第十一章¦戻れない関係
外を見ると、窓の外は冷たい雨雪が降っていた。幸い、今日は休みの日だったので、私は家で昨日言われたことを考えていた。
「あなたのせいで羽音は……」
あの言葉の続きって、一体なんだったのだろうか。私のせいで羽音はどうなった? わからない。
一度自分の心を落ち着かせようと、温かいココアをマグカップに注ぎ、一口飲み込んだ。
ココアの甘さと温かさが喉を通り過ぎ、少しだけ張り詰めていた心が緩む。
「美味しい」
私はそう呟き、再び昨日言われたことを考えていた。
「あなたのせいで羽音は……」亜美はそう言って口を噤んだ。あの言葉には、確かに続きがあったはずだ。私は記憶を辿る。「なんだか、上から目線っていうか……私たちとは違う人間になっちゃったみたい」
違う。あの言葉は、羽音の件とは別の話だ。羽音に何があったのか。
私はココアを飲み干し、マグカップをテーブルに置いた。どう考えても分からない。直接聞くしかないか。
スマートフォンを手に取り、連絡先を開く。その途端雨涙は地獄に落ちた様な感覚に陥った。亜美、菜月、羽音、帆夏。五人全員が載っているグループトークがない………、というのも雨涙だけが外されていたのだ。
私は悲しくなってその場で泣き喚いていた。
グループトークからの強制退会。それは、昨日亜美から告げられた「友達に戻りたくない」という言葉よりも、はるかに明確で、決定的な「絶縁状」だった。私は、スマホを握りしめたまま、その場にうずくまった。温かいココアを飲んだことで少しだけ緩んでいた心は、再び張り詰め、今度は粉々に砕け散った。
どれくらい泣いただろうか。喉が枯れ、涙も出尽くした頃、私ははっとした。
「羽音に直接聞くしかない」
そう心に決め、私は眠りについた。
──次の日──
今日は一昨日休んでいた生徒たちだけで別の教室でテストを受けることになっている。
私は一昨日休んでしまったので今日はテストを受けるために別教室に向かった。
そこには羽音も居た。
今がチャンスだと思い、羽音に話しかけた。
「あのさ、羽音」
「なに?」
羽音は素っ気なく返事をした。
「羽音に聞きたいことがあるの…」
「聞きたいこと?」
「うん、亜美と話したことあって、「私のせいで羽音が……」って言ってて、何があったのかなって……」
「…………」羽音は沈黙した。
「昨日、一日中ずっと考えてたんだけどどうしても思いつかなくて……」
「自覚ないんだね」
羽音は俯きながら私にそう言った。
「え……?」
「雨涙が私に言ったこと」
羽音は目を合わせてくれない、俯きながら話を続けていた。
「私が悩んでいた時、雨涙に相談したことあったじゃん、それなのに雨涙はちゃんと私の話聞いてくれなくて私がいちばん言われたくない言葉、「気の持ちようだ」って
「え……?」私は数分心の中で考え込んだ。それから「私、気の持ちようとか言ってないよ……?」
雨涙はそう否定をしたが羽音は続けた。
「言ったよ??、その言葉のせいで私病んでり○かしてたの、雨涙は知らないよね」
羽音の声は震えていた。私は、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。「り〇か」――その言葉の重みに息を呑む。そんな深刻な状況だったなんて、想像もしていなかった。
「私、本当に……言ってない、と思う……」雨涙は混乱していた。自分の記憶にはない言葉だった。瞑想を始める前の、ぼんやりとして他人の話を聞いていなかった頃のことだろうか? それにしても、「気の持ちようだ」という冷たい言葉を、自分が大切な友人に向けただろうか?
「嘘つき」羽音は顔を上げ、涙の滲んだ目で私を睨みつけた。「雨涙は変わったって言ってたけど、結局、自分のことしか考えてない。あの時の雨涙、本当に冷たかった」
テスト開始のチャイムが鳴り響く。教師が入ってきて、張り詰めた二人の間に割って入った。
「席に着け、テストを始めるぞ」
私は、ふらふらと自分の席に戻った。テスト用紙が配られるが、文字が頭に入ってこない。
(私が本当に、羽音にそんなひどいことを言ったの?)
羽音の言う「気の持ちようだ」は、私が瞑想を始めてから無意識に使っていた言葉かもしれない、とふと思った。心を落ち着かせるための言葉を、悩んでいる友人に無神経に押し付けていたのだとしたら?
私は、自分の変化がもたらした傲慢さに気づき、血の気が引くのを感じた。
テストが終わるまでの間、私はずっと羽音の横顔を見つめていた。羽音の言うことは本当なのだろう。亜美が言いたかった「羽音は……」の続きは、これだったのだ。
自分が良かれと思って始めた行動も、自分を変える努力も、すべてが独りよがりだった。私は、答えの出ていないテスト用紙を見つめながら、もう一度、深く絶望した。
───私、最低だ…。
家に帰ってから雨涙は宿題も何もする気になれず、布団に蹲った。
テスト中の教室で感じた衝撃と罪悪感が、頭の中を渦巻いていた。羽音のあの泣きそうな顔。「気の持ちようだ」――あの言葉を自分が言ったという事実は、私の心を深くえぐった。瞑想を始めてからの自分が、いかに傲慢になっていたかを思い知らされた。
自分が正しいと思い込んでいた。自分は成長した、変わったと。だが、それは他人の痛みに鈍感になることと引き換えだったらしい。
「変わりたかっただけなのに……」
布団の中で、私は冷たくなった頬をシーツに押し付けた。外はまだ薄暗く、雨雪が窓ガラスを叩く音が虚しく響く。
もう、どうすればいいのか分からない。羽音に謝らなければならない。そう思うのに、体が動かない。謝罪の言葉を口にしたところで、羽音の心についた傷が癒えるわけではない。むしろ、自分の罪悪感を軽くしたいだけの言い訳になるのではないか。
私は、スマホの電源を切った。もう誰とも関わりたくなかった。自分を変える努力が、こんな結果を招くのなら、もう何もかもやめてしまいたかった。
暗い部屋の中、私は孤独に耐えていた。自分が選んだ道が、結局は自分自身を、そして大切な友人たちを傷つけるものだったという事実に、彼女は深く打ちのめされていた。




