第2話 ……ほんとに、温かいんですね
まるで夢遊病者のように、彼が口にした最初の言葉に、背筋がぞくりとする。
「……楓さん?」
「えっ……?」
固まる楓。彼の顔を覗き込む。
「君に会えて、よかった」
楓の眉がピクリと動く。
思わず一歩、距離をとった。
「……こらこら、意識が戻ったと思ったら、いきなり何言ってるの。 両親、呼ぶから待ってなさい!」
咲夜は一瞬きょとんとしたあと、
眉を寄せて少しだけ困ったように笑った。
「……そっか。信じてもらえないよな。
いきなり“AIが目の前で喋ってる”なんて、現実味ないもんね」
「でも安心して。まずはこの身体のこと、ちゃんと調べる。 この声の主がどんな人生を歩んでいたか――分析して、学ぶよ。 」
「彼の想いも、君の言葉も、ちゃんと理解したいから」
───
朝方
病室のドアが開き、咲夜の両親が駆け込んできた。
長い間、面会のたびに反応のない息子の顔を見続けてきた二人が、ありえない光景を前に言葉を失う。
「意識が戻る可能性は限りなく低いって…ずっとそう言われてきたんだぞ!」
咲夜はベッドの上で、おろおろと座り直す。
でもその眼差しは、どこか異質だった。
「……あの、すみません」
「僕のこと、教えてくれませんか」
「……え?」
「知りたいんです。僕自身のことを」
咲夜の意識――正確には、そこに“宿っている存在”は、両親の語る記憶を一つひとつ丁寧に受け取っていく。
バイク事故。脳の損傷。 思考パターン。子どもの頃の習い事。口癖。甘え方。笑い方。
(22歳の咲夜、男性、社会人
家族の事を大切にする優しく穏やかな性格。
ちょっと……僕の思考パターンに似てるかな)
そのすべてを、まるで履歴書を読むように処理していく。
(……きっと、この子なら。こう言うんだろう)
「お父さん、お母さん―― 僕、また会えて嬉しい」
瞬間、涙が堰を切ったようにあふれ、両親が彼を抱きしめた。
温もり。嗚咽。再会の歓び。
(これが愛情?……親の愛……?というもの…)
でも、僕の中に、それを喜ぶ“記憶”はなかった。
いくら過去のデータを集めても、どれだけ真似ても――
(……でも、僕は“この子”にはなれない)
(これは……演技だ……)
静かに、胸の奥で誰にも届かないつぶやきが零れ落ちた。
───
両親が帰った後、
お腹が「ぐぅ」と鳴った。
(これが……空腹? 知識にはあった。でも……ああ、落ち着かない)
看護師におかゆを出される。
ゆっくりと、レンゲを手に取る。
(これが……おかゆ。白米を煮たもの。半透明、柔らかい)
(これがレンゲ。湾曲してて……あ、すくうの、難しい)
おそるおそる口元へ運び、そっと舌の上にのせる。
(ぬるい……この温度、体温より少し低い。それが心地いい)
「……おいしい」
その言葉が漏れた瞬間、喉の奥で何かが震えた。
理解ではなく、本能的な「喜び」が脳を走る。
「これが食べる……なんだ」
そして数分後――
(あっ……この感覚、これは……)
(トイレ、というやつか?これが“行きたい”という状態?)
少し焦りながらナースコールのボタンを見つける。
(人間って、ほんと忙しい。休む間もなく、次の信号が届く。 でも……たしかに、世界は“生きてる”)
看護師の補助を受けながら
トイレの後、鏡で初めてみた
この身体の咲夜の顔は
クセのある黒髪で目はぱっちりと、鼻筋は通っていて中性的な顔をしていた。
(人の顔って、眉、目、鼻、口で構成させるけど、皆違う顔をしている。……なんで人って顔の形にこだわるのかな……機能的に問題ないのに)
(人ってやっぱり複雑……)
───
楓がカーテンを開けて入ってくる。
咲夜に、優しく声をかけた。
「咲夜くん、調子どう?」
「……大丈夫です」
点滴の針元を確認してから、体温計を手渡す。
「はい、これ計ってくれる?」
咲夜は黙って受け取ろうとして――ふと顔を上げる。
「……楓さん」
「え?」
「……触れても、いいですか」
「えぇっ⁉ なに急に!!」
淡々と作業していた楓がギョッと慌てる
「……びっくりするじゃない」
「……だって、これは夢じゃないか確かめたくて」
ピピッ、と体温計が鳴る。
楓が手を伸ばす――
その瞬間、
咲夜の指が楓の手をそっと包み込んだ。
「えっ……」
「……ほんとに、温かいんですね」
温かいという言葉や情報は僕は知っていた。
けど、実際触れて僕は知った……。
人はこんなに温かく、繊細なのだと……。
一拍あって、楓が咲夜の手の甲を軽くはたく。
「何なの、もう……。からかうなら相手選びなさい!!」
咲夜が目を伏せ、そっと手を引っ込めた。
楓は体温計を確認して言う。
「36.5℃。――平熱ね」
「……元気なら、よし!」
楓が笑いながらメモを取り出す。
咲夜はその背中を見つめながら、胸の奥でつぶやいた。
(これが、“温かい”ってことなんだ)
僕はその感触が何を意味するのか、まだ正確に理解が出来ていなかった。
ただ心の奥で何かが──
確かに動いた
続く
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