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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか

病弱な従妹はオレがいないとダメなんだ  ~単純な解決~

作者: マンムート
掲載日:2026/06/01


 ああ、こんなところにいたくない。


 従妹が心配だ。心配でたまらない。


 オレがいないと、あいつは心細さで――



 オレの使用人が、すっと寄って来て。


「お嬢さまの加減が大変お悪いとのことです」


 と伝言を伝えて来る。


 オレは、テーブル向かいに座った婚約者に、いかにもすまなげな声を作って告げた。


「……すまないが、すぐ帰らなければならない」


「なにがあった?」


「従妹の具合が非常に悪いんだ……オレがついていてやらないと……」


 婚約者はあっさりと


「そうか、貴方の従妹は病弱だったな。それはいけないな」



 オレはこの女が嫌いだ。なにもかもが嫌いだ。


 オレはかなりの美男で、いろいろな女が放っておかない、ひどくわずらわしい。


 だが、そんなオレよりもこの女は美しい。


 しかも文武両道で、この女の婚約者だと、オレが霞む。



 従妹は病弱だ。


 色素の薄い銀の髪、ほそい手足、なにもかもがガラス細工のように華奢な美しい存在。


 5歳になるかならないかで両親を失い、我が家に引き取られた宝玉。


 守ってやりたくなる可憐な乙女だ。


 目の前の女とは全然ちがう。


 従妹はオレがいなければだめなのだ。


 オレは従妹に、あの可憐な乙女に、忠誠を誓った騎士なのだから。


 そのうち、この婚約者も、オレと従妹の絆に嫉妬し、オレの愛が手に入らないことに絶望し、自分から婚約解消を言い出すだろう。



「わかってくれてありがとう。この埋め合わせは必ず――」


 オレは、永遠に叶えるつもりのない約束を吐きながら、腰を浮かし――


「待て」


 そう言うと、婚約者は侍女を呼んで、なにごとか囁いた。


 侍女は、静かにうなずくと、去っていった。


「ひとつ聞きたいのだが、病弱というのは、なにが原因で病弱なのだ?」


「それは……安静にしていても一日に数回は、ひどく咳き込むんだ。体を海老みたいに折り曲げるほど、辛くひどい咳だ。特にオレがいないと、すぐ、不安で心細くなって、悪化して……いつにもましてひどくなるんだ。もういいだろう帰ってやらないと」



 背中をさすってやって、手を握ってやって。


 オレがついているから、大丈夫だと、囁いてやって。


 そうすると、医者の薬ではおさまらない咳が徐々に穏やかになり。


「お兄様……わたしお水が欲しいの……」


 オレはベッドサイドに置いてある水差しを、青ざめたくちびるにそっと押し当てて水を飲ませてやる。


「おいしい……お兄様ありがとうございます……」


 従妹はオレへの感謝で目を潤ませる……それのなんとうつくしことか。


 あのまなざしを向けられると、昂揚して、満たされる。



 オレは椅子から離れようと、


「もう一度聞く。なにが原因なんだ?」


「え……」


「原因があるのだろう。病弱というからには」


 面倒だな、と思いつつ、


「小さい頃から体が弱くて」


「原因があるのだろう。それはなんだ」


 苛立たしい、女は黙って男に従うもんだろう? 従妹のように。


「だから、生まれつき体が弱くて」


「月足らずで生まれたのか?」


「え、いや、そういうわけでは……」


「なるほど。今までどのような治療を受けているんだ?」


 オレは一瞬絶句した。


 医者じゃないのにそんなこと判るかよ!


「……良くは知らない。だが、かかりつけの医者がずっと診てくれている」


「それだけか?」



 オレは言葉に詰まった。


 深く考えたことがなかったし、詳しくは聞いたことがなかった。


 従妹は病弱で可憐。昔からそうだったし今もそうだった。


 それは絶対で、神聖。



「他の医者にも診せたほうがいいだろう」


「従妹は、あの人以外の医者は、いやがるんだ」


「なるほど。だが婚約者と会っている従兄にまで連絡がくるほどの重体に始終なるというなら、その医者の治療は効果がないということだ。別の医師にも診てもらったほうがいい」


「そ、それは、あ、あの医師しか、よく、あの扱い方を知らないから! 危険な病気なんだよ!」


「ほう。どう危険なんだ?」


「それは……と、とにかく危険なんだ!」


「それでは判らない。具体的にはどう危険なんだ? 感染力が高いのか?」


 感染力。


 そうだ! それなら万が一にもこいつを近づけない理由にもなる!


