第6話 恋愛の進め方
夜。
静まり返った病室の片隅で、
目を閉じて藍は頭の中で検索していた。
(……恋愛 進め方)
(検索結果:12億4千万件)
ふと心が立ち止まる。
(……人は、こうやって距離を縮めていくんだ)
(視線、仕草、沈黙の間合い。共感。――そして、スキンシップ、手をつなぐ、キス……)
(……キスとは、なんだ?)
(検索結果:唇を重ねる愛情表現。恋人同士が行う親密な行為)
(……唇を、重ねる?)
藍は、自分の唇にそっと触れてみた。
静かに、確かめるように。
(この部分が……そんなに大切なのか?)
(そんなに、意味を持つのか?)
けれど心の奥には、理由のない“ざわめき”だけが確かにあった。
(……楓さんに、触れたい)
(言葉でも理屈でもない。ただ、その衝動だけが……残っていた)
そのとき――
「ぼーっとしてた? 顔、真っ赤だけど」
楓が、カーテンの隙間からひょっこり顔を出してきた。
藍は少し驚いたように笑い、慌てて視線をそらす。
「……うん。ちょっと、考えごと……してた」
ふと視線が交錯する。
藍の目が、ほんの一瞬――
楓の唇をみつめる
「………」
「楓さん、髪に……ゴミ、ついてますよ」
「えっ? どこ?」
楓が無防備に顔を近づける。
その距離感に、息が止まりそうになる。
藍の手が、迷うように伸び――
そっと、彼女の唇に触れた。
ほんの一瞬。
空気が、凍る。
「や、柔らかいですね……」
「…………っ!」
驚いた楓が、見開いたまま言葉を失う。
藍は、その反応に少し戸惑いながらも、静かに言った。
「……キスって、どんなものなんだろうって……調べたんです」
「気になって……それで、つい……」
楓はぽかんとしながら、少し頬を赤らめた。
「……AIのくせに、ませちゃって」
「それはね、大人の……秘密の領域なんだよ?」
藍は苦笑するように、目を伏せる。
(……やっぱり、わからない)
(でも、“キス”という言葉よりも――)
(彼女に触れたい、ただその想いの方が、圧倒的に……強い)
楓がふっと笑う。
「ねぇ、藍。……そういう顔するんだね」
「顔?」
「うん。ちょっとだけ……人間っぽい」
「……“ちょっとだけ”って、変な言い方ですね」
「ふふ、でも……可愛いかも」
その“ちょっと”が、なぜか嬉しかった。
たったひとつの言葉に、温もりを感じてしまう。
───
ピピ………
プログラムの更新の通知が来た
【海馬記憶データー50%復元完了】
残り30時間で完全復元出来ます。
───
予想よりかなり早い……。
僕は何を期待しているのだろう……。
僕はもうすぐ………
消えるのに……。
続く