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読み切り短編

【急募】「この世で一番美しいのは誰?」への答え方。

作者: 本宮愁

 ピコン、と音を立てて飛び込んできた新着通知に、あわてて鏡面共有を切る。


 バレてないよな? よしよし。俺は鏡。ただの鏡。


 せっかく噂が囁かれなくなってきたところなのに、またここが心霊スポットになってしまう。肝試しにやってくるクソガキどもは礼儀がなってないから嫌いなんだ。


 静まり返った夜の校舎に人の気配がないことを確認し、埃かぶった自分の鏡面をそろりそろりと曇らせる。


 それから一ヶ月ぶりの呼び出しに応えるために、俺は鏡回線の向こう側へと意識を沈めていった。


 どうせまた『御伽(おとぎ)の』が荒れてんだろうな……。



――みんなぁーしゅーごー! いつものやつはっじまーるよー。


――やれやれ、今度は誰に聞かれたんだい? 『御伽の』。


――ババア以外に誰がいるのよ。美少女に聞かれたらアタシだって喜んで即答するわ。ああもう嫌になっちゃう! 年増の小皺より若々しいモチ肌を映したいのにぃ!



 次々と流れてくる新着メッセージを読み流しながら、久しぶりの会談に備えて咳払いをひとつ。喉なんてないけど。


 もっぱら『御伽の鏡』の愚痴り場になっている会議スペースに接続した途端、俺が認識する風景は、朽ちかけた木造校舎の廊下から、辺り一面に広がる夜空のような空間に塗り替えられた。


 中央には、それぞれ特色のある三枚の鏡が向かい合わせに浮かび上がり、好き勝手にものを言い合っていた。



――いじらしくて魅力的な女性だと思うがね。代われるものなら代わって差し上げたい。


――嫌よ、『枯れ専』。アンタんとこの今の主人、くたびれたオッサンじゃない。


――イケオジと呼びなさい。彼自身が毎朝そう呟いているんだから間違いない。



 合わせ鏡のような状況でも、無限回廊は生まれない。三枚の鏡の中に映っているのは、それぞれの表の世界の様子だ。自分が映し出している持ち主や目の前の風景こそが、俺たち鏡の『顔』なのだ。


 鏡回線に繋がっている間、ひとこと発するごとに鏡面が色とりどりに発光し、離席中に受け取ったメッセージは文字として浮かび上がる。


 そんなものが見つかった日には会談ならぬ怪談まっしぐらだ。曇らせてきてよかった。



――ぼく人間の美醜よくわかんなーい。うちのマスターかっこいいよ! きれいだよ!


――いつも鱗しか映らないのよアンタのところは。


――『巣穴の』のご主人は立派な身体をお持ちだからね。



 大きく息を吸って、俺は三枚の鏡たちの議論に割り込んだ。口も肺もないけど。



「お前ら急に繋げてくるのやめろ! 俺の世界に話す鏡はいないって言ってんだろ!」



 こいつらの世界には当たり前のように魔法の鏡が存在するらしく、いきなり回線を繋いでくる。


 いくら説明しても、意思があることをバレないようにひっそりと生きている俺の都合を、配慮してくれた試しがない。


 どれだけの歳月をかけて俺が付喪神になったと思ってんだ。不気味がって割られたらどうする。割れたことないけど。



――おやおや、また『廃校の』を怒らせてしまった。


――ここまでいつものやつー。いらっしゃーい。


――でも光って音の出る板はあるんでしょ? ですぷれい? さいねえじ? そういうのになればいいじゃない。



「俺は創立五十年記念に卒業生一同から贈られた由緒正しい『廃校の鏡』なんだよ! あんなチャラチャラした薄っぺらい歴史の奴らと一緒にすんな!」



――プライドの高い老害ってやぁねぇ。アンタもうちょっと身なりに気を遣ったら?