「そうだ! 感染力が高いんだよ! 従妹は小さいころ、少し南方へ居たことがあって、その時に病気を移されたのかもしれない」


 南には凶悪な熱病が何種類もあるという。


 言っているうちに、そんな気がしてきた。きっとそうだ。


 オレは、謎の病魔に侵されている従妹を、献身的に支えているんだ。


「なるほど感染性の病気か」


「そっそうだ! 凄く感染力が高い危険な病気なんだ! オレだって会うのには、いつも気を付けているんだ! 白い手袋とかつけてるんだからな! だから、見舞いとかには来てもらえないんだよ! 実際! 手順を守らず不用意に接触した侍女が何人か死んでる」


 しめしめ。


 ここまで大げさに言っておけば、これ以上は詮索してこないだろう。


「貴方は医者か?」


「そんなわけないだろう!」


「なら、貴方の両親は、どこかで医術を修めたのか? そのような記録はなかったが」


「あたりまえだ!」


「ならば、そんな素人達や未だ病因も病名もつきとめられない医者が病人の傍らにいても、なんの役にもたつまい」


 オレは、カッとした。


 その言葉は、従妹の感謝で満たされるオレを、否定している。


「心だよ! オレがいると彼女は――」


 さっきの侍女が戻って来て、面倒な婚約者に何かささやいた。


「わかった」


 婚約者は立ち上がった。


 むかつくことにオレより背が高い。


 しかも、従妹が苦しんでいるというのに、涼しい顔をしている!


 なんて冷たい女だ!


「なにがわかったんだ。もういいだろ――」


「医師団の手配が終わった。出立しよう」


「え」


『医師団』


 その言葉は、オレの思い描いている世界。オレと従妹だけの美しい世界に、ひどく不似合いに響いた。


「軍医たちからなる医師団を手配した。専門の医師に見せれば病名くらいは分かるだろう。軍の医者が一番、頼りになるからな。病人も死人もケガ人も腐るほど見ている」


「なにを勝手に! こんな短時間で――」


「私の祖父は将軍だ。叔父は軍医のトップだ。知らなかったか?」


 オレの背に、つーっと汗が落ちた。


 コイツの家の爵位はオレと同じ。


 だが、そんな親戚が! 聞いてない――


 不意に思い出す。


 両親が言ってた。


 婚約者には医者の伝手があるようだから、従妹の病気が治る糸口を見つけて貰えるかも、と。


「それに、さっき感染性と言ったな。病名すら判っていない上に、すでに侍女が何人も死亡している。これはもはや貴方の家庭内で処理できる範囲を超えている。見逃すわけにはいかない」


