16話 数に勝る者、数に縛られる者
北東の果て――魔王軍進軍
大陸北東の空を覆い尽くすかのように、
地を震わせる軍勢が果てなく連なっていた。
規律正しい足並みが大地を打つたび、
乾いた衝撃が幾重にも反響する。
森を抜け、谷を渡る軍旗は、
どれも誇らしげに高く掲げられていた。
その統率、微塵の乱れもなし。
まさしく国家としての軍規が血肉化した証だ。
そしてその中央、堂々たる漆黒の馬上に
魔王エルナンデス・フエラルがいた。
――いま、魔王と国王ザムザ。
二人の覇者が総力戦へと歩み出そうとしていた。
王城会議室
「……100万だって!?」
会議室に、思わず上ずった俺の声が響く。
集まったのはユリシア、アンナ元帥、
そして王国の中枢を担う者たち。
ユリシアの口から告げられた報は、
その場の空気を凍りつかせた。
「それは……確かな情報なのか?」
俺は恐る恐る問う。
「魔王領には各地に密偵を放っている。
全員の報告が一致している以上、誤報とは考えにくい」
ユリシアは淡々と答えた。
魔王の思惑を潰した。
次の一手が来るのは予想していた。
だが――100万は多すぎる。
胸が冷える。
「そう肩を落とすな」
珍しくユリシアが声を和らげた。
「本来ならもっと最悪だった。
事前に反乱を潰し、出鼻をくじいた。
それだけでも十分だ」
顔に出ていたらしい。
だが別の声が会議室を満たす。
「しかし、100万の軍勢……
魔王軍も失敗すれば、無傷では済むまい」
そう口を開いたのはアンナ元帥だ。
「どういう意味だ?」オレは眉をひそめた。
「魔族国の総人口は約一千万。
今回、動員されたのはその一割。
国家の根幹を揺るがす規模だ。
この一戦を失えば、次はない」
アンナは冷ややかに笑みを浮かべた。
「待て、マンネルハイム王国は
人口2500万だろう?
それでも軍は増強して15万程度。
どうしてこれほど差が出る?」
「分からぬか?」
セシリアの視線が鋭く光った。
「そこが貴様と魔王の差だ。
魔王は善政を敷き、法令を整え、
国家を軍事国家として磨き上げた。
政治力、統治力、国家戦略――
すべてにおいて、貴様は圧倒的に劣っている」
「短期間で動員をかけても、我々の限界は50万。
戦力差を理解しておけ」
「う……ぐ……」
言葉が出ない。
これが、敵国を率いる“王”の力。
――だが。
『ふふふふ♡ 正しい見方だね?
けれど、魔王軍にも弱点はある。
分かるかな?』
脳裏に、ピノの声が響いた。
弱点?
そんなものがあるのか?
力でも、政治でも、軍勢でも、戦略でも――
何ひとつ敵わない。
……いや、ひとつだけある。
閃光が頭を走った。
「――分かった!!
魔王軍には弱点がある!!
それは人口だ!」
会議室の空気が一瞬凍りついた。
ユリシアが、口角をわずかに上げた。
「その通りだ」
「人口が少ないのに、あれだけ領土を広げているんだ。
当然どこかにひずみが生じているはずだ!」
声が自然と大きくなる。
「今回の無理な動員で――産業は空洞化している!
そんな状況で補給がもつわけがない。
兵力に物を言わせた“超短期決戦”を仕掛けてくるはずだ!」
「その通りだ。」
ユリシアが静かにうなずいた。
「付け加えるなら、魔王軍にはあるジレンマがある」
「ジレンマ?」思わず聞き返す。
「魔王軍の労働人口は、ほとんどが奴隷にされた人間だ。
だから魔王は我々を滅ぼしたい一方で
――取り込みたいとも考えている。
そこにこそ、付け入る隙がある」
ユリシアの冷ややかな笑みが室内を引き締める。
なるほど、確かにそうだ。
かつてこの王国では魔王領への奴隷売買が盛んだった。
オレが法を整えて禁じたのは、つい先日のことだ。
ユリシアはさらに続ける。
「人口だとザムザは言ったが、正確には違う。
本当に勝っているのは――人間の繁殖能力だ」
「は?」
オレは思わず声が裏返る。
「真面目な話だ。顔を赤くするな」
ユリシアは淡々と告げる。
「魔族は多種族間で交配できない。
しかも部族が多く、血を混ぜにくい。
だから人口が増えず、過去には部族間の争いも絶えなかった」
初めて聞く事実に息を呑む。
ユリシアは何故ここまで詳しいのか――そう思う間もなく言葉を重ねた。
「かつては強い魔族が現れるたび、
どこからともなく“勇者”が現れて討たれてきた。」
「個は強くても、民族としては脆弱だ。
正直、私が魔王なら匙を投げていただろう。
どれほど善政を敷いても、この根本は変えられないからな」
そうか、わかったぞ!!
だから、すぐに攻め込まず
王国の貴族が反乱を起こすのを待ってたのか!!
犠牲を可能な限り少なくする為に!!!!
完璧に見えた魔王。
だがその強さこそ、逆に異常な努力の証だったのか。
敵ながら、底知れぬ人物だ――。
オレがまとめる。
「今の話だと魔族は遅滞戦術や消耗戦を必ず嫌う。
補給線を断てばさらに効果的だ。
アンナ元帥、異論は?」
「堅実な策です。」
アンナが即答する。
「私から提案を一つ。戒厳令を発しては?」
「戒厳令……?」
「国民に危機を知らせ、兵士の動員を迅速にする。
王都攻撃の可能性もある以上、士気を保つためにも有効です」
「……わかった。アンナ元帥、その案を採る」
宣言した瞬間、会議室の空気が一段張りつめた。
戒厳令――緊急事態宣言。
日本で見た混乱が脳裏をよぎる。
あのとき上の判断に苛立った自分。
今、同じ立場に立って初めて、上の苦悩が理解できる気がした。
だが、オレはもう一人ではない。
周囲を見渡せば、信頼に足る仲間たちがここにいる。
生前には得られなかった絆と立場。
――次こそは守りきる。
心の奥底で、強く誓った。
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