第十七章¦ずる休み
「今日も学校か…」
火曜日の朝。休みまでまだ遠い現実に、雨涙はため息をついた。
ぼんやりと天井を眺めていると、横に座っていた母の声が飛んできた。「雨涙?どうしたの。顔色悪いじゃない」
突然の言葉に、私は鏡で自分の顔を確認した。
「え、そう?自分ではよく分からないな」
昨日の出来事以来、私は自分自身のことがよく分からなくなっていたのだ。
「今日はテストでしょ?休ませたいけど、内申点に響くし、学校行きなさい」
「わかってるよ、そんなこと…」
気が乗らないまま、ぼんやりと身支度を済ませる。
「行ってきます」
家を出て、いつもの通学路へ。
学校に行く途中、いつも友一の家の前を通る。「ばったり会わないかな」と、内心いつも期待してしまう。
「そんなこと叶うはずないのに…」
彼の家をちらっと見たものの、すぐに幻想を振り払い、前を向いてひたすら学校まで自転車を漕ぎ続けた。
読書タイムが始まるギリギリの五分前に学校に着くと、雨涙は急いで準備をし、静かに本を読み始めた。
その時間が終わり、先生が来ると、みんなにこう告げた。
「おはようございます、今日は授業変更があります。一時間目と五時間目の授業が交換になり、一時間目が体育になりました。なのでホームルームが終わったら急いでジャージに着替えてください」
先生がそれだけ伝えると、今朝のホームルームは終えた。
チャイムが鳴り、休み時間になると、私は教室から出ていこうとした先生を呼び止めた。
「先生、具合悪いので保健室に行ってきます…」
先生は心配そうな表情になった。「雨瀬さん、大丈夫?最近保健室を使うのが多くない?毎日のように行くから、先生心配してるんですよ?」
「はい……」
私は何も言えず、数分沈黙が流れた。「まあ、なんかあったら先生でもいいし、保健室の先生でもいいから、相談してね?」
そう会話をし終え、私はその場から逃げるように保健室に向かった。
保健室に着くと、ノックをしてドアを開けた。
「失礼します、具合が悪くて来ました」
「あら、雨涙さん。大丈夫?最近結構来るけど……」
「はい……」
「それで、今日はどうしたの?」
「お腹が悪くて…」
(嘘だ、本当はお腹痛くない……)
「腹痛?ちなみに次の授業は何?」
「体育です……」
「体育か…、雨涙さん。もしかして、体育苦手でしょ?」
図星を突かれ、私は内心ドキリとした。
「はい、ちょっとしんどくて……」
「そっかぁ…。とりあえずお腹を暖めて、ベッドに入る?」
「はい、そうします……」
私は促されるようにベッドに入った。
「雨涙さん、何かあった?良かったら先生、話聞くよ?悩みがあるなら話してみて…?」
先生が心配そうに見つめながら、そう言った。
「んー、何に悩んでるのか、自分でもよく分からなくて……」
「そっかぁ。じゃあ、紙に書いてみる?パッと思いついたことを書き出してみると、自分の気持ちがわかるんだって」
「分かりました…」
先生は、紙とペンを用意してくれた。
「箇条書きでいいから、思ったことを書き出してみて?」
保健室の先生に促され、雨涙は差し出されたメモ用紙に、震える手でいくつか言葉を書き出した。
・教室に居場所がないこと。
・ずっと独りでいるのが精神的に辛いこと。
・教室に居たくないこと。
書き終えた紙を黙って先生に手渡すと、先生はそれを覗き込み、ゆっくりと読み上げた。
それから先生は穏やかな表情を私に向けながらこういった。
「雨涙さん、もし良かったら、スクールカウンセラーの先生に相談してみる?」
先生は雨涙の目をじっと見つめた。
「…とは言っても、あの方、スペシャリストだから忙しくてあまり来れないかもしれないけど、先生が話しておくよ?」
私は最初戸惑った。
「もし話して、否定されたらどうしよう……」
その不安をかき消すように、保健室の先生は落ち着かせてくれた。
「大丈夫だよ、その人プロだから。きっと上手くいく!ね、どう?」
先生の力強い言葉に背中を押され、雨涙は意を決した。
「じゃあ、そうしてみます……」
自信はないが、先生の言う通りに、スクールカウンセラーの先生に相談してみることにした。
これが何かを変えるきっかけになるかもしれない。
──翌日──
今日は、2時間目の終わりから「吐き気がする」と言って保健室へ向かった。
「失礼します、吐き気がするので来ました…」
ドアを開けて告げると、先生はすぐに気づいてくれた。
「大丈夫?」
先生はそう言って、雨涙に黒いビニール袋を渡しながら、空いているソファに座らせた。
「どうしてもしんどかったら、帰っていいからね」
雨涙の状況を知っているので先生はそう優しく言ってくれた。
その配慮が心に染みる。
「ありがとうございます……」
そうお礼を言うと、先生が何かを思いついたように「あっ、そうだ!」と声を上げた。
「雨涙さん、先日話したスクールカウンセラーのことなんだけど、明日空いてるかしら?」
「明日…ですか?」
私は少し驚いて聞き返した。思ったよりも話が早く進んでいることに、期待と不安が入り混じる。
「そう、出来れば明日の体育の時間、一時間お借りして話せたらなってお願いしてみたんだけど……、どう?」
体育の時間は、雨涙にとって憂鬱な時間だった。その時間を有効に使えるのなら、むしろ好都合だ。
「私は…大丈夫です」
「ほんと?良かった」先生は安堵の表情を見せた。「担任の先生にも相談してOKが出たから、雨涙さんが大丈夫ならそれで進めましょ!体育の先生には、私が責任もって事情を説明しておくから安心してね」
そう言うと、先生はにっこりと微笑んだ。
雨涙は保健室の先生の温かさに胸がジーンときた。
この先生の存在が、今の自分を支えてくれているのだと、改めて感じた。