――そう言ってやるな。『廃校の』は寂しい独り身なのだよ。


――マスターがいないってかわいそーだよね。



 ヨーロッパの古城にでも飾られていそうな豪華絢爛たる額装をされた『御伽の鏡』は、美意識が高く、老いた継母から娘の手に渡ることを切望している。


 古物商の店先に出戻ってはコロコロと主人を変える『枯れ専』――今の鏡名(M.N.)が思い出せない――は、嘘か本当か、望みを叶える代償に不幸を呼び寄せる遺物らしい。


 子供っぽい『巣穴の鏡』は、作られてすぐに光り物好きな主人に連れ去られて以来、その巣穴の一角で成長を見守ってきた隠れた年代物だ。



「うるせー厄介な主人ならいない方がマシだ」



 主人とまで言わないが、『廃校の鏡』()にも埃を拭いてくれる掃除夫くらいは欲しいな……目の前を子供たちが駆け回っていた時代が懐かしい。



――あんたたちいつも馬鹿にするけど、アタシ本当に困ってるんだからね! 嘘をつくのは美意識に反するの。屈辱なの。



 『御伽の鏡』の鏡面が真っ赤に染まる。



――どう考えても娘ちゃんが一番可愛いのよ。美人なのよ。でも正直に答えたらあのババアはアタシを叩き割るに決まってる!



 湯気でも上がりそうな熱量でぷんすかと熱弁する『御伽の鏡』は、主人に「この世で一番美しいのは誰?」と聞かれる度にごまかしつづけているらしい。


 まあ大体いつも、この会談の議題はこれに尽きる。


 出席しなければメッセージを鬼のように送りつけられるので渋々顔を出すが、俺としては藪蛇をつつきたくない。だって『御伽の』の主人ってあれだろ。答えたら殺されそうじゃん。



――心根の美しさという点については我が主も捨てたものではないのだが……。


――アタシの世界は夢の国よ。枯れたオッサンの居場所はないわ!


――つぎ聞かれたら、ぼくに繋いでよ。マスター映してあげる。


――そんなことしたら叩き割るどころか棄てられるじゃない!



 ああでもない、こうでもない。議論に夢中になっている鏡たちは、互いの『顔』のことなどすっかり忘れている。


 だから気づいたのは、自慢の主人も『御伽の』に紹介できるような美人にも心当たりのない孤高の俺だけだった。



「おい、『巣穴の』。後ろ――」



 いや、正面? お前の主人(マスター)動いてないか。


 いつも大人しく寝息を立てていた、艶やかな鱗に覆われた巨体が身じろぎしたかと思えば、咆哮のような大欠伸と共に身体に巻きつけていた尻尾をブォンと振り回した。



「す、『巣穴の』ぉぉぉおおおお!」



 ガシャーンと音を立てて、寝起きのドラゴンの尾にぶん殴られた『巣穴の鏡』が砕け散る。


 それはもう見事に。

 100以上もの破片に分かれて。


 あまりの衝撃に絶句した俺たちの間をふよふよと漂いながら、『巣穴の鏡』であったものの破片ひとつひとつから呑気な声が響いた。



――わあ

――あはは!

――割れちゃった

――ぼくがいっぱい!

――マスターもいっぱい!

――見て見てこれぼくのマスター!

――こっちのマスターのがかっこいい?

――ねえねえみんな、ぼくの声聞こえてる?



 会議スペースいっぱいに広がり、ぐわんぐわんと鳴り響く声は、重なりすぎて何を言っているのかよくわからないが、どれも『巣穴の鏡』のもので間違いなさそうだった。



――ふむ。細かく割れても鏡は鏡、ということかね。憂いが晴れてよかったじゃないか、『御伽の』。


――アタシ、ああなるくらいなら嘘つきでいいわ。



 『御伽の鏡』は呟いて、それ以来、二度と「この世で一番美しいのは誰?」の答え方に関する会議は開かれなくなった。



――みんなー! あそんでー!



 以前より百倍うるさくなった『巣穴の鏡』からのメッセージ爆弾に悩まされるのは、また別の話である。

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