第三章 魔塔主との出会い
王宮のパーティー会場は
いつものように華やかだった。
シャンデリアの光が
貴族たちの宝石を煌めかせている。
音楽が流れ、笑い声が響く。
私、フレイヤはワイングラスを手に
会場を見渡していた。
エドウィンは愛人をエスコートしている。
私のことなどもう気にも留めていないだろう。
それでいい。
私の目的は、ただ一つ。
「……いた」
会場の隅、大きな窓の近くに
一人で立っている男性がいた。
漆黒の髪。鋭い眼差し。
そして、何よりその雰囲気。
周囲に誰も近づかない。
まるで見えない壁が彼の周りにあるかのような。
魔塔主、ドューク。
王国最強の魔法使い。
前の人生で私は彼のことを
遠くから見たことしかなかった。
こんなに近くで見るのは初めて。
彼は退屈そうに窓の外を眺めていた。
時々、彼に声をかけようとする貴族の令嬢がいるが
彼の冷たい視線に怯んですぐに離れていく。
私は深呼吸をした。
この男ならアリアを守れる。
どんな脅威も最強の魔法使いなら退けてくれるはず。
前の人生で私はアリアを守れなかった。
でも今度は違う。
この男の妻になれば——
この男のそばにいれば——アリアは安全だ。
五年だ。
五年あれば前世の記憶を使って十分な金を稼げる。
アリアが十歳になるまでに
二人で何不自由なく暮らせるだけの金を稼ぐ。
それが、私の計画。
「……行きましょう」
私はワイングラスをテーブルに置いて
ドュークの方へ歩き出した。
周囲の貴族たちが私を見て囁き合っている。
「あれは、エドウィン子爵夫人では?」
「いや、離婚したらしいぞ。」
「一人で魔塔主様に近づくなんて……」
「また、あの浪費家が何か企んでいるのでは?」
気にしない。
今の私にはそんな噂はどうでもいい。
ドュークの前まで来ると
彼はゆっくりと私の方を向いた。
金色の瞳。
そこには何の感情も映っていなかった。
まるで、虫を見るかのような——
いや、虫にすら興味がないような、そんな目。
「……何か用か?」
低く、冷たい声。
周囲の空気が少し冷えた気がした。
私は怯まず微笑んだ。
「初めまして魔塔主様。フレイヤと申します」
「知っている。エドウィン子爵の妻だろう。
浪費家で有名な」
ずばりと言われた。
でも、事実だから否定できない。
「ええ、その通りですわ。
でも、今もう『元』妻です」
ドュークが僅かに眉をひそめる。
「それで? 私に何の用だ?」
「お話があります。
ここではなく、もう少し静かな場所で」
「断る」
即答だった。
「何故ですの?」
「お前のような女と話すことなど何もない」
冷たく言い放たれた。
でも、私は笑顔を崩さなかった。
「では、こう言えば興味を持っていただけるかしら?」
私は声を潜めて彼の耳元で囁いた。
「あなたが陛下から命じられてる
隣国との面倒な争いを
解決する方法をお教えすると言ったら?」
ドュークの表情が変わった。
金色の瞳が私を鋭く見つめる。
「……何故、それを知っている?」
私は微笑んだ。
「それをお話しするためにも
静かな場所でお話ししたいのですわ。」
ドュークはしばらく黙って私を見つめていた。
まるで私の全てを見透かすようなそんな目だった。
やがて、彼は短く答えた。
「……ついてこい」
彼は歩き出した。
私はその後を追った。
周囲の貴族たちが驚いた顔で私たちを見ている。
魔塔主が誰かと二人きりになる。
それだけで明日には噂になるだろう。
ドュークが案内したのは
王宮の庭に面したテラスだった。
人はいない。
音楽も、ざわめきもここまでは届かない。
月明かりだけが私たちを照らしていた。
「さあ、話せ」
ドュークは振り向いて私を見下ろした。
背が高い。そしてその存在感は圧倒的だった。
「まず、隣国との争いの話から。
王国の貿易馬車が何度も襲撃される。
隣国は物資が届いていないと主張し、
王国は物資を奪われたと主張する。
そこから争いへと発展しました。」
ドュークは目を細める。
「馬車が襲われるのはいつも同じ森。
でも、いくら探しても証拠は見つからない。
何故だと思います?」
「……隠し通路があるのか」
「ご明察。隠し通路から盗賊が出入りし
馬車を襲っています。
そして、その盗賊を雇っているのは隣国です」
「その証拠は?」
「隠し通路の場所をお教えすれば
証拠は見つかります。」
ドュークは黙って私を見つめていた。
「……なぜお前がそんな事を知っている?
