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31話 概念を裂く足音

王都・王宮 謁見の間


燭台の炎が揺らめく広間に、重い靴音が響く。

諜報隊長に案内され、ザムザは夜半の謁見に臨んでいた。

室内には数名の参謀と近衛が集まり、緊張の面持ちで待機している。


「殿下、魔王エルナンデスからの書簡です」

隊長が封蝋を捧げる。黒い封蝋には魔王の紋章――終焉を象る双翼。


ザムザは一瞬だけ息を整え、封を切った。

羊皮紙に刻まれた文字は、驚くほど端正で、冷たい。


『勇者トガリは我ら双方に破滅をもたらす。

王国と魔族は一時の盟を結び、これを討つべし。

共闘以外、未来なし。

断った場合、休戦条約の破棄とみなす。』



わずか数行の宣言。

だがその一字一句が、血で書かれたように重く感じられた。



「……共闘、だと」

ザムザの呟きに、参謀たちがざわめく。



「魔王と手を結ぶなど――」


「しかし、勇者の力は我らの兵で抑えきれるものではありません」


反対と恐れが入り交じった声。

ザムザは彼らを見渡し、低く告げた。


「――まずは話を聞く。

 相手が魔王でも、選択肢を捨てるわけにはいかん」



その瞬間、窓越しに雷鳴のような衝撃が響いた。

床がかすかに震える。


「何事だ!」


伝令が駆け込む。

「報告! 西方前線より急使!

 勇者トガリ、廃都マルカを越え、

 魔族の補給拠点を――一瞬で消滅させました!」


広間の空気が凍り付く。

ザムザは無意識に拳を握った。


せっかく休戦条約を結んだのに

このままだと人類側はまるで魔族を挑発しているように

とられかねない。


――もはや待つ猶予はない。


「すぐにオレが魔王の元へ行く。

 交渉の席に着くぞ」


声は震えていなかった。

だが胸の奥では、冷たい戦慄が脈打っていた。



オレは魔王との会談に向かうため、

ただ一人、黒月要塞へ飛んだ。


ユリシアもアンナも「暗殺の危険がある」と口をそろえて止めたが、

直感的に、それはないと分かっていた。

先輩――魔王エルナンデスは、一度口にした約束を裏切る人ではない。


徒歩なら十五日はかかる距離。

空を翔ければ半日。

迷いはなかった。



要塞の指令室に通されると、

漆黒の鎧を纏った魔王が、静かに待っていた。


「一時的な同盟――その真意を聞こう」

オレが椅子に腰を下ろすと、魔王が応じる。


「勇者が脱走した。捕らえるために、お前の力を借りたい」


眉が動く。

「あんたなら一人で余裕だろうが」


「勇者の能力は脅威だ」

魔王の声は淡々としていた。


「奴は“概念武装”を持つ。

 無の概念を剣に宿せば、一帯を消し去れる。

 死の概念を刃に込めれば、触れたものすべてを絶つ」


息を呑む。

「……無敵じゃねぇか、それ」


魔王は小さく頷く。


「以前、私が奴を捕らえたのは“反魔法陣”のおかげだ。

 勇者の力は魔法に依存している。

 その陣が発動していたからこそ、封じられた」


「ああ、オレとの一騎打ちの時に使っていたアレか」


「能力を封じれば、ただの人間だ。

 身体能力は並、想像力も浅い。

 だから力を完全には扱いきれていなかった」


「なら、なぜ殺さなかった?」


魔王の瞳が一瞬だけ深く沈む。


「勇者は、ヴァルキリーより上位――神々が造った“システム”だ。

 殺しても、次の勇者が現れるそうだ」


胸の奥に、理不尽がじわりと広がる。

この世界は、やはりまともじゃない。


「……そんな化け物を、どうやって捕らえるつもりだ」


その時だった。

要塞の奥から、甲高い悲鳴がこだました。

遠くから近くへ――確実に迫ってくる。


魔王は短く息を吐き、わずかに目を細める。

「具体的に話すつもりだったが……どうやら時間切れのようだ」


重厚な指令室の扉が、きぃ、と音を立てて――

ゆっくりと、開いた。

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