28話 神々の戯れを砕け
ムザは、しばし言葉を失った。
魔王――いや、中谷三曹の声が、深い井戸の底から響くように胸に残る。
外では風が鳴り、兵たちの甲冑がこすれる音だけが時を刻んでいた。
「……それでも」
やっとのことで声を絞り出す。
「それでも、アンタは人間だ。
魔族を守りたい気持ちがどれだけ強くても、アンタ自身は――」
魔王は静かに首を横に振った。
「魔族は数が少なく、増えるのに時間がかかる。
人間が組織的に築いた国を崩壊させなければ、いずれ淘汰されるだろう」
短く息を吐く。
その眼差しには、諦観とも覚悟ともつかぬ影が宿っていた。
「我ら魔族の国は、未来の見えない“終わりの国”だ」
淡々と語られるその言葉に、ザムザの背筋が冷える。
「本来ならワルイ・ヒレツと手を組み、王国を弱体化させ――
総仕上げに反乱を起こし、大軍勢で攻め落とすはずだった。
だが、お前がワルイ・ヒレツを斬った。
そこから計画はすべて狂った」
「……マジかよ」
思わず口をつく。
あんな衝動の一撃が、そこまで――。
魔王はわずかに目を細めた。
「そして、姫島。完全な和平を望むなら、
背後に控えるヴァルキリーたちが許すまい」
「ヴァルキリー……?」
『その通りだ』
低く響く声とともに、魔王の背後から漆黒の鎧をまとった女が現れた。
『我が名はリア。妹がいつも世話になっているようだな。
正直、同情する』
続いて、ひらりと影が揺れる。
『あらぁ♡ お姉様、それはあんまりじゃありません?
相変わらず堅物ですわねぇ。
そんなんだから“落ちこぼれ”と呼ばれるのではなくて?』
「お前ら……姉妹なのか!」
ザムザは思わず声を上げる。
どう見ても仲が悪そうだ。
魔王が短くうなずいた。
「ヴァルキリーたちは、我々が争うことを望んでいる。
その恐ろしさは、お前も感じているはずだ」
「どういう意味だ?」
違和感が胸を刺す。
ピノは挑発こそすれ、そこまでの脅威とは思っていなかった。
『あ~ら、ヒメジマちゃんは私が何もしなくても
勝手に戦ってくれるからね。
力を使うまでもないの。
優しいでしょ?』
ザムザはリアを振り返った。
「おい、リア。ヴァルキリーってそんなに個体差があるのか?」
『我をあの異常者と一緒にするな』
リアの声は氷のようだった。
『あれは我らの中でも異常者だ』
魔王が小さく咳払いして言葉を継ぐ。
「こいつらヴァルキリーは、運命を操る力を持つ。
我々が望むも望まぬも関係なく、因果律をねじ曲げ、
強制的に争いを引き起こすだろう」
「……そんな……」
ザムザの胸に重い絶望が落ちる。
――ならばオレたちは、望もうと望むまいと、
永遠に戦い続ける運命なのか。
望が、骨の奥まで染みこんでいく。
もし生まれ変わったら
――ただ楽しい人生を望んだはずなのに。
どこまでいっても争いから逃れられないのか。
胸の奥で凍りついた思いを見透かしたように、
魔王がふう、とため息を漏らした。
「どうやら、お前のヴァルキリーは……
ずいぶんとお前を甘やかしていたようだな」
その声音は苦みを帯びて、どこか懐かしい。
「まあ、事実を知った時の私も同じだ。気持ちは分かる」
魔王はクスリと笑い、指をひとつ立てた。
「ヴァルキリーが納得する形で言えばいい。
――1年の休戦だ。
私もマクシミリアを返してもらわねば困るのでな」
そして天幕に響き渡るような声で、背後に佇む存在へ告げる。
「ヴァルキリーたちよ。
1年後――今以上の戦を見せてやろう。
それでどうだ!!!」
「おいおい、そんなこと言って大丈夫なのかよ!」
思わず叫んだ俺の声を、甲冑の奥からくぐもった笑いがかき消す。
『うふふふふ……ははははっ♡
さすが姉さまの選んだ魂。
私たちのことをよく理解している。
――よいでしょう』
薄闇からピノが姿を現し、艶やかにうなずく。
続いて、漆黒の鎧をまとうリアが淡々と口を開いた。
『よいだろう』
「なんなんだよ、お前ら……
オレたちに戦争ばかりさせて、
いったい何が目的なんだ!」
リアの瞳は、底なしの夜のように冷たい。
『我らはヴァルキリー。
戦士の魂を選定するもの。
ここは戦士の館。
争いは魂を磨く砥石。
いずれ神々の国への扉が開き、
選ばれた魂は最終戦争へ誘われる』
胸が凍りつく。
運命を押し付けるような声。
だがその奥に、どこか祈るような響きがあった。
「……ふざけるな。勝手に決めるな!
オレはお前らのオモチャじゃない!!」
『オモチャだよ♡』
ピノが花弁のように微笑み、
指先で空をなぞった。
背後で、先輩――魔王が静かに言う。
「姫島。意思を示し、決断する。
それだけが、こいつらが提示する運命に抗う唯一の手段だ。
彼女たちは全てが思い通りになることを望んではいない」
「人間の意思を……見ている」
その瞳には、ヴァルキリーを知る者だけが持つ確信があった。
「ヴァルキリーの操り方を学べ。――先輩としての忠告だ」
そして、去り際に短く告げる。
「一年後、また刃を交えることになるだろう。その時は……」
言葉の残りを飲み込み、魔王は天幕を後にした。
風だけが、静かに幕を揺らす。
オレはしばらく、何も言えなかった。
息を吸うたび、未来への不安と怒りが胸を満たしていた。
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