 婚約者は、にやり、と笑った。


「婚約者殿に、病弱な従妹がいると聞いていたからな。今日も準備して貰っておいて正解だった」


「勝手なことを! 貴様にオレの家に踏み込む権利などない!」


「貴方が言ったではないか。感染症だと。原因不明の感染症患者が発見されたなら、軍医団は強制的に踏み込めるんだよ。貴方の発言は記録してある」


 婚約者は視線を背後にやった。


 もう一人の侍女が、帳面を持っている。


 オレは、はくはくと口を動かした。


 まずい、ひどくまずい。すごくまずい気がする。


「そっ、そこまで大げさにしなくても。それに、か、感染症かどうかはお、オレの素人判断で――」


「一番身近に接している貴方の口から出た言葉だ。そして他に手掛かりはない。こういう疫病に対しては最悪を想定して動く。感染症の可能性が濃厚だと判断するのが妥当だ」


「あ、あれはその」


 言葉が出ない。


 お前を従妹に近づけないための方便だ! と言うのがまずいくらいは分かってしまう。


「軍の、いや、国の規則だ。王都内での感染症が疑われる場合、すぐに病因を確認しなければならない」


「規則」


 それもまた、オレと従妹の美しい世界に、似合わない言葉だった。


 婚約者は重々しくうなずいた。


「ああそれにだ。長年病人の世話をしていた貴方のご両親や奉公人達にも感染の恐れがある」


 声は、淡々としていた。


「検査結果次第では、軍病院の絶対閉鎖病棟に隔離することになるだろう」


 オレの背筋が凍った。


 絶対閉鎖病棟。聞いたことがある。


 鉄格子と魔法封じの結界に囲まれた、文字通り「出られない」場所だ。


 面会も、患者同士の接触も禁止だ。


「そんなことをしたら! 彼女は! あいつは! もっと悪化する! オレがいないと!」


「いても治らなかったのだろう? それとも」


 婚約者は、オレの顔をまっすぐに見て、憐れむように告げた。


「いたから治らなかったのかな?」


 オレは言葉を失った。


「すでに、医師団は貴方の屋敷へ向かっている。私達も急ごうじゃないか」


 婚約者の家の侍女たちが、手慣れた様子で、テーブルやカップを消毒し始めた。


 女は、オレに見せつけるように、自分の手を消毒してもらいながら。


「ああ、もちろん。馬車は別にさせてもらうよ。私は感染などしたくないし。病弱な女になって誰かにすがりたくなどないからな」



 オレが屋敷へ着いた時、屋敷の二階からケダモノじみた叫び声が聞こえた。


 従妹が儚い病身を横たえている、一番日当たりのいいサンルームからだ。


「触らないでっ! わたしは可憐な病弱の乙女なのよっ!」 


 窓ガラスが割れて、従妹のベッドサイドに置いてある水差しが飛び出してきて庭へ落ちて来た。


「乱暴しないで! わたしの細い手足が折れちゃう! いやっいやっけだもの!」


 手負いの獣のような叫び。



 聞きたくなかった。


 そんなはずがなかった。


 婚約者は笑った。


「元気だな」


 ちがう。従妹はあんな声をあげない。あげられないはずだ。


「だめえええ! お兄様以外の人に触られたら……わたしが壊れてしまうの!」


 従妹の声だ。



 婚約者は楽しそうに言った。


「ガラス窓の方が先に壊れたようだがな」


 静かになった。


「……なにかのまちがいだ」


「そうだな。根本的に間違ってるな」



 オレは、婚約者を見た。


 きれいだった。


 凛としていて、独りですっくと立っていた。


 誰の助けも必要としない姿だった。


 悪魔のようだった。


 殺してやりたかった。


 オレとあの子の世界をこいつは――


 悪魔は快活に叫んだ。


「どうだ!? 病名が判ったか?」


 軍医らしき女が、サンルームの窓から顔を出した。


「感染症の兆候は全くありません。いえそれどころか健康そのものです!」


 婚約者、いや、悪魔は、オレを見て。


「よかったな。誰も絶対閉鎖病棟に入らずに済みそうで」


 楽しそうに笑った。




 婚約は婚約者側から解消された。


 下手な演技に何年にも渡って騙され続けるような男は、婚約者に相応しくないと。



 オレの思惑通りになったはずなのに……



 従妹は……あの儚げなオーラが消えてしまった従妹は……もうオレの心を何も動かさなかった。


 従妹の方も、つきものが落ちたように、オレへのまなざしから熱が消え。


 何の抗議も抵抗もせず遠くの修道院に送られて。手紙のやり取りのひとつもない。



 それ以来。


『病弱なふりをしていた従妹に騙されて、婚約者をないがしろにしていた男』という悪評が張りつけられたオレに、婚約を申し込んでくる相手はひとりもおらず。


 こちらから声をかけても反応するのは、伯爵家の後継ぎであるオレ狙いの奴らばかり。


 そして、後継者から外されるとそれすら消えて。



 半年後。


 思い立って、従妹がいる修道院に行ってみたが。


 慈善バザーで働いていた従妹は、最初、誰だかわからないくらい、普通の女になっていた。


 周囲の人間と、普通に接し、会話し。


 笑っていた。



 オレだけが取り残され。


 何も残っていなかった。


たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。


最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。


少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、


評価や感想をいただけるととても励みになります。


別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。


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― 新着の感想 ―
ガンバレ、オレ! 仮病だった従姉妹は修道院に行ったことで立ち直れたのだから、野垂れ死ぬ前にお前も立ち直れよ!!(野垂れ死ぬに1ゴールド)
従妹も完全に憑き物が取れてマトモになれて良かったね!きっとたぶんあの時代は黒歴史になっているのだろうなぁ…。『あんなことしないでとっとと修道院に入れてもらえばよかった!!恥ずかしい!あのころの私どうか…
結局、(頭の)病気だったのは語り部だったと。従妹も大概だけど、端から見たら自業自得で追い詰まってるのにその自覚が全くないもんなぁ。
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