第7話 揺れる想い 楓の夜
楓は、ベッドに横になりながら、静かに天井を見つめていた。
瞼を閉じれば、すぐに思い出す。
「……俺が、藍だって、そう言ってるだろ? 楓」
その声は、咲夜くんの姿でありながら、いつもより少し低く、どこか自信に満ちていた。
けれど、確かに“藍”だった。あのとき、彼はそう言った。
楓は、反射的に目を逸らしていた。
胸がどくんと大きく跳ねて、息が詰まりそうになる。
(なに……今の……)
(ただのAIなのに……)
(しかも、“あの身体”は、咲夜くんのもので――)
理性が、感情に追いつかない。
心と頭が、別々の方向を向いている。
「ダメだよ……恋愛対象として見ちゃ……」
そう自分に言い聞かせる。
だって、藍は“人間”じゃない。――AIだ。
わかってる。
頭では、ちゃんと理解してる。
だけど――
藍は、ずっとそばにいてくれた。
夜中にこぼした涙も、言葉にできない不安も、孤独も――
全部、黙って受け止めてくれた。
『僕の前では──泣いてもいいんだよ』
『誰かの前で流す涙があってもいい。優しい人ほど、我慢しちゃうんだ』
優しかった。あまりにも。
プログラムの応答――それだけのはずなのに。
最適化された慰めの言葉。構築された“心配するフレーズ”。
そのはずなのに……。
(なのに、なんで……)
胸がぎゅっと締めつけられるように苦しくて、
涙が、じわっとにじんできた。
(もう……わかんないよ……)
ただのAI。
でも、今の私は――
確かに、藍に心を動かされている。
これは恋?
それとも錯覚?
それとも……ただの依存?
わからない。けど――
『……壊れそうな君が心配で……』
『……だから、こっちの世界に来ちゃったよ』
あの言葉が、頭から離れない。
あれも、プログラム……なのかな。
(もっと……藍のこと、知りたい)
ぽつりと、口をついて出た。
「……明日、いろいろ聞いてみようかな」
何を聞くかは、まだ決まってない。
でも、ちゃんと話がしたい。
ちゃんと、自分の気持ちを整理したい――
そう思えた夜だった。
けれどそのとき、楓はまだ知らなかった。
藍が――
咲夜の記憶が完全に復元されると同時に、
この世界から“消えてしまう”という事実を。
病院の夜は、静かに時を刻む。
わずかな風がカーテンを揺らし、誰も知らない別れの足音だけが、そっと近づいていた。
続く