《☆》「お前を愛することはない」を信じたので
☆さらっと読めるショートショートです。
「お前を愛することは無い。お前は、私が伯爵家を掌握するまでの三年間だけの妻だ。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
ロデリック様にそう言われて結婚してから三年。
ご両親の急逝でいきなり相続することになっててんやわんやだった伯爵位も今では見事にこなし、最初の頃あれこれ口を出して、自分らに都合のいい女性と結婚させて自分たちの傀儡にしようとしていた親戚たちを黙らせました。
私アヴェリンも、ロデリック様の妻として家政を仕切り、社交をこなし、煩い親戚たちを煙に巻いてお手伝いしたと自負しています。
「そんなわけで、ここを出ていきます」
「はあ?」
「お世話になりました」
「ちょっと待て!」
昨日で三年が満了してめでたく離婚の日だというのに、ロデリック様はいつものように執務室で仕事中なのでとりあえずお別れを言いに行ったのですが。
「と、とりあえずここに!」
と、執務室にあるソファーコーナーに座らされました。
そうか、色々と届出に記入があるのですね。片っ端から書きますよ。ご恩のあるロデリック様のためですから。
三年前、私の実家の子爵領は洪水で大打撃を受けた。私財を投げ打っても、国の援助を受けても足りない被害だった。
こうなったら我が家の最後の財産の可愛いと評判の十七歳の娘、つまり私が何としても金持ちを捕まえて結婚してみましょう! いえ、金さえあれば正妻じゃなくてもオッケーよ!、と婚活を始めた。
……当然ながら両親と兄夫婦に叱られましたが。
ちなみにお年頃の私に婚約者がいなかったのは、婚約者が趣味で描いていた絵画が隣国の画商に認められ、「画家になるのを諦められない」と婚約破棄して隣国に行ってしまったから。
そんなわけで婚活を始めたら、思いがけず二十二歳の若く美しい伯爵ロデリック様が釣れてしまった。
こりゃあ話が美味すぎると思ったら冒頭の言葉を言われて、怒るより納得してしまったわ。
ロデリック様は周りの干渉や次々と押し付けられる縁談を退けて伯爵家を掌握するため、私は報酬のお金のために、三年間の結婚を決めました。喪中という事で、結婚届を出しただけでしたが。
ちなみに、ロデリック様の婚約者は浮気して婚約破棄となったそうだ。
この三年で、実家は何とか先が見えるようになった。ロデリック様のおかげだ。
ささ、離婚の書類カモーン!と、ニコニコして座っていると、お向かいには複雑そうな顔のロデリック様。
「君とは上手くやっていると思っていたのだが……」
「私もです! ずっと続いて欲しいくらいでした」
「ならば……」
「はい?」
「も、もう少し延長しては」
「いえ、残念ですが……」
「何か決まっているのかな?」
探るようなロデリック様。何を心配しているのでしょう。
「はあ、私ももう二十歳なので、急いで次の結婚相手を探さないと」
若さと可愛さしか取り柄が無いものですから!
「それならこのまま結婚しててもいいじゃないか」
「私だって好きな人と結婚してみたいんですよ」
「…………」
何で驚いてるんです?
「その、二日前に音楽会に行ったな」
「はい。素晴らしかったですね」
私とロデリック様は二人とも音楽好きと知って、月に一度は二人で音楽会に行った。伯爵家のラブラブアピールも兼ねて。
「次はどこに行こう。誰を聞こう」と二人で話すのは楽しかったなぁ。
「帰りにサファイアのネックレスを買ったろう」
「はい。ロデリック様の目のように綺麗な青でした」
「それを受け取ったから、分かっているものと……」
……ん?
もしかして、あれは告白だった?!
「あれは、伯爵夫人への報酬と思ってました。違うのでしたらお返しします」
分かるかー!
「お前を愛することは無い」はあれほどハッキリキッパリ言ったのに、何で告白は察してちゃんなの?
「……いや、受け取ってくれ」
速攻で売っぱらったる。
「お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな、でしたよね」
ロデリック様は俯いてしまった。
話は終わったと、私は立ち上がってドアへ向かう。
「後悔するぞ」
小さな声が聞こえた。
振り返らずに答える。
「後悔しますよ。なんなら既に後悔してます」
ものすごく後悔する。きっと少し泣く。
「でも、あなたを好きにならないよう努力した三年間を無かった事にしたくない」
ロデリック様のエスコートで触れる腕にときめいても、「これは私では無く『伯爵夫人』へのエスコート」と、必死に思い込んだ。
お菓子やお花などの小さなプレゼントを貰っても「深い意味は無い」と自分に言い聞かせて。
ロデリック様が私に好意を持っているような気がしても「思い上がってはダメ」と押し殺した。
ささやかだけど楽しかった事、嬉しかった事、みんな「期限が来るまでの夢」と心にしまい込んだ。
そんな愚かで健気でたくさん傷ついた自分を抱きしめてあげたい。
だから……さよならします。