに思い入れがある、リチャード・トレビシックを前倒しして登場させました。史実のトレビシックは、ワットが特許の権利をガチガチに独占して「高圧蒸気機関は危険だ」と他者の開発を弾圧していたせいで、若き日には非常に苦労しました。しかし、本作では蓮くんが「特許期間を10年に縮めた」ことで、ワットとトレビシックが敵対するのではなく、お互いの技術(ワットのクリーン機構と、トレビシックの高出力高圧ロジック)を認め合い、切磋琢磨する「夢の天才競演」が1770年代末に実現しています。


・「煤煙のない豊かな18世紀」というディストピアへのアンチテーゼ

 安くて丈夫な綿織物の衣服、新鮮な食料の流通、そして煤煙で曇らない澄み切ったバーミンガムの空と暖かな蒸気暖房。技術の効率化を極限まで前倒ししたことで、大衆は「サステナブルでありながら、圧倒的に豊かになる」という最高の歴史を手に入れました。技術を悪として排除するのではなく、環境の枷をはめることで、人類を幸福にしながらCO2を減らせるという蓮くんの成功体験が描かれます。

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