仮に、お前の話が本当だとして
何故、それを私に教える?
お前に何の得がある?」
「得ですか?」
私は微笑んだ。
ここからが本番。
「契約結婚をしてほしいのです」
ドュークの目が少し驚いたように見えた。
「……何?」
「私と、契約結婚をしてください。期間は五年」
私ははっきりと告げた。
ドュークは数秒間、私を見つめていた。
そして——
「断る」
やはり即答だった。
「理由を聞いてもよろしいですか?」
「結婚する理由がない」
「では、こう考えてはいかがでしょう?
私は、あなたにとって都合のいい妻になれます」
「都合のいい?」
「ええ」
私は指を一本立てた。
「まず第一に、女避けになります」
「あなたの妻の座を狙ってくる令嬢たちにうんざりしているでしょう?」
ドュークは黙っていたが否定はしなかった。
「そして、あなたの力を利用しようと
自分の娘を嫁がせたいと考えている貴族たちにも」
私は二本目の指を立てた。
「第二に、私は何も求めません。
あなたの力も、財産も、時間も。
ただ、妻の座だけをいただければいい」
ドュークは眉を顰める。
「……それで、お前に何の得がある?」
「魔塔主の妻という肩書きです」
私は真っ直ぐにドュークを見つめた。
「離婚した男爵家の娘では
誰も相手にしてくれません。
でも、魔塔主の妻なら——」
本当の理由は言わない。
アリアを守るためという本音は。
この男のそばにいれば
どんな脅威もアリアに近づけない。
ドュークは黙って私を見ていた。
「それに
契約期間が終われば離婚します。
五年後、私の娘が十歳になったら。」
「……」
「そして最後に」
私は3番目の指を立てる。
「私はあなたにとって有益な情報を提供できます。
今回の争いの事だけではありません。
これから起こる様々なことを私は知っています」
「何故だ? 何故、お前はまだ起きていないことが分かるというのか?」
ドュークの声に、初めて感情が混じった。
疑念。そして、僅かな興味。
私は少し迷った。
本当のことを言うべきか。
死に戻りのことを。
でも——
「それは、お答えできません」
「何?」
「ただ、私の情報は正確です。
それだけは保証します」
ドュークは溜息をついた。
「……信じられるわけがないだろう」
「では、試してみてください」
私は小さな紙を取り出した。
そこには森の地図と
隠し通路の場所が書かれている。
「これが、隠し通路の場所です。
ここを調べてみてください。
必ず証拠が見つかります」
ドュークは紙を受け取り、じっと見つめた。
「……仮に、これが本当だとして」
「ええ」
「何故、争いが始まる前に教えない?
防ぐこともできただろ」
「それでは私の情報の価値が
なくなってしまいますから」
私は微笑んだ。
ドュークはそれを見て小さく笑った。
「……はっ。お前、思ったよりも狡猾だな」
「ありがとうございます」
「褒めてないぞ」
ドュークは紙を畳んでポケットにしまった。
「分かった。この情報が本物だと証明されたら
契約を考えてやる」
「本当ですか?」
「ああ。ただし…」
「何でしょう?」
ドュークは私の目を見つめた。
「契約結婚だ。本当の夫婦ではない。
お前も私も、お互いに干渉しない。
それでいいな?」
「もちろんです。」
「それと、もう一つ」
ドュークは一歩、私に近づいた。
その金色の瞳が月明かりに輝く。
そして——
彼の手が私の首に触れた。
冷たい指先。
「もし、お前が私を裏切ったら——」
彼の声が、低く、恐ろしいほど冷たく響く。
「お前を殺す。」
首に触れる指先に魔力が宿っているのが分かる。
この男は、本気だ。
人間を下等生物だと思っているこの男。
裏切り者を殺すことに何の躊躇もないのだろう。
でも——
私は微笑む。
「ええ、構いませんわ。
私はあなたを裏切りません。約束します」
ドュークはしばらく私を見つめていたが
やがて手を離した。
「結果がわかったら連絡する。それまで待て」
「はい。お待ちしております、ドューク様」
彼の背中が暗闇の中に消えていく。
私は首に手を当てた。
まだ彼の指先の冷たさが残っている。
恐怖がなかった。と、言えば嘘になる。
が、むしろ安心した。
この男なら——
この冷酷で強大な力を持つ男なら——
必ずアリアを守れる。
パーティーから帰る馬車の中
私は窓の外を眺めていた。
エドウィンは愛人と別の馬車で帰っている。
私は一人だった。
でも寂しくはなかった。
「待っててねアリア」
小さく呟く。
「ママが、必ずあなたを守るから」




