婚約破棄された公爵令嬢は全てを失ったふりをする〜裏切り者たちに与えるのは慈悲なき断罪と、隣国皇太子の過剰な溺愛でした〜
王城の大広間。煌びやかなシャンデリアの下、私は人生で最も愚かな男に見下されていた。
「エレノア・ヴァレンシュタイン。貴様との婚約は、ここに破棄する」
婚約者であった第一王子アルベルトは、わざとらしく声を張り上げる。その隣には、しなだれかかるように寄り添う少女――伯爵令嬢ミレイユ。
……やはり、この展開ね。
私は静かに息を吐いた。
「理由を、お聞きしても?」
「白々しいな。お前はミレイユに嫉妬し、陰湿ないじめを繰り返した。証人もいる」
会場がざわめく。視線が一斉に私へと集まる。
愚かね。本当に。
私はこの場の全員が見えていない“裏”を知っている。
ミレイユは涙ぐみながら言った。
「わ、私はただ……殿下のお力になりたくて……でもエレノア様に……」
そこで言葉を詰まらせる。完璧な演技。
だが、その裏で彼女が何をしていたか――私は全て知っている。
証拠も、すでに手元にある。
けれど。
まだ、今じゃない。
「……そうですか」
私はあえて、俯いた。
会場からは「やはり」「最低だな」などの声。
父である公爵も、苦虫を噛み潰したような顔で私を睨んでいる。
……あなたも、こちら側だったのね。
「何か言い訳はないのか?」
「ございません」
私は静かに答えた。
その瞬間、勝ち誇ったようにアルベルトが笑う。
「ならば、王族への不敬と貴族社会の秩序を乱した罪により、ヴァレンシュタイン公爵家からの除名を命じる!」
――ここまで来るとは。
さすがに少しだけ、胸が痛んだ。
だが、それも一瞬。
「承知いたしました」
私は頭を下げる。
それが“敗北者の姿”に見えるように、完璧に演じながら。
その夜。
私は馬車で王都を離れていた。
追放先は辺境の修道院――表向きは。
「……ふふ」
思わず笑みがこぼれる。
「ずいぶん楽しそうだな」
低く落ち着いた声が、暗闇の中から響いた。
「ええ。舞台は整いましたから」
馬車の向かいに座る男――隣国の皇太子、レオンハルト。
彼は私を見つめ、口元を緩めた。
「まさか、自分から追放されにいくとはな」
「必要な演出ですわ。油断させるための」
そう。
私は“捨てられた令嬢”を演じている。
だが実際は――
全て、こちらの手の内。
「王子と伯爵令嬢、そして公爵家。全員が裏で繋がっているとはな」
「ええ。財政不正、密輸、さらに他国への情報漏洩」
国家反逆に等しい罪。
そしてその証拠は、すでに私が握っている。
「だが、お前の家族まで切り捨てる必要はあったのか?」
その問いに、私は少しだけ目を細めた。
「……家族?」
――あの人たちが?
私を売り渡した人間たちが?
「私は幼い頃から利用されてきました。婚約も、政治も、全て“駒”として」
そして最後は、罪を被せられた。
「だから」
私は微笑む。
「今度は私が、彼らを使う番です」
レオンハルトはしばらく黙った後、小さく笑った。
「やはり、お前はいい」
「何がですか?」
「その冷酷さも、計算高さも……全てが美しい」
……この人は、本当に。
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
「当然だ。お前は俺のものになるのだからな」
「それはまだ、保留です」
「つれないな」
軽口を交わしながら、馬車は闇の中を進む。
そして――
復讐の幕が、静かに上がる。
ーーーー
三ヶ月後。
王都は、混乱の渦にあった。
「王子が……不正に関与……?」
「公爵家も……?」
噂は瞬く間に広がる。
当然だ。
“そうなるように”仕組んだのだから。
私は修道院の一室で、報告書を受け取っていた。
「第一段階は成功ですね」
「完璧だな」
レオンハルトが満足げに頷く。
「内部告発、証拠の流出、世論操作……全て予定通りです」
私は淡々と告げる。
「だが、決定打にはまだ足りん」
「ええ。ですので――」
私は立ち上がった。
「そろそろ、私が表に出るときです」
数日後。
王城の謁見の間。
そこに現れた私を見て、全員が凍りついた。
「な……なぜお前が……!」
アルベルトの顔が引きつる。
「お久しぶりです、殿下」
私は優雅に一礼した。
「私は“無実を証明するため”戻ってまいりました」
ざわめきが広がる。
そして私は、ゆっくりと証拠を差し出した。
「こちらは、殿下とミレイユ嬢による密輸の記録」
「そしてこちらは、公爵家の不正会計」
一枚、また一枚と積み上げられていく証拠。
顔色を失う三人。
「な、何のつもりだ!」
「決まっております」
私は微笑んだ。
「断罪ですわ」
裁判は即日行われた。
証拠は完璧。
言い逃れは不可能。
「違う! これは罠だ!」
「エレノア、お前が仕組んだんだろう!」
……ええ、その通り。
でも。
「証拠はすべて事実です」
冷たく言い放つ。
そして判決が下る。
王子は廃嫡、幽閉。
ミレイユは国外追放。
公爵家は没落――当主は処刑。
ざまぁ、ね。
でもこれは、ただの復讐じゃない。
「……終わりましたね」
外に出ると、レオンハルトが待っていた。
「いや、これからだ」
彼は私の手を取る。
「正式に申し込む。俺の妃になれ」
真っ直ぐな瞳。
計算も打算もない、本気の言葉。
……困るわね。
「私は罪深い女ですよ?」
「だからいい」
即答だった。
「全てを壊してでも生きるお前がいい」
……本当に、この人は。
「……では、一つ条件を」
「何だ?」
「私は私のまま生きます。それでもよろしいなら」
レオンハルトは笑った。
「当然だ」
そして――
そっと、私を抱き寄せる。
「これからは、俺が守る」
「守られるつもりはありません」
「なら、一緒に壊そう」
その言葉に、思わず笑ってしまった。
――悪くない未来だ。
こうして私は、
全てを失った令嬢から、
全てを手に入れる女へと変わった。




