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街で彼女と遭った、気がする。

 サザナミは三年前に俺の前から姿を消した。

 さようならも言わずに。

 使い切ったライターを取っておく癖や、ジッポオをプレゼントした事は今でも記憶に挟まっている。褐色の上腕から漂ってくる季節の気配はそれだけで俺を裕福にさせた。                  

 

 人はわからない。

 あの時は、サザナミは楽器店でバイトをしていた。

 「つまんない。」

 と言い始めた時に、俺はそれが異変だとは気が付かなかった。

 楽器屋がつまんないのかと思っていたが、取り巻く環境がつまらなかったのだ。

 後で気が付いてしまうのだが、その時にはすべてが遅い。


  俺は独りで映画館に立ち寄り、メンインブラックⅡを観た。

  ウィル・スミスはいつだって変わらない。


  映画館で密やかな笑顔が取り交わされ、携帯電話の振動音が右斜め後ろから聞こえてくる。


  あれ、と思うとその姿はだいたいサザナミだった。

  褐色の肌に肩までかかった黒い髪は、一瞬にして吉祥寺のサンロードや渋谷文化村や山下公園や国分寺の地下に降りるバーを思い出させた。全部サザナミと行った場所だった。一瞬にして、それらの思い出が想起させられては過ぎ去っていく。そして、100%の確率でその女の人はサザナミではなく、傍で男が手を握っているか、体のどこか一部分が触れ合っていた。


 サザナミ。

 本当にそういう名前だったか、忘れてしまった。

 子どもができたみたい、と言われた時に一瞬にして喉が渇いた。その渇きを見透かすかのように、嘘よー、とサザナミは笑った。しかし、傷ついたようだった。

 分からないことが多すぎて、そしてある日突然いなくなった。

 電話がかかってきても、聞いているようなそぶりを見せては、プレッシャーを感じさせなかった。それが俺には重く感じた。


 例えば満員電車の中には必ずサザナミはいた。

 最終電車で、二人の身体が飽和状態の車内で心地よく密接していた事が付き合った最初の思い出だった。汗が、シャツを通して染み込んでくるのが分かったが、気にならなかった。

 そういった思い出が通る街、使った電車、信号に全て詰まっている。行ってない場所はどこにもなく、サザナミが俺の前から消えて以降、誰かを連れて歩いたとしてもそのコースをなぞらえていることに気が付く。向こうもそれに気が付く。なぞらえているのは、何もコースだけではないことを。

 

 喫茶店に入り、日中の蝕む暑さを回避する。冷房の効いた部屋に、黒服のウェイトレス。本の間に挟まったタウンページが所在無い俺と重なって見える。

 正直さが売り物になる、という論理は矛盾しているよなと考えていると、先ほど頼んだアイスウインナーが運ばれてきた。

 あまい。

 冷房に身体が慣れてきて、眼下に広がる横断歩道を渡る人の中にサザナミが歩いている。

 気が付かないだろうか。振り向いてくれないだろうか。 

 サザナミである確率も低いが、この喫茶店から眺めている事に気が付くのはもっと低い。

 

 だらしなさが原因なのは知っていた。結論を出せずじまいの人間には向こう側から結論がやってくる。

 部屋から消えたわけではない。

 俺が気が付かなかっただけだ。


 嫌な予感はなるべく感じたくない。気のせいだ、と放っておいたものだけが増殖していく。この店を出ればまた日差しが強い。黒い髪と褐色の肌を見ればサザナミだと思う。

 一瞬にして過ぎ去った。

 思った時間が、繋がっていた時間だったとしたら。

 アイスウインナーの黒い水は、透明なカップの底に沈んでいる。

 

 もう誰かを好きにならない、と決めた所で意味がない。

 クールに過ごしていきたいという欲望はいつまでも熱を持つ。

 時間だけが過ぎていく。写真もまだ本棚の後ろにしまってある。いつでも引き出せるように、でも簡単には見る事の出来ない場所に。


 そこの角を曲がれば駅に近い。

 この人ごみの中に発見したいといつも思っている。

 それでも偶然会う時、言う言葉は決めている。ズボンのポケットで、携帯電話が震えている。非通知の表示が、いつまでも点滅を繰り返している。 





















 






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